2-5 『暁の団』の失敗

「出発の前に、ヴァンパイアの特徴の確認だ」


 宿屋の自室に『暁の団』を集めると、アルスラはそう宣言した。


 しかし、本人が説明をするというわけではなかった。


「マリナ」


「はい」


 まるで「地味な頭脳労働は勇者じゃなくて賢者の仕事だ」とでも言わんばかりの横柄な態度である。ただ、そういう役割も込みでパーティに勧誘されたのだから、マリナは特に抗議しようとは思わなかった。


「まず注意すべき点としては――」


 身体能力が高く、中でも特に再生力に優れていて、多少の傷はすぐに回復すること。


 食事として人間の血を吸い、それによって再生力をさらに高めることが可能なこと。


 また、吸血された人間はヴァンパイア化し、眷属として使役されるようになること……


 説明が一段落つくと、戦士のミザロが質問してきた。


「牙以外には、何か特徴はないのか?」


「伝承では、貴族風の服装をしていることが多いです。これは信用のできる人間だと周囲に思い込ませるためのようですね」


「じゃあ、外見で見分けるのは難しいわけか」


「そうですね。知能も人間かそれ以上だと言われているので、ますます判別は困難になります。ですから、たとえ相手が人間のように見えても、油断しない方がいいでしょう」


 過去の記録によれば、人間のふりをして街に紛れ込んでいた例もあったそうである。もしかしたら、この街の誰かが、夜な夜な森に出かけて人間狩りを行っているということもありえるかもしれない。


「ヴァンパイア騒動のせいで、野営する冒険者が減っているそうですから。森で人間を見かけたら、ヴァンパイアだと思うくらいでいいかもしれませんね」


 少なくとも、相手が人間に見えるからといって、無警戒に近づくような真似はしない方がいいだろう。


 もっとも、アルスラたちのような手慣れた冒険者には、こんなことは今更注意するまでもないかもしれない。人気ひとけのない場所で人間を見かけたら、まず野盗の可能性を疑うというのが冒険者の鉄則だからである。


 続けて、今度もミザロが質問した。


「見つけるまではそれでいいとして、戦闘になった場合はどうしたらいい?」


「日光が弱点というのは皆さんもご存じかと思いますが、どうやら火にも弱いようです」


 ヴァンパイアの場合、熱源の温度が低かったり、熱源との接触時間が短かったりしても、火傷が重篤なものになりやすいとされているのだ。


 これを聞いて、魔法使い――とりわけ火属性魔法を使うのが得意なドロシアが声を上げた。


「じゃあ、あたしの出番ってわけね?」


「ええ。ですので、魔力回復薬マジックポーションを用意しておきます。また、他の方用に火炎瓶も準備するつもりです」


 賢者を名乗るだけにマリナも魔法には長じているが、得意なのは主に水属性である。だから、自身も火炎瓶を使うつもりだった。


 また、マリナは武器を持ち替える気でもいた。


「火以外には、銀製の武器に弱いと言われています」


 ヴァンパイアは高い再生力を持つものの、銀でつけられた傷だけは回復が遅くなってしまうのだという。


 しかし、これには前衛組から反対の声が上がった。


「俺はこの剣じゃないと嫌だぞ。マフラーとバスタードソードは、俺のトレードマークだからな」


「私も使い慣れた武器以外は信用できないな」


 アルスラとミザロが口々にそんなことを言い出したのだ。


「では、副兵装に銀のナイフを持つというのは?」


「まぁ、それくらいなら……」


 マリナの提案に、アルスラは引き下がる。ミザロも無言で頷いた。


 だが、これにまた反論が起こった。最年長で僧侶のピエルトである。


「本当にそれでいいのか、マリナ? こいつらに銀の武器を練習させた方がいいんじゃないか?」


「あくまでも銀の方が効果的というだけで、銀でないと倒せないというわけではありませんから」


 だから、ピエルトがかばうようなことを言ってくれたのは嬉しいが、最初から無理に装備させようとは思っていなかったのである。


「それにヴァンパイアは討伐例が少ないので、過去の報告を鵜呑みにし過ぎるのも危険だと思います。ですから、慣れたやり方で対処するというのも悪くはないかと」


 この説明で、ピエルトは一応納得してくれたようだった。


 一方、弓使いのルロイは不安げに青い顔をし始める。


「そんなに情報がないんでやすか?」


「正確には、怪しげな情報が多いというべきでしょうか。ニンニクに弱いですとか、コウモリに変身できるですとか、鏡に姿が映らないですとか……」


 情報が錯綜しているということは、マリナの説明がどこまで正確か分からないということであり、また今まで話し合った作戦が本番では無意味になるかもしれないということでもある。そのため、ルロイの顔色はますます蒼白になっていた。


 他のメンバーも、この話を聞いて緊張感が高まったらしい。それぞれ表情を引き締めたり、顔つきを硬くしたりする。


 そんな中、アルスラだけはむしろ野心に燃えているようだった。


「つまり、そんなレアなモンスターを討伐できれば、一気に俺たちの名が上がるわけだ」



          ◇◇◇



 計算通り、ちょうど夜を迎える頃に、『暁の団』は森へと到着した。


「それじゃあ、捜索を始めるぞ」


 辛抱しきれなかったという様子で、アルスラは早々にメンバーたちに命令を下す。


 だが、これをピエルトが制止していた。


「被害者は寝ているところを襲われたんだろ? おびき寄せて迎え撃った方がいいんじゃないか?」


「そんな悠長なことをして、他のやつに先を越されたらどうするんだ」


 自分の意見を聞きたいということだろう。「どちらの言い分も分からないでもない」などとマリナが考えていると、二人が視線を向けてきたのだった。


「相手がどんな攻撃を仕掛けてくるのか未知数なので、一概に迎撃するのが正しいとは言い切れませんが……」


「ほら見ろ。行くぞ」


 やんわりと捜索に反対したつもりだったが、アルスラには通じなかったらしい。森の中をどんどんと進んでいってしまう。


 リーダーの意見に従う方針らしく、ルロイはすぐに彼のあとを追いかける。また、モンスター嫌いのミザロも、討伐を急ぐことに賛成らしかった。


 ドロシアは肩をすくめたものの、異議を唱えるほどのことはしなかった。それで結局、反対派のマリナとピエルトが折れることになったのである。


 しかし、この選択が失敗だったと分かるのに、そこまでの時間はかからなかった。


「オウルベアです!」


「見れば分かるよ!!」


 襲いかかってくる熊のようなフクロウのようなモンスターに、そして敵の発見に遅れたルロイに、アルスラは苛立ちの声を発するのだった。


 オウルベアを倒したあとでも、アルスラの機嫌はまだ直っていなかった。むしろ、戦闘に入ったせいですぐに怒りを発散できなかった分、余計に不機嫌になっているようだった。


「いい加減にしろよ。ヴァンパイアどころか、普通のモンスターも索敵できてないじゃないか」


 今夜の戦闘は、このオウルベアが初めてというわけではなかった。それ以前から、ルロイのミスで他のモンスターに何度も遭遇していたのだ。


「すいやせん。森ですし、夜ですので、どうしても視界が……」


「また言い訳か」


 確かに、以前スフィンクスの件で回り道して荷物を届けた時にも、「山の中で視界が悪いから索敵に失敗した」とルロイは言っていた。マリナからすれば実際条件が悪いのだから仕方ない面もあると思うのだが、アルスラからすれば違うらしい。彼はパーティメンバーにもっと高い水準を求めているようだ。


「やっぱりエディルを追放したのは失敗だったかもな」


 二人のやりとりを見て、ピエルトはふと漏らすように呟いた。


「エディルさんというのは、わたくしの前任者の方ですよね? アルスラさんからは、実力不足だったから解雇したと聞いていたのですが」


「いや、少なくとも索敵に関しては役に立ってたぞ。カラスを使えたからな」


「もしかして、フラプンですか? よく仲間にされましたね」


 ピエルトが追放を批判したのが気に入らなかったのか、マリナが前任者を褒めたのが気に入らなかったのか。あるいはその両方かもしれない。アルスラが食ってかかってくる。


「あ? あんなのどこにでもいるようなモンスターだろ?」


「それはそうですが、人に慣れるのは珍しいですよ」


 たとえば狩りをする時にも、悪知恵を働かせて、人間の狩った獲物を横からかっさらっていくほどだった。人間を使うことはあっても、人間に使われるようなモンスターではないのだ。エディルという魔物使いはよく手なづけたものである。


「賢いのでフンや足跡を利用した索敵もできますし、報告も正確だったはずです。重宝したのではないですか?」


 思っていたほどエディルが無能ではなかったことは薄々感じていたのだろう。賛同もないが反論もなかった。


「まぁ、いたらこんなことにはなってなかったでしょうね」


 エディルと組むことよりも、ルロイの失敗やそれに対するアルスラの説教の方にうんざりし始めていたらしい。ドロシアに至っては、とうとう口に出してそう認める。


「もういいだろう。今この場にいない人間の話をして何になる」


 過去は過去だと、失敗を悔んだり責めたりしても無意味だと、ミザロはそう割り切ったように言う。


 失敗の主因であるアルスラは、これ幸いと彼女の意見に乗っかることにしたようだ。


「そうだ! それよりもヴァンパイアの捜索だ!」


 リーダーの鶴の一声で、一行は再び森の中を渉猟し始める。


 エディルを追放したことを間違いだったと認めたくないせいだろうか。再開前よりも、メンバーたちは熱心に捜索に取り組む。


 特に先程吊し上げを受けたルロイは血眼になっていた。


「人影です!」


 相手に気づかれないように声量は抑えていた。だが、それでも声色が明るいのははっきりと感じ取れた。


「ありゃあスーツでしょうか!?」


 人間の信用を得るために、ヴァンパイアは貴族のような格好をしていることが多い。


 ヴァンパイアが出るという噂のせいで、森で野営をする冒険者は少なくなっている。


 事前の作戦会議で、マリナがそう説明したからだろう。


 アルスラは迷うことなく飛び出すと、スーツの男に剣を向けるのだった。


「お前がヴァンパイアだな!」


 しかし、その刃が相手に届くことはなかった。


 スーツの男をかばって、彼の前にずらりと兵士が並んだからである。


「失礼いたしました、ヴラス・ツェルダール伯爵」


 マリナは地面に片膝をついて謝罪した。


 アルスラが剣を向けた相手は、貴族に扮したヴァンパイアなどではない。街を治めている本物の貴族だったのだ。


「冒険者が襲われたと聞いて視察に来たのだが……どうやらいつの間にか私もヴァンパイアに変えられてしまっていたようだね」


 伯爵は衛兵たちを下がらせると、アルスラの肩に手を置く。そして、皮肉たっぷりに彼に囁いた。



 冒険者がたのみとする腕力程度では、貴族の持つ権力には敵わない。権力の下には金力が集まり、金力の下には兵力が集まるからである。


 中には功績を讃えられて叙爵された冒険者もいるにはいるが、それもごく少数の例に過ぎなかった。少なくとも、アルスラはまだその域には達していない。


「もっ、申し訳ございませんでした」


 激昂と羞恥に顔を真っ赤にしながらも、アルスラは謝罪するしかないのだった。

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