2-4 二人の夜

 背の高い木々が立ち並んだ薄暗い森の中を、ボクたちはダップルに騎乗して進んでいく。


 すると、その内に目的地が見えてきた。


「このあたりですね」


 ボクたちは、ドランさんたちのパーティが野営をした場所を――ヴァンパイアの襲撃を受けたという場所を訪れていたのだ。


 上手くいけばヴァンパイア本人から、ドランさんのヴァンパイア化を直す方法を聞き出せるかもしれない。それどころか、ボクたちの仲間になってもらえるかもしれない。


 情報は少ないものの、ヴァンパイアは概ね強力なモンスターとして伝わっている。もし仲間にできれば、大幅な戦力の増強になることだろう。それを思うと、不安以上に期待の方が強いくらいだった。


「で、どうするつもりなんじゃ? 探して回るのか?」


「いえ、夜の森は危険ですから」


 ヴァンパイアは日光が弱点だとされている。だから、姿を現すとしたら夜だろう。そう考えて、ボクたちは日が暮れる直前に野営地に着くように、時間を調整して街を出発していた。


 しかし、夜は当然暗闇のせいで視界が悪くなってしまう。それに夜行性のモンスターには凶暴なものも多い。歩き回るのは得策とは言えないだろう。


「なので、寝ながらヴァンパイアが来るのを待とうかと」


「同じ状況を作って、相手をおびき寄せるわけか」


 スフィアさんの言う通りだった。ボクはドランさんが襲撃を受けた時の状況を再現するつもりだったのである。


「一人はテントで寝て、もう一人は外で見張りをしましょう。また、本当に襲われたらまずいので、テントの中に鳴子を設置しようと思います」


 もっとも、コウモリや霧に変身できるという話が事実なら、鳴子も用をなさないかもしれない。だが、それでも何もしないよりはマシなはずである。


「概ね賛成じゃが、役柄を交代する必要はあるまい。男が襲われたのだから、貴様が寝る役をやった方がよかろう」


「確かにそうですね」


 わざわざテントの中にいたドランさんを襲ったのである。男だから標的にしたという可能性は十分考えられるだろう。


「ヴァンパイアっていうと、若い女性を襲うイメージがあるんですけどね」


「それは伝承に記録されているヴァンパイアに男が多いせいではないか?」


「じゃあ、今回は女のヴァンパイアなんですかね?」


 一部の伝承には、確か「異性の血の方が美味い」と発言したという記録も残っていたはずである。男を狙って襲っているのが本当なら、相手が女ヴァンパイアという推測にも真実味が出てくる。


 ただ一方で、女ヴァンパイアの伝承には、少女の血を好んで吸っていたというものもあった。結局、実際に確かめてみないかぎり真偽は分からないだろう。


「でも、ずっと見張りをするのは大変じゃないですか?」


「一晩くらいどうということはないわい」


「そういうことでしたら……」


 冒険者ならモンスターを警戒して、寝ずの番をすることはざらにある。ボクでさえ何度も経験があった。


 けれど、身体能力の高いスフィアさんなら、おそらく体力の面でもボクを大きく上回っているはずである。一晩どころか数日は寝なくても平気なのではないだろうか。


 だから、ボクはお言葉に甘えさせてもらうことにした。テントを設営すると、さっさと中で毛布をかぶる。


 しかし――


「眠れぬのか?」


「緊張しちゃいまして」


 始めの頃は、仲間が増えるかもしれないという期待の方が大きかった。だが、目をつぶっている内に、自分もヴァンパイアにされる光景が頭に浮かんできて、だんだんと不安が勝るようになっていた。


 日光を浴びられなくなったら、冒険者を続けていくのはかなり難しくなるだろう。それどころか、ヴァンパイアの眷属にされて、人間を害するような命令に従うようになることすら考えられる。その場合、逆に冒険者に討伐される立場になってしまうのではないか。


 そう思い悩んで、ボクはテントの中で輾転反側を繰り返していた。その物音をスフィアさんに聞かれてしまったようだ。


「どうせ起きておるなら、何か謎掛けでも出せ」


「はぁ……」


 ドランさんが襲われた状況を忠実に再現することを考えたら、無理をしてでも眠っておくべきだろう。どれだけ謎掛けが好きなのだろうか。


 ただ不安で眠れないのなら、別のことを考えて気を紛らわすのも有効かもしれない。そう思い直して、結局ボクはスフィアさんの命令を聞くことにしたのだった。


「68、88、X、98という順番で数字が並んでいます。Xに入る数字はなんでしょう?」


「87」


「あるルールの下では、0は2よりも強く、2は5よりも強いです。では、0と5ではどちらが強いでしょう?」


「5」


「生命、宇宙、そして万物についての究極の疑問の答えは?」


「42」


 今日もボクの出題に対して、スフィアさんは次々に正答していった。ヒントどころか、考える時間さえ必要としていなかった。


「相変わらず瞬殺ですね」


「問題が簡単過ぎるだけじゃ」


 そうは言いつつも、彼女の声はわずかに高くなっていた。ほんの少しの変化だが、モノケロスを倒したことを褒めてもちっとも喜ばなかったことに比べると、雲泥の差があった。


「じゃあ、次です。あなたが薄暗い森の中を歩いていると、その内に草むらからある動物が飛び出してきました。さて、その動物とは何だったでしょうか? 1、猫。2、リス。3、虎。4、猿」


 今回は珍しく即答ではなかった。


 それどころか、しばらく待ってもスフィアさんは何も言わなかった。


「ああ、今度のは謎掛けじゃなくて心理テストですよ」


「それを先に言わんか。どんな難問かと思ったぞ」


 自身の頭脳にプライドを持っているのだろう。スフィアさんの文句には、ホッとしているような響きも混じっていた。


 実際、そのせいか謎掛けでないにもかかわらず答えてくれたのだった。


「4じゃな」


 心理テストも即答だった。何が分かるテストなのか気になるとか、変な結果が出たら恥ずかしいとか、そういう葛藤はないらしい。それが心理テストの醍醐味だと思うのだけど……


「これは潜在的に自分がコンプレックスを感じているのがどんな人か分かるテストです。1の猫は見た目がいい人の象徴です。2のリスはお金持ちの人の象徴です。3の虎は自分に自信のある人の象徴です。ちなみに、ボクは3でした」


「貴様らしい結果じゃな」


 スフィアさんの口調は、明らかに他人ひとを小馬鹿にしたものだった。そういう醍醐味は理解しているらしい。


「それでスフィアさんの選んだ4の猿は友達の多い人を象徴しています」


 先程の意趣返しに、ボクもからかうようなことを言ってみる。


「スフィアさんって意外と寂しがりやなんですね」


「……で、次の謎掛けは?」


 本心なのか、照れ隠しなのか、スフィアさんはそう急かしてくるのだった。



          ◇◇◇



 翌朝――


 テントから起き出すと、いの一番にボクは尋ねた。


「何かありましたか?」


「ヴァンパイアどころか、コウモリ一匹近づけておらんぞ」


 スフィアさんはそう断言した。あれだけ強い人が言うのだから、おそらくそうなのだろう。


「ここまではドランさんたちと同じですね」


 テントの外にいた見張りは、ヴァンパイア等の接近を目撃していなかった。中で眠っていた被害者も、ヴァンパイアに襲われて目を覚ますようなことはなかった。


 にもかかわらず、被害者の体はヴァンパイア化してしまった……


 だから、次はその点を検証することにした。ドランさんのように短時間で日焼けするのかどうかを、ひなたぼっこをして確かめる。


「どうじゃ?」


「特に異常はないですね」


 しばらく待ってみたものの、ボクの肌にはまったくと言っていいほど変化は見られなかった。太陽光に苦痛を覚えるどころか、夜寒で冷えた体が温まって心地よいくらいだった。


「スフィアさんは?」


わしもじゃな」


 ぬっと二の腕を突き出してきたが、スフィアさんの肌は元の通り白いままだった。


 その様子を見て、ボクは安堵を覚える。どうやら二人ともヴァンパイア化しなくて済んだようだ。


 だが、あとから事件解決のヒントを逃したという後悔も湧いてきた。


「ボクたちは襲われなかったということですかね?」


「そういうことになるじゃろうな」


「やっぱり、ドランさんたちは見張りで失敗をしていたんでしょうか?」


「単に儂らが狙われなかっただけかもしれぬぞ」


 その可能性は確かに否定できなかった。


 ギルドによれば、事件後に夜の森で過ごしたパーティは何組もあった。しかし、被害に遭ったという報告は一切出ていないのだという。


 討伐に本腰を入れられないように、ヴァンパイアが襲撃を自重しているのか。それとも、血の味にこだわりがあって、襲撃する相手を厳選しているのか。あるいは、処刑騒ぎになるのを恐れて、被害者が報告をしていないだけなのか…… 事件が一件だけに留まっていることに、何か理由があるのだろうか?


 そうボクたちが話し合っているところに、カラスが飛んできた。夜の間、ヴァンパイアの捜索を任せていたフニが戻ってきたのだ。


 けれど、その声にいつものやかましさはなかった。


「何も見つからなかったみたいです」


「そうか……」


 そう答えたきり、スフィアさんは考え込んでしまう。切れ者の彼女でも簡単には結論を出せないようだ。


「とりあえず、無事で済むこともあるとギルドに報告しておきましょうか」


 ヴァンパイアの襲撃を恐れて、森に出向くのを控えるパーティが増え始めた。そのせいで、依頼が解決されないまま、徐々に溜まりだしてきているのだそうである。だから、この程度の報告でもそれなりの価値はあるだろう。



          ◇◇◇



 しかし、個人的なことを言えば、報告に戻らない方がよかったかもしれない。


「うえっ」


 ギルドの受付に向かう途中で、ボクは思わず足を止めていた。


「どうかしたのか?」


「昔の知り合いがいて……」


 まだこの街で活動していたらしい。


 受付には『暁の団』の――アルスラさんたちの姿があったのである。


「やつらに追放されでもしたのか?」


「どうしてそう思うんですか?」


「顔を合わせたがらないということは、あのパーティに何か嫌な思い出があるのだろう。じゃが、性格的にお主の方が不義理を働いたとは考えにくい。

 加えて、お主は自分が戦えないことから、儂を仲間にしたがっていた。そう考えると、おそらく実力不足でパーティから追い出されたというところじゃろう」


「……その通りです」


 悔しさや恥ずかしさを押し殺して、ボクは不承不承認める。これだけ読まれているのだから誤魔化しても無駄だろう。頭が切れる仲間というのも考え物である。


「追放か……」


 そう改めて呟くと、スフィアさんは『暁の団』をじっと見つめる。


 視線の先では、リーダーのアルスラさんが受付に依頼票を提出するところだった。


「こちらの依頼でよろしいでしょうか?」


「ええ」


 相変わらず外面そとづらには気をつけているらしい。アルスラさんは爽やかでありながら、それでいて頼りがいのありそうな力強い笑みを浮かべる。


「ヴァンパイアの討伐は、俺たちに任せてください」

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