2-3 見えないヴァンパイア

 玄関のドアをノックする。


 すると、家人が応対に現れた。


「君は?」


「ボクはエディル。冒険者で……」


 帽子を上げて、ボクは頭の上のスライムを示す。


「魔物使いです」


 家人たる青年は露骨に嫌そうな顔をした。モンスターが暴走するのではないかという恐怖心はやはり根強いようだ。


 その上、彼の場合、身内にが起きたせいもあるだろう。


「お兄さんがヴァンパイアに襲われたと伺いました。それで、もしかしたら力になれるかもしれないと思って」


 魔物使いやモンスターへの不信感が半分、兄が助かるのではないかという期待が半分というところだったのだろう。少なくとも、すぐに追い返されるようなことはなかった。


「ヴァンパイアについてはどれくらい知ってる?」


「報告例が少ないので、詳しいことはよく分かっていません。ただ見た目は人間とほとんど同じ姿をしているため、亜人系のモンスターの一種だと考えられています。

 人間との外見上の違いは、牙が生えていることですね。ヴァンパイアはこの牙を使って、食事として人の血を吸うとされています。また、血を吸われた人間は肉体をヴァンパイアに変えられ、眷属として使役されるようになってしまうと伝えられています」


 人とのコミュニケーションは苦手である。「彼と親しくなって、兄との面会を認めてもらえ」という話になっていたら、達成するのは正直難しかっただろう。


 しかし、「モンスターに詳しいところを見せて認めてもらえ」ということなら、成功させる自信はあった。


「加えて、ヴァンパイアは非常に生命力が高いことでも有名です。一説には、傷を負ってもすぐに回復すると言われています。

 その一方、ヴァンパイアは日光が弱点で、短時間浴びるだけでも軽度の火傷、つまり日焼けを起こし、長時間では灰になってしまうとされています。そのため、ヴァンパイアの伝承には、日光を利用して討伐したというものが多いようですね」


 随分説明したはずだが、彼の表情は固いままだった。もっとヴァンパイアについて詳しく知りたいのか、それとも別の何かを求めているのか…… コミュニケーション能力が低いせいで、ボクにはよく分からない。


 その時、奥から女の人が現れた。


「聞くだけ聞いてもらったら?」


「……そうだね。上がりなよ」


 浅からぬ仲なのだろう。彼女に促されると、彼は少し考えはしたものの、最後にはそう了承するのだった。


 二人に招じ入れられて、案内された先は寝室だった。


 晴天とはいえまだ春先である。それほど日差しは強くないはずだが、それでも窓には厚手のカーテンがかかっていた。おかげで、部屋の中は薄暗い。


 そして、ベッドには、男の人が横になっていた。


「ドランさんは、冒険の最中にヴァンパイアに襲われたんですよね?」


「ああ、そうだ。森へモンスターの討伐に行くところだったんだ」


 本人の性格なのか、弟たちを信用しているのか。魔物使いのボクの質問に対して、ドランさんは特に嫌がるそぶりもなく答えてくれた。


「その時のパーティの構成は?」


「リーダーの俺と、弟のルーサー、それから幼馴染のカミラの三人だ。俺が剣士、カミラが魔法使いってところだな」


 順番に視線を向けていくと、ドランさんは最後に弟さんの方を見た。


「それで、ルーサーが荷物持ちだ」


 荷物持ちは、ボクたちの中でいえばダップルの役割だった。


 食料やポーションなどの冒険に必要な荷物は、概ねマジックバッグで保管することになる。しかし、マジックバッグの容量にも限度があるから、荷物が増えればそれだけバッグの数も増やす必要が出てきてしまう。そんな時に、バッグを一括して運搬することで、他のメンバーが身軽に行動できるようにする職業が荷物持ちなのだ。


 言い換えれば、大容量の高性能なマジックバッグさえあれば、パーティに荷物持ちは不要だということでもある。そのため、軽んじられて取り分を減らされたり、「もう高性能なバッグが手に入ったから」と追放されたりしてしまうことも珍しくない。魔物使いと同様に、不遇な職業だと言っていいだろう。


 しかし、パーティメンバーの二人は、そんなひどい扱いはしていないようだ。


「ルーサーには他にもいろいろやってもらってるけどな。金勘定とか、モンスターの下調べとか、料理とか」


「ルーサーは料理がすごく上手なの。冒険中に取った野草だって、美味しく食べられるようにしてくれるくらいだから」


 ドランさんも、カミラさんも、すぐにそうフォローするような言葉を続けていた。


「僕はろくに戦えないからそれくらいは」


 ルーサーさんが申し訳なさそうな顔をする。するとすぐに、「そんなこと言うなよ」「そうよ」と二人は言い出すのだった。


 大所帯のパーティでもなければ、荷物持ちが必要になるほど荷物が増えることはまずない。ドランさんとカミラさんの二人パーティなら、荷物持ちのルーサーさんはいなくても成立するだろう。というより、報酬を二人だけで分けられるので、いない方がメリットが大きいくらいではないか。


 けれど、三人はそれぞれ兄弟や幼馴染といった間柄なのである。きっとメリットや実利といったものを超えたところで深く結びついているのだろう。


「で、俺たち三人で森へ行ったんだ。幸い討伐は怪我もなく上手くいった。

 ただ捜索に手間取ったせいで、倒した時にはもう日没が近くてな。夜の森を歩くのは危険だと思って、その日は野営をしていくことにしたんだ。

 夜の間も特にトラブルはなかったよ。少なくとも、俺の知るかぎりではな。だから、朝飯を食べて出発することにした……」


 そこまで説明したところで、ドランさんは服の袖をまくり上げる。


「そうしたら、しばらく歩く内にこうなったんだ」


 見れば、彼の腕は真っ赤になっていた。


 季節はまだ春になったばかりである。いや、たとえ夏だったとしても、短時間でここまで焼けることはありえない。


 だから、日焼けを起こす理由として考えられるのは――


「ヴァンパイアにされたというわけか」


 スフィアさんの言う通りだろう。


 ヴァンパイアに血を吸われた人間は、ヴァンパイアになってしまう。ヴァンパイアは日光で日焼けや火傷を起こし、灰になることもある。ヴァンパイアの特徴とドランさんの置かれた状況は完全に符合してしまっているのだ。


「夜寝ている時にヴァンパイアに襲われたということですか?」


「それはない。一人ずつ見張りをしながら、交代で寝たからな」


 ボクの予想を、ドランさんは言下に否定した。


 テントを二つ張り、それぞれを一人ずつ使って、残った一人が見張りをする。時間が来たら、一人を起こして、見張りを交代する。これを3セット行って、朝まで過ごした。だから、ヴァンパイアが襲撃に来るような機会はなかったはずなのだそうである。


 けれど、部外者のボクにはそんな風には思えなかった。仲が良いあまり、二人を信用し過ぎているのではないだろうか。


「誰かが見張り中に居眠りしてしまったということは?」


「二人ともそんなことはないって言ってる」


 ドランさんはそう言うが、ボクはやはり半信半疑だった。ドランさんをヴァンパイアにしてしまった責任から逃れようと、嘘をついているということも考えられるからである。


 しかし、この意見はスフィアさんにすぐに反論されてしまった。


「見張りが居眠りをしていたら、そやつを襲うのが道理じゃろう。わざわざテントの中へ襲撃に行くというのは不自然じゃ」


 テントに入ろうとすれば、気配や物音のせいで相手を起こしてしまう恐れがある。外にも寝ている人間がいるのに、そんなリスクを冒す必要はないだろう。確かに、スフィアさんの意見の方が筋が通っている。


「ヴァンパイアにはコウモリや霧に変身できる能力があるとも言われています。それで見逃してしまったんでしょうか」


「それもないと思うけどな。すぐに調べたけど、噛まれたような跡はなかったから」


 日焼けをしたあと、ドランさんはまず古典的なイメージから首筋を確かめ、次にルーサーさんたちにも手伝ってもらって体中を確認した。けれど、どこにも噛み跡はなかったという。


「だから、ヴァンパイアにされたわけじゃない。……と思うんだが」


 ここに来て、ドランさんは初めて気弱げな表情を覗かせた。


 ヴァンパイアは肉体の再生力が高いという。そのため、「ヴァンパイアにされたことで傷が治って、噛み跡が残らなかった」という風にも考えられるからだろう。


「街ではどうなってる? 処刑の話が出たりしてないか?」


「特にそういうことはないですよ。理性を保っていらっしゃいますし」


 一説には、ヴァンパイアに血を吸われると、その命令に従うようになるとされているが、今のところドランさんにその兆候はなかった。だから、受付の人によれば、ギルドや憲兵隊はひとまず静観するつもりとのことだった。


 そのことは、当然カミラさんも伝えていたようだ。


「ほら、大丈夫だって言ったでしょう?」


「でも、もしかしたらヴァンパイア化が進行して、いつか本当に手下になるかもしれないだろ」


「深刻に考え過ぎよ。むしろ、治ることだってあるかもしれないじゃない」


「お前に何が分かるって言うんだ!」


 ドランさんは怒鳴り声を張り上げる。振り下ろした拳が布団に当たって、場違いなまぬけな音を立てた。


「兄さん、不安なのは分かるけど、カミラに当たるのはやめなよ」


「…………」


 ルーサーさんにたしなめられて、冷静になったようだ。激昂した手前引っ込みがつかないだけで、ドランさんの顔には後悔が滲んでいた。


「いいのよ。私が無神経なことを言ったせいだから」


 カミラさんは力なくそう微笑んだ。


 また、彼女はその微笑みをボクの方にも向けてきた。


「エディル君、ヴァンパイア化を治す方法を知らないかしら?」


「聞いたことがないですね…… スフィアさんは?」


「知らんな」


 治療法に心当たりもなければ、ドランさんたちへの配慮もないらしい。スフィアさんはきっぱりと否定した。


「そういうことなら、調べてみましょうか」


 ボクの提案を聞いて、カミラさんは顔をほころばせる。先程の件があったせいか、はっきりとは態度に出さないが、ドランさんもどこか喜ばしげだった。


 しかし、ルーサーさんだけは違った。眉根を寄せて、険しい顔つきをしていたのだ。


「調べるってどうやって? 本でも探すのかい?」


「森へ行ってみようと思います。ヴァンパイア本人なら、治し方を知っているかもしれませんから」


 ルーサーさんはますます眉間のしわを深くする。それは他の二人も同じだった。


 ただ、彼らは何も治す方法があるのか疑ったり、魔物使いを胡散臭がったりしていたわけではなかったらしい。


「正直ありがたいけど、でも危険だよ?」


「だから、他の人が襲われる前に討伐しないといけないでしょう」


 それこそが、ボクが冒険者を志した理由だった。


 両親の仇を討ち、村を危機から救ってくれた、あの人のようになりたかったのだ。


「それに、ボクにもメリットがありますから」


「?」


 話を理解できたのは、彼女自身がであるスフィアさんだけだったようだ。三人は一様に不思議がっていた。


「もしかしたら、ヴァンパイアを仲間にできるかもしれないじゃないですか」

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