第二章 見えないヴァンパイア

2-1 初めての依頼

「今日はギルドに行こうと思うんだ」


 自室のテーブルに着いて、朝食を取っている最中のことである。ボクは仲間と今日の予定について話し合っていた。


「それで今度こそ討伐の依頼を受けようかなって」


 ボクは手にしていたパンをちぎると、それをリーンの皿に分けた。


 モンスターを危険視する風潮は根強く、宿屋に宿泊を断られたり別料金を請求されたりすることも珍しくない。そのせいで、カラスのフニやロバのダップルは馬小屋に泊ってもらうしかなかった。


 けれど、スライムのリーンだけは、帽子で隠して部屋まで連れ込むことができた。それで一緒に食卓を囲んでいたのである。


 しかし、ボクがあげたパンをリーンは食べようとしなかった。代わりに、不安げな声を漏らす。


 ボクにモンスターの討伐ができるかどうか心配してくれているのだ。


「大丈夫だよ。スフィアさんがいるからね」


 先日、出題された謎掛けを解くことによって、ボクは新しくスフィンクスを仲間にしていた。ライオンの腕力に、ワシの機動力、そして人間の知能を持ち合わせた、非常に強力なモンスターである。補助的な役割が中心の仲間ばかりの中、彼女なら戦闘で活躍してくれることだろう。


 もっとも、スフィンクスを仲間にしたといっても、あくまで「更新制の契約で、もし謎掛けに答えられなかったり、事件の謎を先に解かれたりしたら喰われる」という条件つきの仲間だったが……


 謎掛けが好きなだけあって、知的好奇心が旺盛らしい。当のスフィアさんは、ベッドの上でパンをかじりつつ、ボクの持っていた薬草学の本を読んでいた。


「なんじゃ、呼んだか?」


「ええ、スフィアさんにモンスターを――」


 倒してもらいたくて、と言いかけてボクは固まってしまう。


 先の通り、モンスターの宿泊を快く思わない宿屋は多い。そこでスフィアさんに人化じんか(人間に変身)してもらって、従業員の目を誤魔化すことにした。


 ただ、一着も服を持っていないと言うので、スフィアさんにはとりあえずボクのシャツだけでも着てもらっていた。その上、本に夢中になっているためか、身なりにまで気が回っていないようだ。


 そのせいで、スフィアさんの下半身はきわどいことになってしまっていたのである。


「……先に服を買いに行きましょうか」


 ボクは目を逸らしながらそう続けるのだった。



          ◇◇◇



 話し合いの通り、朝食後ボクたちは服屋へと向かった。


 しかし、よく考えてみれば、それでは買うものが足りないかもしれない。服屋の次はモンスターの討伐に向かうつもりだったからである。


「スフィアさんは、防具は必要ないですか?」


「別にいらん。下手に鎧なぞ着込んでも、動きが鈍るだけじゃろう」


 冒険者の中にも似たような考え方をする人は珍しくなかった。


 一つは、そもそも鎧を着て動けるほどの力がないというパターンである。これは後衛職――魔法使いや僧侶などによく見られる。ボクのような魔物使いもそうだった。


 もう一つは、前衛職だが防御力よりも回避力に自信があって、防具もその長所を活かせるものを選ぶというパターンである。こちらは武闘家や一部の戦士などが主に該当する。スフィアさんもそうなのだろう。


「それじゃあ、やっぱり服と、あとは下に鎖帷子くさりかたびらでも着る感じですかね」


 軽装派の冒険者の定番である。ボクの装備も同じようなものだった。


「どんな服がいいですか?」


わしはこのままでよいが」


「それはちょっと……」


 シャツ一枚はさすがにまずいだろう。せめて下着くらいは穿いてほしい。


 他にも、「武器はどうしますか?」「爪と牙で十分じゃ」なんていう話をしていると、その内に目的の店に到着したのだった。


 服に全然興味がないスフィアさんに任せると、何を着るか分かったものではない。だから、ボクに選ばせてもらうことにした。


「大人っぽい感じがいいですかね?」


 見た目こそ幼いものの、言動からいって実年齢はボクよりずっと上だろう。服もそれに合わせた方がいいんじゃないだろうか。


 そう考えて、まず選んだのはドレスだった。


 すぐに買おうとするスフィアさんを説得して、まず一度着てみてもらうことにする。しばらくして試着室のカーテンが開いた。


 大きく広がったスカートが清楚な雰囲気を醸し出している。その一方、上半身のタイトなシルエットが色気も漂わせていた。間違いなく似合っていると思うが――


「大人っぽいというか、おしゃまというか」


 どうにも無理に背伸びをしているような風に見える。むしろ、服との対比で子供っぽさが強調されてしまっているくらいだった。


「そういえば、スフィアさんっておいくつなんですか?」


「数えてないから分からんな。三百、いや四百くらいか?」


「百年違ったら大分違うと思いますが……」


 年を取ると細かい年齢の違いを気にしなくなる、という話を聞いたことがある。それが極端になると、スフィアさんのようになるのだろうか。


 ドレスがいまいちだったので、ボクは次の服を選び始める。


「知的な感じにしてみますか」


 スフィアさんは謎掛けが好きである。それに顔立ちも、幼くありつつも利発さが滲み出ていた。服もそれを活かすようなものにするというのはどうだろうか。


 それで次に用意したのはスーツだった。


 ワイシャツにネクタイ、ジャケット、タイトスカートの一式を揃える。さらに何か物足りない気がしたので伊達眼鏡も追加してみた。


「どうですか?」


「きっちりし過ぎじゃ。息苦しい」


「冒険するには不向きですかね」


 よほど気になって仕方ないらしい。ボクと話している間も、スフィアさんはずっと襟をいじっていた。


 しかし、この失敗から思いつくことがあった。


「逆に野性味を出してみます?」


 人の姿に変身しているとはいえ、スフィアさんは本来モンスターなのである。人間の尺度で服を選ぶ必要はないのかもしれない。


 この目論見は実際上手くいって、スフィアさんも喜んでくれた。


「今度のは動きやすくていいのう」


「でも、これは野性味というか……」


 へそや太ももが丸出しになってしまっている。単に露出が多いだけだろう。


 そのあとも、いろいろな種類の服を試してみた。けれど、ボクもスフィアさんも納得するようなものはなかなか見つからなかった。


「仲間モンスターっていうのを踏まえて――」


 ボクが今回選んだのはメイド服だった。


「って、これじゃあ使用人みたいですね」


「……なんでもいいから早くせい」


 着せ替え人形扱いされ続けたせいで疲れてしまったようだ。スフィアさんはうんざりした様子で抗議してくるのだった。


 さすがはプロということなのか、ボクよりも店員さんの方がよほど状況をよく理解していたらしい。スフィアさんのことを見かねたように、ボクに声を掛けてきたのである。


「本日はどのような服をお探しでしょうか?」


「冒険者なので、動く時に負担にならないようなものを。あと変身するかもしれないので、ある程度余裕があるといいんですが」


「変身?」


「そ、そういう魔法が使えるんです」


 モンスターだと周囲に知られると、騒ぎになってしまう恐れがある。そのため、スフィアさんの正体は基本的に隠すという方針になっていた。


 腕力や視力といった身体能力を向上させる強化魔法や、火・水・風・土・氷・雷の六大属性を操る属性魔法は、程度の差はあれ誰でも使うことができる。一方で、他人の傷を癒したり、モンスターと会話したり、何かに変身したりするような特殊な魔法の使い手は珍しい。


 ただ、それでも一応存在自体は確認されているため、店員の人も驚きはしたようだが疑ってくることはなかった。


「では、こちらなどはどうでしょう?」


 そう言って、すぐにスフィアさんに似合いそうなワンピースを薦めてきたのだった。



          ◇◇◇



「うーん……」


 ギルドの掲示板の前で、ボクは頭を悩ませていた。


 吸血コウモリの討伐、オウルベアの討伐、ヒドラの討伐…… どの依頼を受けるべきか決めかねていたのである。


 服屋の一件があったせいか、この状況がスフィアさんには余計に苛立たしいようだった。


「いちいち優柔不断じゃのう。もっとパッと決められんのか」


「そんなこと言われたって悩みますよ」


 謎解き勝負で勝てば、スフィアさんとの契約を延長できるという取り決めになっている。けれど、他にも勝負せずに契約を解消するという選択肢もあった。


 ただし、その場合はスフィアさんが仲間から抜けて、元のソロの状態に戻ってしまう。大幅に戦力が落ちてしまうのである。


 だから、次の契約更新までの間に、ボクはソロでもやっていけるように自分の鞭術を鍛えるつもりでいた。そのため、スフィアさんはあくまでもいざという時の保険で、なるべく自分の力だけでモンスターを退治しようと考えていたのだ。


 けれど、受付の人はこの考えに賛同できないようだった。


「ホーンラビット……ですか」


「? ええ」


 ウサギ系のモンスターで、名前の通り額から角が生えており、また性格も攻撃的である。ただし、それ以外の体格や身体能力については普通のウサギとさして変わらず、その強さは全モンスター中でも最弱レベルだった。よほど大きな群れでも作っていなければ、ボクにだって討伐できる相手のはずなのだけれど……


 しかし、受付の人の懸念はそういうことではなかったらしい。


「先日、スフィアさんはCランクパーティの冒険者を簡単に倒したと伺っています。できれば、もっと強いモンスターの討伐を考えていただけないでしょうか」


 確かにスフィアさんは、殺人事件の犯人を逮捕する際に、暴れる相手を悠々と取り押さえていた。その話はギルドにも届いていたようだ。


「たとえば、モノケロスはどうですか?」


 モノケロスも額に角の生えたモンスターだが、馬系のためホーンラビットよりもずっと体が大きかった。それどころか、通常の馬と比べても首や脚が太く、ごつい体つきをしている。


 加えて、モノケロスは角も長くて太い。そのため、ただの体当たりでさえ、槍兵が突撃してくるようなもので、非常に危険なのである。


「儂は構わんぞ」


 確認の視線を送ったボクに、スフィアさんは平然とそう答えた。見栄や意地を張っているわけではなく、本当に倒す自信があるのだろう。


 ただスフィアさんがよくても、ボクが納得できなかった。


 モノケロスは到底ボクの敵う相手ではないから、最初からスフィアさんが戦うことになるだろう。それではボクの鞭術の訓練にならない。


「最近目撃例がどんどん増えていて、先日ついに襲われたという報告が入ってきたんです。ですから、街のためだと思って、引き受けていただけませんか?」


 そう言われてしまうとさすがに断りづらい。「そういうことなら……」と、ボクは勧められるままに依頼を受けるのだった。

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