1-8 さらなる真相

「何のことだ?」


『あなたをパーティメンバー殺害の容疑で逮捕します』


 そう憲兵に言われて、彼は首を振っていた。


「レイスのやつはスフィンクスに殺されたって言っただろ?」


 ウォードさんはあくまでも犯行を否認するつもりのようだ。


「それがスフィンクスを討伐された方が、疑問があるとおっしゃられまして」


 憲兵の人がそう説明する。


 それを受けて責任者として、いやとしてボクは彼の前へと進み出た。


「ボウズ……」


 まさか酒場で少し話をしただけのことが、逮捕にまで繋がってしまうとは思ってもみなかったのだろう。見覚えのある顔を目にして、ウォードさんは言葉を失ってしまう。


 だから、代わりにボクが口を開いた。


「一つ目の疑問は、教えていただいた謎掛けが簡単なものだったことです」


『朝から少しずつ背が縮んでいって、真昼に最も小さくなり、夕方が近づくにつれてまた背が伸び始めるものは?』


 ウォードさんによれば、スフィンクスはこのような謎掛けを出してきたそうだが――


「問題文を聞いてすぐに、ボクは『影』が答えだと分かってしまいました」


「それはボウズが賢いって自慢か?」


「違います。すぐに分かったのは、本で読んだことがあったからです」


 それも難解な学術書というわけではない。字さえ読めれば誰でも読めるような、子供向けの本だった。


「しかも、同じような問題を目にしたことは一度や二度ではありません。有名とまでは言いませんが、少なくとも誰も知らないというレベルの問題ではないはずです」


「俺らは知らなかったんだよ。だから、答えられなかったんだ」


 一見すると、ウォードさんの主張はもっともらしいものだろう。


 しかし、明らかな穴があった。


「重要なのは、あなたが答えられるかどうかではありません。その程度の問題を、スフィンクスが出すかどうかということです。スフィンクスは自分の命を懸けて、謎掛けを出してくるわけですからね」


 もし正解されたら自殺すると約束しているのである。普通は思いつくかぎり難しい問題を出そうとするものではないだろうか。


「そんなの分からねえだろ。スフィンクスの方も大して賢くなかっただけじゃねえのか?」


「……確かにそういうこともあるかもしれませんね」


 苦しい言い訳にしか聞こえないものの、ウォードさんの意見に明確な反論をするのは案外難しい。「賢くないのに謎掛けで勝負を挑むのか?」と言ったところで、「自分が馬鹿だという自覚もないほどの大馬鹿だった」と返されればそれまでだろう。


 だから、ボクは大人しく引き下がることにする。……一つ目の疑問に関しては。


「二つ目の疑問は、レイスさんの死因です」


『猫みたいな素早い動きで、俺の足止めをするりと簡単に抜けていって。それで俺が振り返った時には、レイスの頭が吹き飛んでたよ』


 ウォードさんは酒場でそう証言していた。その内容に誤りがないか、ボクはこの場で改めて確認する。


「レイスさんはどういう風に殺されたんでしたか?」


「前衛の俺が足止めしてる隙に、後衛のあいつが魔法で攻撃したんだ。そうしたらスフィンクスはキレたのか、俺をすり抜けてあいつのところへ行ったんだ」


「スフィンクスはどんな攻撃を?」


「だから、爪で頭を吹っ飛ばしたんだよ」


『何度も同じことを言わせるな』とばかりに、ウォードさんは声を荒げていた。


 あるいは、『俺が殺したっていう証拠でもあるのか』とばかりに。


「それとも何か? 別のやり方で殺されてる死体でも出たってのか?」


「いえ、探してみたけれど見つかりませんでした」


「それじゃあ――」


「ただ討伐前にボクはスフィンクスと話したんですよ。その時にスフィンクスは、『頭を使っている人間の脳が美味い』というようなことを言っていました。それなのに頭を攻撃するような真似をするでしょうか」


 このことは、レイスさんの死因がスフィンクスによるものではないという証拠になるのではないか。もっと言えば、死因を偽証したウォードさんが、レイスさんの死に何らかの形で関わっているという証拠になるのではないか。


「んなこと知らねえよ。レイスの魔法にイラついてたせいで、味がどうとかまで頭が回らなかっただけなんじゃねえの?」


 痛いところを突かれたせいか、ウォードさんの言い訳は随分雑になっていた。


 しかし、確かに証拠というにはまだ弱いだろう。負けたら仲間になるという約束を律儀に守ってくれるあたり、スフィンクスはカッとなって暴走するような性格だとは思えないが、それはボクの主観に過ぎない。逮捕や有罪判決まで持ち込むのは無理がある。


 それでボクは話を続けた。


「これが一番重要な疑問点なんですが、三つ目はあなたがスフィンクスの顔を覚えていないことです」


「なんだ、そんなことか。顔なら覚えてるよ」


 ウォードさんはそうホッとしたように答えた。


「それじゃあ、絵に描いてもらえますか?」


「そりゃあ無理だな。俺には絵心がないから」


「では、ボクが描くので特徴を挙げてもらえますか?」


「俺は説明も下手くそだしなぁ」


 ウォードさんは挑発するような口調で言い返してくる。先程安堵の表情を見せたのは、いくらでも言い訳ができると思ったからだったのだろう。


「本当に顔を覚えてるんですか?」


「だから、そう言ってるだろ」


「それはおかしいですね」


 ボクはボクのそばに立っていた少女に目を向ける。


 十一、二歳くらいの、幼い少女だった。


「この人がスフィンクスですよ」


「は?」


 ウォードさんは言葉を失っていた。


「一部のモンスターは、成長とともに人間に変身する能力を獲得することがあります。今回のスフィンクスもそうだったようです。

 ただスフィンクスの場合、頭部は元々人間にそっくりです。そのせいか、変身の前後で顔が変化しないみたいなんです」


 もともとスフィンクスさんは、モンスターの姿の時から、子供のような顔つきをしていた。人化じんかしてもそれは変わらず、ただ顔つきにふさわしい体つきになっただけだったのである。


「スフィンクスに殺されかけたというわりに、どうして彼女を見ても何の反応もしなかったんですか?」


「それは…… だから、それは」


 ウォードさんは言葉に詰まってしまう。今回ばかりは、さすがに何の言い訳も思いつかなかったようだ。


 いきなりこの証拠を突きつけて、すぐに罪を認めさせることも考えた。けれど、その場合、「よく見ていなかった」と言い逃れされてしまうかもしれない。


 だから、謎掛けが簡単過ぎるとか、頭を攻撃するのは不自然だとかいう話をして、スフィンクスさんの顔を見るための時間を与えた。今までの話は自白を促すためというよりも、言い逃れをさせないためのものだったのだ。


「ちなみにスフィンクスさん、この人に見覚えは?」


「ないな」


 スフィンクスさんは不機嫌そうに首を振った。


「じゃから、誰も勝負を受けてくれなんで退屈しておったと言っておろう」


「モンスター側の証言だけだと信じてもらえないですから」


 憲兵の人に同行してもらったのも、単にウォードさんを逮捕してもらうだけでなく、彼がスフィンクスさんの顔を知らなかったことの証人になってもらう意味もあった。それくらいモンスターや魔物使いへの不信感は根強いのだ。


 決定的な証拠を突きつけられて、さんざん言い訳を繰り返していたウォードさんも、とうとう自分の罪を認める気になったらしい。


 罪を認めて、強行突破に切り替えてきたのだった。


「クソがああああああああああ!」


「!」


 ウォードさんが剣を構えて突撃してくる。


 しかし、その刃が届く前に、ボクとウォードさんの間に影が割って入った。


 スフィンクスさんである。


 変身を解く時間が惜しいからか、人間相手ならその方が戦いやすいからか。スフィンクスさんは人間の体をメインにしたまま、一部分だけを元のモンスターのものに戻していた。


 すなわち、ワシの翼を使って素早く移動し、ライオンの爪を使って相手を切り裂いたのだ。


 決着がつくまでには、まばたきするほどの時間もかからなかった。


「ありがとうございます、スフィンクスさん。いえ


「そういう契約じゃからの」


 相変わらず、彼女は興味なさげにそう答えるのだった。



          ◇◇◇



 事件後、ボクは宿屋に借りた自室に戻っていた。


「これで当分は大丈夫かな」


 テーブルの上にはたくさんの銀貨銅貨が並んでいた。


 まずスフィンクスを山から追い払った(≒討伐した)ことで、ギルドから報酬が出た。さらにウォードさんの逮捕に協力したことによって、憲兵隊から褒賞金も支払われていたのだ。


「よかった……」


 これで当面は生活費に困ることはないだろう。もちろんボクだけでなく、仲間のモンスターたちの分も含めて。


 そんなボクの呟きを聞いて、そばで金勘定を見ていたリーンもはしゃぐような声を上げる。


「事件が事件だから、ちょっと複雑だけどね」


 無邪気に喜ぶリーンとは違って、ボクの笑顔は微苦笑だった。


「そういえば、金で揉めたのが動機だと言っておったな」


 猫のようにけだるげにベッドに寝転がっていたスフィアさんが、不意にそう口を開いた。


『あの野郎はかかった経費を誤魔化して、少しずつパーティの運営資金を抜いてやがったんだよ』


『それでも謝って返済するっていうなら許してやってもよかった。なのに、「お前と違って頭脳労働してるから、その分もらっただけだ」なんて開き直りやがってよ』


『それでちょうどいいことにスフィンクスの噂が流れてたから、冒険の途中で毒を盛ってぶっ殺してやったんだ』


 逮捕後、ウォードさんはそのように証言していたのである。


「モンスターが現れたのを利用して、完全犯罪を目論むとはの。人間は恐ろしいのう」


「そうですね」


 皮肉げなスフィアさんの言葉に、ボクはそう深く頷く。


 酒場でウォードさんと話をした時は、本当に死んだパーティメンバーを哀悼しているように見えた。しかし、あれは殺人が発覚しないようにするための演技に過ぎなかったらしい。


「本当にそうです」


 再び、ボクは深く深く頷いた。


『いつモンスターが暴れ出すか分からないせいで、魔物使いは印象が悪いからな。エディルと一緒にいると、俺たちの評判まで落ちちまう』


『大体カラスなんて見栄えがしねえでしょう。アルスラさんの率いる『暁の団』にはふさわしくねえんですよ』


『常々言っているが、私はそもそもモンスターが嫌いだ。モンスターなど全員死んでしまえばいい』


 長年一緒にやってきたはずの『暁の団』の仲間たちから、あっさり追放されてしまったことを思い出していたのだ。

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