1-7 謎の真相
「謎が解けました」
ボクはそう宣言した。
これを聞いたスフィンクスは、すぐにボクの体から離れて、食べようとしていたのを取りやめる。
この時、彼女は大きく目を見開いて、驚いたような
「それでは、改めて答えを聞かせてもらおうか」
「問題文は明らかに有名なオイディプス王のものになぞらえてあります。ですから、明け方―胎児、朝―赤ちゃん、昼―大人という対応関係にあるのはほぼ確実でしょう」
スフィンクスは単に解答するだけでなく、その理由も解説するように言っていた。だから、ボクはいきなり解答には入らず、順を追って説明を行うことにする。
「ところで、以前ボクはこんな問題を解きました。『体に三つの目を持ち、水中に人を引き寄せて死に至らしめる魚は?』。この答えが分かりますか?」
「綴りに目(eye)、つまりiが三つ含まれるメダカ(killifish)じゃろう」
「さすがですね……」
間髪入れずに答えるスフィンクスに、ボクは肝を潰していた。謎掛けが好きだというのは、出題する側だけでなく解答する側としてもらしい。
「この問題のことを思い出して、ボクは閃いたんです。今回の問題に出てきた目(eye)も実はiのことなんじゃないかと。
ただ、大人を意味するadlutやgrown-upにはiは含まれません。なので、iはiでもI、要するに自分のことだとボクは考えました。
それまで目を閉じていた胎児が、生まれる時に二つの目を開いて、さらに成長してからは自分というものを持つようになる。だから、答えは人間……」
先の通り、この問題はオイディプス王の伝説になぞらえられたものである。理由が違うだけで答えは同じだというのは、本歌取りとしても収まりがいいだろう。
「それが貴様の解答か?」
「いえ、違います」
ボクはすぐにそう否定した。
この解答では結局、「大人になると目的を持って生きるようになる」とか、「知性を持つようになる」とかいうのと大差ない。この解答が唯一正しいと言えるような、決め手になるものがないからである。
だから、ここまでの説明はあくまでもまだ導入部で、正解にたどりつくまでの道筋を語っていただけだったのだ。
「I(自分)の話で、他に思い出したことがありました。有名なオイディプスの伝説です。オイディプスがスフィンクスに唱えた答えは、正確には『人間』ではありません。『自分』です。
実際、晩年のオイディプスは、父を殺し母と交わってしまったという絶望から自分の目を潰しており、杖を必要とする状態になってしまいました。そのため、スフィンクスの謎掛けは、オイディプスの未来を予言、あるいは暗示するものだったという説があります。
「先程も言いましたが、今回の問題は明らかにオイディプスの伝説になぞらえたものでしょう。ですから、答えも『人間』ではなく『自分』、つまり『ボク』になるんじゃないかと思ったんです」
また、スフィンクスは、以前は別の問題を出していたという。『朝から少しずつ背が縮んでいって、真昼に最も小さくなり、夕方が近づくにつれてまた背が伸び始めるものは?』と。
にもかかわらず、今回は問題を変更してきた。それは、解答をする人間がボクに変わったので、それに応じて問題もふさわしいものに変えようとしたからだという風にも考えられるのではないか。
「そこからはまた逆算ですね。ボクが今後どうなるかを考えてみました。
まず不正解だった場合、ボクはスフィンクスさんに食べられることになっています。ですから、目が三つになるというのが、スフィンクスさんに食べられることを暗示していると仮定してみましょう。
「すると、答えに矛盾が生じてしまいますよね? もし『このあと食べられるから答えは自分』と言って謎掛けに正解したら、その『このあと食べられる』という未来は来なくなってしまうわけですから。
よって、この謎掛けは、正解した場合について考えるのが正しいはずです」
オイディプスも正解した結果、杖をつくことになってしまったのである。その点から言っても、やはり正解した場合について考えるべきだろう。
「謎掛けに正解した場合は、スフィンクスさんが仲間になるという約束でした。その意味で、スフィンクスさんの分の目が増えると言えるかもしれません。
しかし、スフィンクスさんの目を数えるのなら、増えるのは二つのはずです。それに、すでに他のモンスターが仲間にいるのに、それを目の数に含めていないというのも不自然でしょう」
同じ理由で、「増える目(eye)は名前の綴りのiのことだ」という説に関しても否定できる。確かに、スフィンクス(sphinx)にはiが一つだけ含まれているが、ボクはすでにスライム(slime)のリーンを仲間にしているからである。
「では、スフィンクスさんが仲間になると、他にどんなことが起こるでしょうか。スフィンクスさんは人間の命令を聞くのは死ぬより屈辱的だから、契約を更新制にしてほしいとおっしゃってましたよね? それで、定期的に謎掛けや探偵業で勝負をしよう、と」
勝負前に条件をすり合わせる時、確かにそういう話になった。
『定期的に、
スフィンクスに食べられる寸前に思い出したこの言葉が、正解に至る最後のヒントになったのだった。
「探偵を意味する言葉はいくつかあります。detective、sleuth、investigator、そしてprivate eye……
つまり、大人になったら目が三つになるというのは、スフィンクスさんとの契約を延長するために、ボクが探偵になることを意味していたんです。よって、答えは『ボク』です」
元の伝説と同じく将来の暗示になっていること。その将来である探偵にeyeという語が含まれていること。これら二点から、この解答で間違いないはずだが……言い終えたあとで急に不安が襲ってくる。絶対に別解がないと言い切れるだろうか?
そうして固い顔つきをするボクに対して、スフィンクスは――
「正解じゃ」
そう悔しがるような
勝負の成り行きを固唾を飲んで見守っていたリーンたちは、ボクの勝利に歓喜や安堵の声を上げる。
そんな中、ボクだけは未だに固い顔つきのままだった。
「そう身構えずともよい。勝負前に誓った通り、貴様の手下になってやる」
「本当ですか?」
「契約を破るのも、儂のプライドが許さんからな。貴様を喰うのは、次の勝負で勝ってからじゃ」
スフィンクスと戦闘になれば、こちらには十中八九勝ち目がない。だから、ボクは謎掛けの勝敗を反故にされてしまう可能性を危惧していたのだ。
「無論、すぐに次の勝負を挑むようなこともせぬぞ。それでは契約の意味がないからの」
「そうですか」
スフィンクスの見破った通り、ボクは今から次の勝負を挑まれてしまう可能性も危惧していたが、それも杞憂に過ぎなかったようだ。
すべての不安が払拭されて、ボクはやっと胸をなでおろす。そもそも人を食べるといっても、互いに了承した勝負の結果であって、無差別に人間を襲っているわけではない。彼女は人間に対してシビアなのではなく、あくまでも契約や約束に対してシビアなだけなのだろう。
だから、ボクは改めて彼女をパーティに迎え入れることに決めたのだった。
「それじゃあ、これからよろしくお願いします、スフィンクスさん」
契約を守っているだけで、人間に付き従うのはやはり不服らしい。スフィンクスは返事をする代わりに、ただふんと鼻を鳴らすだけだった。
しかし、ボクが気になったのはそのことではなかった。
「そういえば、スフィンクスさんって、名前はなんておっしゃるんですか?」
「名などない。儂は儂じゃからの」
彼女は事もなげにそう答えた。
「リーンたちの名前はボクがつけたんですけど……」
「不本意じゃが、今は貴様が主人じゃ。貴様の好きにするがよい」
スフィンクス呼びでは、猫を猫と呼ぶみたいで味気ない。それに、仲間なのに他人行儀な感じもする。だから、ボクはリーンたちに名前をつけたのだし、スフィンクスさんにも名前をつけたかった。
「それでは、スフィアというのはどうでしょう?」
「
スフィンクスの胴はライオンで、ライオンは猫の仲間で、猫は丸くなることにちなんでつけた……わけではなかった。
「スフィンクスと
「好きにせいと言っておろう」
興味なさげに彼女はそう答えた。
「で、これからどうするんじゃ? モンスターを退治すればよいのか?」
「いえ、街へ戻りましょう」
解答期限が日没までだったため、あたりはすっかり暗くなっていた。この暗闇の中、山中を歩き回ったりモンスターと戦ったりするのは危険が大きいだろう。
また、行商や交易ができなくなって、商人の人たちが困っているそうだから、早くスフィンクスを仲間にしたことをギルドに報告した方がいいはずである。
それに何より――
「事件はまだ解決してないですから」
◇◇◇
街の宿屋の一室に、ノックの音が響いた。
ややあって、部屋の借主がドアを開く。
夜中の来客の訪問に対して、彼は当初面倒くさげにしていた。だが、相手が着ている揃いの制服を見て顔をこわばらせた。
来客の正体は、憲兵たちだったのだ。
「……一体なんだってんだ?」
借主のウォードさん――スフィンクスに襲われたパーティの生存者――は緊張と困惑を滲ませる。
対して、憲兵は淡々と用件を告げた。
「あなたをパーティメンバー殺害の容疑で逮捕します」
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