1-6 解答候補

『明け方には目を持たず、朝には二つの目を持ち、昼には三つの目を持つようになるものは?』



 それがスフィンクスの出してきた謎掛けだった。


 事前に下調べをした時のものとは問題が変わっている。だから、ボクは即答することができない。それどころか、延々と頭を悩ませることになってしまった。


 すると、その内にカラスのフニが騒ぎ出す。


「大丈夫。分かってるよ」


 山の木々に切り取られた空では、太陽が西に大きく傾いていた。フニが急かした通り、制限時間の日没が近づきつつあったのだ。


「問題の形式からいって、有名な伝説になぞらえているのは間違いないと思うんだよね」


 伝説において、スフィンクスは『朝は四本の足で歩き、昼は二本の足で歩き、夜は三本の足で歩くものは何か?』と尋ねた。これにオイディプスは『自分』、つまり『人間』だと答えた。


 時間の経過が関係する点やそれに伴って身体に変化が起こる点は、今回の問題と共通している。この話を元にして考えるのが正解への近道に違いなかった。


 しかし、そもそもオイディプス王の伝説を知らなかったらしい。ロバのダップルは、不思議そうな顔をする。


「ああ、伝説っていうのはね――」


 スフィンクスに山に住み着かれて、謎掛けに答えられないと彼女に食べられてしまうようになったこと。回り道をさせられて不便なため、正解の分かる者を王にするという布告が出たこと。オイディプスに『人間』と答えられて、スフィンクスは悔しさから身投げしたこと…… それらをボクはかいつまんで説明した。


 途中、ダップルと一緒に、フニもこの説明を聞き始める。また、帽子の下からスライムのリーンも這い出てきていた。おかげで、子供たちに読み聞かせをするような形になった。


「こうしてスフィンクスを討伐した功績から、オイディプスは都の人たちに王として迎え入れられることになったんだ」


 物語がハッピーエンドで終わったことを、リーンとダップルは素直に喜ぶ。フニも満更でもなさそうだった。


「ところが、それでめでたしめでたしとはいかなかったんだよ。

 オイディプスが王になってから十数年後、都は不作や疫病に見舞われるようになってね。原因を占ってみたところ、『都の民がライオスという男を殺したことが原因である。かの者を都から追放せよ』という結果が出たんだ。


「これを聞いて、オイディプスは恐れおののいた。昔旅をしていた頃に、ちょっとしたいさかいのはずみで、人を殺してしまったことがあったからね。

 それで調べさせてみると、やっぱりオイディプスが殺した男は、ライオスという名前だったんだ」


 先程までとはうってかわって、リーンたちは静まりかえっていた。この先が一体どんな展開になるのか、固唾を呑んで話に聞き入っていたのである。


「その上、オイディプスの苦悩はまだ続くことになった。というのも、ライオスのことを調査した結果、単に自分が都を出ればいいというだけの話では済まないことが分かってきたんだ。


「そもそも昔オイディプスが旅をしていたのは、『父親を殺し、母親と交わる』という予言を受けたことが理由だった。故郷を捨てれば、予言ははずれると考えたからだったんだよ。

 ところが、父親は父親で、『息子に殺される』という予言を回避するために、生まれたばかりのオイディプスをよその街の夫婦に預けていた。つまり、オイディプスは育ての親を実の親だと勘違いしていて、そのせいで予言の通りに実の父親であるライオスを殺してしまったんだ」


 人殺しは当然許されないことだが、親殺しはそれ以上の禁忌である。古い時代においては特にそういう風潮が強かったようだ。


 また、それは近親相姦についても同様だった。


「その後、現在の妃が実の母親だと分かって、『母親と交わる』という予言まで実現していたことが判明した。このことを一足早く知ってしまった母親は、ショックから自殺してしまった。

 またオイディプス自身も、結局予言通りに人の道にはずれたことをしてしまったという絶望から、自分で自分の目を潰した。そして、娘たちに連れられて都を出ていったんだ……」


 救いのないバッドエンドに、リーンとダップルは意気消沈していた。フニでさえ悄然と黙り込んでしまったくらいである。


 しかし、フニはすぐにやかましく騒ぎ始めるのだった。


「ああ、謎掛けね」


 そろそろ制限時間だというのに、つい興が乗って長話をしてしまった。フニに急かされたことで、ボクはようやく本題に入る。


「さっきも言ったけど、問題文が似てるからね。だから答えも多分同じで、『人間』だと思うんだけど……」


 そこまで説明したところで、ボクは視線をに移す。


 そばにあった岩の上から、スフィンクスは睥睨するようにこちらを見下ろしていた。


「一応言っておくが、理由も答えてもらうぞ。当てずっぽうで正解されても、面白くもなんともないからの」


「で、ですよね」


 そう答えつつ、ボクは顔を引きつらせていた。最悪、理由なしで誤魔化そうかと企んでいたからである。


 けれど、理由の説明を要求してきたということは、当てずっぽうで答えてもそれなりに正解する可能性があるということではないだろうか。そう考えると、ますます答えは『人間』だという説が濃厚に思えてくる。


「だから、答えは『人間』で決め打ちして、そこから逆算して理由を考えていこうと思うんだ」


 頷いたり、声を上げたりして、リーンたちも賛同してくれた。だから、ボクも自信を持って話し始める。


「元が朝―赤ちゃん、昼―大人、夜―老人だから、今回は明け方―胎児、朝―赤ちゃん、昼―大人。ここまでは間違いないと思う」


 順当な推理のせいか、今度も反対意見は出なかった。


「元の問題だと、足は歩くのに使うものの比喩で、杖も足扱いになってる。そのことを踏まえると、目っていうのは『物を見るのに使うもの』くらいの意味なんだと思う。

 だから、素直に考えると、第一候補は眼鏡かな。それも三つ目だから、普通の眼鏡じゃなくて片眼鏡だね。

 胎児の頃は目を閉じていて、生まれたあと初めて目が開いて、大人になって視力が落ちたら片眼鏡をするようになる……っていうのはどうかな?」


 これが正解で間違いない。そう言うように、リーンたちは喜ぶような褒めるような甲高い声を上げる。


 だけど、ボクはボク自身の解答に納得しきれていなかった。


 わざわざ一般的でない片眼鏡の方を問題に出すのは不自然ではないだろうか。また、眼鏡は目に重ねて使うものだから、目が増えるという表現もふさわしいと思えない。


 それで別の候補についても、リーンたちと相談するのだった。


「あとは目(eye)には、目的って意味もある。だから、大人になったら目的を持って生きるようになる、っていうのも考えた」


 今度こそ正解が出たと思ったようで、ダップルは再び甲高い声を上げる。


 一方、ボクがまだ迷っているのを見て取ったらしい。リーンは質問してきた。


「他に? 他には、観察力とか、注目とか……」


 だから、「大人になって観察力が身についた」というパターンもありえるだろう。


 また、ジャガイモの芽や台風の目についても同じくeyeと表現する。さすがにこれらが答えになるとは思えないが……


「それから目は知性の比喩でもあるね」


 この話はあまりピンとこなかったらしい。三匹とも不思議がるばかりだった。


「世界最古と言われる謎掛けがあってね。問題はこうだ。『入る時は目を閉じていて、出る時は目を開く場所は?』。

 これは、入る前は無知なせいで何も見えていないけど、出る頃には世の中のことが分かるようになることを意味している。つまり、答えは『学校』になるんだ。

 大人になったら、知性を持って物事を見られるようになる、と考えたらこれもありかなぁ」


 他に、「eyeには見た目という意味があるから、大人になったら見た目に気を遣うようになる」とか、「snake eyesでピンゾロのことだから、大人になったらギャンブルをするようになる」とか、ボクは思いつくかぎりの解答例を挙げていく。


「だから、候補はいろいろあるんだけど、どれも決め手がないんだよね……」


 本人に気づかれないように、ボクはスフィンクスの方にちらりと目をやった。候補を挙げた時の表情の変化で、どれが正解なのか見極めようとしたのだ。


 しかし、スフィンクスはまったくと言っていいほど顔色を変えなかった。相手を威圧しているような、勝負をたのしんでいるような、高圧的な笑みを浮かべるばかりだったのだ。


 唯一表情が変わったのは、が訪れた瞬間だった。


「時間じゃな」


 彼女は日没を確認すると、岩の上から飛び降りて、ボクの前に降り立つ。


 そして、ますます例の高圧的な笑顔で笑うのだった。


「では、答えを聞かせてもらおうかの」


「…………」


 eyeには色目という意味があるから、大人になったら色目を使うようになることを意味している。いくつかの宗教では目が神を表すシンボルになっているから、大人になったら信仰心に目覚めること意味している…… 候補だけならいくらでもあった。


 けれど、やはりどれも決め手がなかった。


「あれだけ思いついておいて、結局答えられんのか。つまらんのう」


 自身の今後の人生が懸かっているというのに、スフィンクスには勝利を喜ぶ様子は微塵もなかった。むしろ、ボクが簡単に敗北を受け入れたことに、腹を立ててさえいるようだった。


 だから、もうボクの存在などどうでもよくなってしまったのだろう。


 スフィンクスは後ろ脚で立ち上がると、ボクの肩に前脚の爪を立てて、逃げられないように押さえつける。事前の取り決め通り、ボクのことを食べるつもりなのだ。


 フニやダップルがなんでもいいから答えるようにボクを急かしてくる。リーンに至っては、食べるのをやめるようにスフィンクスに懇願していた。


 しかし、そんなこと彼女は気にも留めない。ボクの頭に食いつこうと、大きく口を開く。


『お前をパーティから追放する』


 ふと脳裏にアルスラさんの言葉がよぎった。


 人間は生命の危機に瀕した時、過去の記憶が一瞬にして蘇るという。それがボクの身にも起こったのだ。


『今回出没したスフィンクスも概ね伝説の通りのものですね。山道に陣取って、謎掛けを出してくるようです』


『定期的に、儂が貴様に謎掛けを出す。あるいは謎や事件に遭遇した時に、探偵としてどちらが先に答えを出すかで勝負する。もし貴様が勝てば契約は延長じゃ』


『猫みたいな素早い動きで、俺の足止めをするりと簡単に抜けていって。それで俺が振り返った時には、レイスの頭が吹き飛んでたよ』


「待ってください」


 ボクはそうスフィンクスを制止していた。


 昔のことを思い出して、急に死ぬのが怖くなった――というわけではない。


「謎が解けました」

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