1-5 『暁の団』の綻び
エディルがスフィンクスの謎掛けに挑んでいるのとほぼ同時刻――
宿屋の自室に招集した『暁の団』のメンバーたちに対して、リーダーのアルスラは呼びかけていた。
「お前ら、山にスフィンクスが出るって話は聞いたか?」
続いて、彼はギルドなどで集めたという情報について語った。
スフィンクスが出没するせいで物流に支障が出ていること。スフィンクスは謎掛けに答えるか、引き返すか選ばせてくれること。もし謎掛けに答えられたら、自ら命を絶つと宣言していること……
「で、その謎掛けってのはこうだ。『朝から少しずつ背が縮んでいって、真昼に最も小さくなり、夕方が近づくにつれてまた背が伸び始めるものは?』」
パーティメンバーたちは、次々に「何でしょうね?」「分からんな」などと感想を口にし始める。しかし、正解を出すことのできる者は現れなかった。
それでアルスラは、最後に残った一人に目を向けたのだった。
長く伸ばしているのに
エディルに代わって加入した新メンバー、すなわち賢者である。
「マリナ、お前は?」
「『影』でしょう」
答えた瞬間、メンバーたちから「なるほど」「さすが賢者ね」とすぐに賞賛の声が上がる。これに「以前、本で読んだことがあっただけですから」とマリナは謙遜で返した。
また、「どういうことだ?」と未だに話が飲み込めない様子のアルスラに対しては、「太陽の位置によって影の大きさは変わるんですよ」と解説するのだった。
結局説明されてもよく分からなかったようだが、謎掛けが解けたこと自体はさすがに理解したらしい。アルスラはすぐに提案してきた。
「それじゃあ、早速答えに行くか」
「反対です」
まさか謎掛けに正解した当人が反対に回るとは思わなかったのだろう。出鼻を挫かれたアルスラは、不機嫌そうに眉根を寄せる。
「反対? どうしてだ?」
「問題を変えられるリスクがありますから」
「スフィンクスのことを知らないふりをすればいいんじゃないか」
「知性を誇るモンスターに生半可な演技は通じないと思いますが」
それに、問題を聞いて生き残っている人間はたった一人しかいない。だから、そもそも相手ごとに一問ずつ問題を変えている可能性だってある。マリナはそんな反論もするのだった。
「確かにそうよね」
魔法使いのドロシアが真っ先に頷く。
「やめておいた方が無難だろうな」
僧侶のピエルトもそう同調していた。
これで三人が反対に回ったことになる。さすがにパーティの半数を無視して強行しようとするほど、アルスラも意固地ではなかったらしい。
「……まぁ、いい。本命は別にあるからな」
あたかも最初からそのつもりだったかのように、彼はそう譲歩したのだった。
すぐに質問したのは、戦士のミザロである。
「何をするつもりなんだ?」
「山道を使えないせいで、商人がろくに動けなくなっちまってるらしい。だから、代わりに荷物を運んでほしいんだとよ」
スフィンクスそのものに対処するのは難しい。だから、スフィンクスによって生じた問題を解決しよう……ということのようだ。
「楽だし、金払いはいいし、俺たちの評判も上がる依頼だ。これならいいだろ?」
「それは美味しい仕事を見つけてきやしたねえ!」
即座に弓使いのルロイがお追従を口にする。おそらくスフィンクス退治に反対されたアルスラがへそを曲げないように、機嫌を取ろうとしているのだろう。
ただアルスラの提案は、確かに悪いものではなかった。先程は反対派だったドロシアとピエルトも今回は賛成に回る。マリナ自身も、「そういうことでしたら」と承諾していた。
「決まりだな」
アルスラは満足げに頷く。
新生『暁の団』がとうとうスタートを切ることが、今から楽しみで仕方ないという風だった。
◇◇◇
話し合いの通り、『暁の団』のメンバーたちは山の中を進んでいた。
商人から預かった届け物は、マジックバッグに保管してある。中が亜空間になっていて、見かけ以上の容量を収納することが可能なため、複数の商人たちから依頼を受けることができた。
また、もしスフィンクスと遭遇すれば、引き返すことを余儀なくされる。その場合、行って帰って、またルートを変えて届けに行くことになるので、二度手間になってしまう。だから、多少の手間が増えるのは承知の上で、一行は整備された山道から大きくはずれた道なき道を行くことにした。
その道中のことである。
「!」
先頭を歩いていたルロイが驚きに目を剥く。
「ダイアウルフが来やす!」
ダイアウルフといえば、オオカミ系モンスターの一種である。鋭い爪と牙という武器と、分厚い毛皮と脂肪という防具を装備した、厄介なモンスターだった。
それも相手は一匹、二匹どころではなかった。
ダイアウルフは群れを作っていたのだ。
「下がってろ!」
斥候役をやらせているだけで、ルロイは本来弓使いである。前衛ではほとんど役に立たない。だから、アルスラは後衛に回るように指示をしたのだ。
反対に、勇者――剣術寄りの魔法剣士であるアルスラは前衛に回る。それを受けて、戦士のミザロも前へと出た。
しかし、押し寄せてくるオオカミの波に対して、二人ばかりでは手数が足りなかった。後衛のところへ行かないように、その場で押し止めるのがせいいっぱいだったのだ。
だから、攻撃の主軸は、その後衛たちが担うことになった。ルロイが矢を、ドロシアが火魔法をそれぞれ放つ。
アルスラたちに足止めされている上に、ダイアウルフは遠距離攻撃の手段をもたない。そのため、一方的にやられるしかなかった。一匹、また一匹と倒れていく。中には、今際の際に大きく吠えるものもいた。
だが、それは断末魔の悲鳴ではなかったらしい。
「まずい! また来やした!」
「何?」
ルロイの報告を、アルスラは苛立ったように聞き返していた。
効率よく獲物を探すために、ダイアウルフは群れを分けていたらしい。それで、もう一つの分団に援護を頼もうと吠え声を上げたのだ。
今の数でも足止めするのに苦労していたほどである。これ以上敵が増えると、取りこぼしが出てきかねない。そうなれば、後衛たちに不得手な近接戦闘を強いることになってしまう。
これまでは、前衛が足止めをして、その間に後衛が攻撃するというやり方で戦ってきていた。もし前衛が突破され、後衛が倒されでもしたら、攻撃手段を失うことになって、最悪パーティが全滅することもありえる。だから、アルスラは焦燥を覚えていたのだ。
「
落ち着いた声でそう指示したのはマリナだった。
ダイアウルフを足止めしていた前衛の二人に、あえて左右に退いてもらう。そうして仲間を巻き込む恐れがなくなって、射線が開けたところで彼女は魔法を――六大属性の内で最も得意とする水魔法を放った。
賢者は言うなれば魔法使い寄りの魔法剣士である。大規模な敵を殲滅するような、大規模な魔法はお手の物だった。
迫りくるオオカミの波を、本物の波濤が飲み込む。
波に押し流されたダイアウルフたちは、ある者は木や岩に体を激しく打ちつけて死に、またある者は大量の水を飲んで溺死する。
共通して言えるのは、彼女の魔法を受けて生き残った者はいなかったということだった。
「やるなぁ、マリナ。助かったぞ」
「ミザロさんたちが敵を押し止めてくださったおかげですよ」
魔法は威力や規模に比例して、発動までの時間が長くなる傾向にある。だから、感謝を口にするミザロに対して、マリナは反対に感謝の言葉を返すのだった。
これに、魔法使いのドロシアは「いくら足止めがあっても、あんなのできないって」と太鼓判を押し、年長者で経験豊富なピエルトも「ああ、大したもんだ」と続いた。
商人から預かった届け物は、主にマリナが保管していた。持っているマジックバッグが、通常のものよりも高性能で容量が大きかったためである。
また、二度手間にならないように、スフィンクスの出る山道を大きく避けることになったのは、マリナの助言によるものだった。
だから、ミザロたちが褒めそやしてくるのは、戦闘はもちろんのこと、それ以外の面でも活躍をしていたからなのだろう。
一方で、メンバーの中には怒声を上げる者もいた。
「敵の発見が遅い! いつもならダイアウルフとの遭遇なんて避けられてるだろ!」
索敵に失敗したルロイを、アルスラが叱りつけていたのだ。
「どうもすいやせん。次は気をつけやすんで」
「次って、これで何度目だと思ってるんだ?」
これまでの道中でも、『暁の団』は同じように索敵の失敗からの戦闘を繰り返していた。その上、今回は全滅の危機が頭によぎるような場面があったため、とうとうアルスラの堪忍袋の緒が切れてしまったようだ。
「お前がやれるって言ったから索敵を任せてるんだぞ」
「そうなんですが、平地と違って視界が悪いですからね。どうしても限度ってものがあって――」
「言い訳をするな」
実際、単に山の中というだけでなく、道からも逸れてしまっているので、ルロイの言い分にも理がないとは言えない。しかし、アルスラはそういう風には考えられないようだ。
そのせいか、見かねた様子でピエルトが仲裁に入った。
「やめろよ、アルスラ。山道をはずれてるんだ。モンスターとの遭遇が増えるのは仕方ないだろう」
「それはそうだが」
山道には人の往来があるため、戦闘中の冒険者を発見して、他の冒険者が加勢に入るということがしばし起こる。それゆえ、モンスターの側からすると、山道やそのそばで襲撃を仕掛けるのはリスキーなのだ。また、それは言い換えれば、今の『暁の団』のように道から逸れて
「大体、エディルを切れば、索敵能力が落ちるのは分かってたことだろ?」
「ああ? 俺の判断ミスだって言いたいのか?」
今の一言は余計だったらしい。多少は冷静さを取り戻しつつあったアルスラが、一転して逆上してしまった。
「いやぁ、えっと……」
「なに揉めてんのよ。依頼に失敗しそうってわけじゃないんだから、そんなにピリピリしなくてもいいでしょ」
「…………」
ドロシアにとりなされて、アルスラはふてくされたようなばつが悪いような風に黙り込んだ。
「ピエルト、お前も結局追放に反対しなかったんだから、アルスラを責めるような言い方はよせ」
「……そうだな。悪かったよ。俺はただルロイに言い過ぎだって言いたかっただけなんだ」
喧嘩両成敗とミザロにたしなめられると、ピエルトは比較的素直に謝っていた。
しかし、これを聞いても、アルスラはピエルトにもルロイにも謝罪することはなかった。
「……やっぱり、スフィンクスの謎に答えた方がよかったんじゃないか。問題が変わっても、マリナなら答えられただろ」
「評価していただくのは嬉しいですが、万が一ということがありますから」
「その時はスフィンクスと戦えばいい。前よりもパーティの強さは上がってるはずだしな」
前というのは、おそらくエディルという魔物使いを追放する前のことだろう。アルスラは、「索敵能力は下がっても、戦闘能力は上がったので、総合的にはプラスである」と訴えることで、「追放は判断ミスではなかった」と主張したいのではないか。
もちろん単純に、スフィンクスを討伐できると考えるくらい、自分の実力を買ってくれているということもあるのかもしれないが――
「ただ
オイディプス王の伝説もそうである。謎掛けを解こうとする者はいたが、戦おうとする者は一人もいなかった。
「ですから、謎を解けなかった時点で、殺されるものだと思っておいた方がいいでしょう」
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