1-2 追放と光明

「追放って、どういうことですか?」


「どうもこうもあるか。この『暁の団』から抜けろって言ってるんだ」


 ボクの質問に対して、アルスラさんは改めてそう繰り返した。


「そんな……」


 言い間違いや聞き間違い、あるいは何かの誤解などではなかったらしい。


 アルスラさんは本当にボクを辞めさせるつもりなのだ。


「一体どうして?」


「いつモンスターが暴れ出すか分からないせいで、魔物使いは印象が悪いからな。エディルと一緒にいると、俺たちの評判まで落ちちまう」


 そもそもモンスターとは、危険な生物を総称したものである。一部の例外を除けば、人間に対して敵対的なのが通常だった。


 そのため、たとえ魔物使いが手なづけたモンスターだとしても、「今に人間を襲い始めるのではないか」と、警戒や嫌悪をされるのはよくあることである。道を歩いていると通行人に避けられたり、入店するのを酒場に拒否されたり…… この宿屋からも、モンスターは部屋ではなく馬小屋に泊めるように言われていた。


「でも、それを分かった上で、パーティに入れてくれたんじゃないですか」


 まだボクが冒険者として駆け出しだった頃のことである。一人ソロでやっていけるほどの実力はない。かといって、職業が魔物使いのせいで組んでくれる相手もいない。そうして途方に暮れているボクを見かねて、声を掛けてくれたのがアルスラさんだったのだ。


 しかし、アルスラさんの方は全然そんな風には考えていなかったらしい。


「最初は『不遇職にも理解のある優しい勇者様』を演出するのにちょうどいいと思ったんだよ。でも、世間の連中は『モンスターは怖い』だの、『魔物使いは気味が悪い』だの言うばっかりで、マイナスの方が大きいみたいだからな」


 ただ体面のためだったと、自己演出のためだったと、そう吐き捨てるように言ったのである。


 前々から外面そとづらを気にする人だとは感じていた。長く伸ばした髪をちょくちょくいじったり、動きが鈍らない程度に厚底の靴を履いたり、暑い時でもマフラーを巻いたままにしたり、外見に限ってもあれこれこだわりを見せていたからである。だが、ここまで筋金入りだとは思ってもみなかった。


 どうやら情や絆に訴えるのは何の意味もなかったらしい。相手はそもそもボクに対して情も絆も感じていなかったのだから。


 そのことに思うところがないわけではない。というより、すぐにでも叫び出したいくらいショックだった。確かに、熱い友情や信頼関係があったとはとても言えない。けれど、ボクたちは数年間にわたって付き合ってきたはずである。これほど簡単に切り捨てられてしまうほど、積み重ねの薄い仲だったんだろうか?


 しかし、泣き言を言っても仕方ない。今はとにかく、パーティをクビにならないことの方が重要だろう。


 だから、ボクは次に自分の価値を主張することにした。


「ボクが抜けて、パーティが成立するんですか?」


「確かにお前程度の戦闘力でも、いきなり頭数が減るのはきついかもな」


「それじゃあ――」


「だから、代わりに新メンバーを入れることにした。それもただの数合わせじゃない。上級職の賢者だ。言うまでもなく、お前やスライムなんかよりずっと強い」


 賢者とは、ありていに言えば魔法剣士の一種である。属性魔法が得意な上に、近接戦闘もこなせる職業のことを指す。言わば「魔法寄りの勇者」、あるいは「勇者のつい」とでもいうべき存在だった。


 属性魔法がいまいちで、近接戦闘も苦手なボクでは、とても太刀打ちできる相手ではないだろう。


 ただ戦闘だけが冒険ではないはずである。この前のダンジョン攻略だって、ボクが謎掛けを解かなければ、最深部の部屋までたどり着けなかったのではないだろうか。


 しかし、そんなことはアルスラさんも織り込み済みのようだった。


「それに賢者だけあって、強いだけじゃなくて頭も回るらしい。モンスターの特徴やダンジョンの仕掛けについて詳しく知ってるみたいだ。正真正銘、お前の上位互換ってわけだな」


 前回の謎掛けに関しても、試しに出題してみたところ、その新メンバーはすぐに正解を答えてみせたそうである。どうやらボクが新メンバーを上回っている点は何一つないらしい。


 けれど、ボクの仲間モンスターたちはどうだろうか。


「補給はどうするんですか?」


「賢者が高性能なマジックバッグを持参してくれるんだとよ。だから、わざわざロバなんか連れて歩かなくても、それ一つで足りるんだ」


 マジックバッグ(アイテムボックス、インベントリとも)というのは、魔法で作られた道具の一種で、内部が亜空間に続いている鞄や袋のことである。亜空間に物を収納することになるので、見かけ以上にたくさんの物をしまっておくことができる。


 ただし、容量に制限はあり、概ね限界量の大きさに比例して値段も高額になる。そのため、ロバのダップルに安物のマジックバッグを複数運ばせることで、この問題を解決してきたのだった。……今までは。


「索敵は?」


「ルロイにやらせる」


 アルスラさんは、そう言ってボクから視線を外した。


 そばにいる弓使いに声を掛けたのだ。


「やれるよな?」


「ええ、あっしも大分経験を積みやしたからね」


 ルロイさんはただでさえ背が低い上に、ひどい猫背である。小柄なボクよりも頭の高さが下にあるくらいだった。


 そのせいか、普段の彼は「すいやせんね」「ありがとうございやす」と、年下のボクに対しても低姿勢で接してくれていたのだが――今日に限っては違った。


「大体カラスなんて見栄えがしねえでしょう。アルスラさんの率いる『暁の団』にはふさわしくねえんですよ」


 追放されるひらメンバーよりも、リーダーについた方が得策だと考えたらしい。ルロイさんはアルスラさんに賛成するだけでなく、持ち上げるようなことまで言い始めるのだった。


「同感だな」


 そう頷いたのは戦士だった。


「ミザロさんも……ですか」


「常々言っているが、私はそもそもモンスターが嫌いだ。モンスターなど全員死んでしまえばいい」


 体つきを強調するかのように、露出の多い軽装鎧。それに対して、額や頬まで覆うような大きくて重々しい兜。身軽さが欲しいのか守りを重視したいのか矛盾しているようだが、どうもこれは顔の傷を隠すためだというのが真相のようだ。


 詳しいことは知らないが、ミザロさんは幼い頃にモンスターに殺されかけたことがあったらしい。それでモンスターのことを毛嫌いしているのだ。


「単なる追放で済ませるだけありがたいと思え」


 普段ボクが仲間のモンスターたちと話している時にも、ミザロさんはこんな風に忌々しげな視線を向けてきていた。仲間モンスターが反抗するような態度を見せたことは一度もなかったはずだが、結局彼女の信頼を得ることはできなかったようだ。


 これで三人がボクの追放に賛成したことになる。『暁の団』は六人パーティだから、もう半数の票を稼がれた計算になってしまう。


 ただこの三人は昔からずっとパーティを組んでいるだけあって、考え方が近いようだった。それに良くも悪くも馴れ合いのようになってしまっている部分がある。


 だから、ボクとしては残った二人に望みを託したいのだけれど――


 反対の声が上がる様子はなかった。


「お二人も同じ考えなんですか?」


「そうね。あたしもミザロと一緒だわ」


 そう答えたのは、魔法使いのドロシアさんだった。


「あたしの場合、モンスターや魔物使いを信じてないわけじゃないけどね」


「それじゃあどうして?」


「アンタが信用できないからよ」


 ドロシアさんは気の強そうな――というか実際に強いのだけど――つり上がった目を、さらにつり上げてまくし立ててくる。


「アンタって、普段あたしたちと全然話さないでしょ。冒険中はともかく、酒場で飲んでる時までつまらなさそうにしてるし。じゃあ、無口なやつなのかっていうと、モンスターの話題の時だけはよくしゃべるし、ぶつぶつ独り言を言ってる時もあるし。正直言ってキモいのよ」


 子供の頃からボクは人見知りをする性質たちだった。『暁の団』のメンバーとは性格が合わないこともあって、ますます喋るのが億劫になってしまっていた。しかし、パーティとして連携するための、最低限のコミュニケーションは取っていたつもりである。


 にもかかわらず、その点をボクが主張することはなかった。ただでさえ会話が苦手なのに、ドロシアさんの剣幕に気圧されてしまって、へどもどするばかりだったのだ。


 そんなボクに助け舟を出したわけではないのだろうけれど、僧侶のピエルトさんはドロシアさんに異議を唱えていた。


「俺は仕事さえきちっとやってくれれば人格はどうでもいいと思ってる。その点でお前は及第点だろう」


 最年少のボクが十四歳で、他のメンバーもせいぜい十六~十八歳という程度である。そんな中、ピエルトさんは一人だけ二十代だった。


 そのせいか、ボクを追放するかどうかについても、他のメンバーより冷静に判断してくれたようだった。


「評価点は索敵だな。人間がどれだけ鍛えたところで、空から相手を探せるカラスにはそうそう敵わんからな。

 あとは一応頭脳もか。賢者が入るとはいえ、一人よりも二人の方が見落としがなくていいだろう」


「それなら――」


「言い換えれば、スライムとロバはいらんということだ」


 大人のピエルトさんの評価はあまりにも冷静過ぎて、ボクにはもはや冷徹に感じられてしまうくらいだった。


「現状、お前の給料はモンスターの世話代込みだ。だから、大して役に立たないスライムとロバまで一緒だとコスパが悪い。

 そいつらを切るって言うんなら、俺は追放に反対するよ。でも、お前はそんなことできないだろ?」


「それは……そうですね」


 長期間にわたって人間と一緒に生活してきたモンスターが、今更野生での生活に適応するのは難しいだろう。狩りの仕方や群れでの暮らしを学ぶ前に、飢え死にしたり他のモンスターに襲われたりしてしまうのではないか。


 また、野生のモンスターというだけで危険だと判断されて、他の冒険者に殺されてしまう恐れもある。離れ離れになるだけでも心苦しいのに、危険な目にまで晒すというのはとても耐えられない。


 それに、「役立たずだから切る」というのは、今まさに自分がやられそうになっていることである。自分がされたくないことを他人にはするというのは何かおかしいのではないだろうか。


「……分かりました。今までどうもお世話になりました」


 ボクはそう言って頭を下げる。


 本当は文句や恨み言を口にしてみたかったけれど、それはこらえた。今までパーティを組んできた間柄として、最低限の礼節は守ろうと思ったのだ。


 しかし、ボクが退室しようとドアノブに触れた、その瞬間のことだった。


「次も未踏破のダンジョンに挑もうと思っているんだが」


「それは名案でやすね」


「その前に、私は賢者との連携を鍛えたいな」


 まだボクが目の前にいるというのに、パーティメンバーたちはもう次の冒険について話し合いを始めていたのだった。


「『暁の団』におけるお前は、所詮その程度の存在だったんだよ」


 誰も口に出さないだけで、メンバーたちからそう言われているような気がしてならなかった。



          ◇◇◇



 パーティを追放されたあと、ボクがしたことは主に二つあった。


 一つは、宿屋を移ったことだった。あのまま同じ宿に泊まり続けて、『暁の団』のメンバーと顔を合わせることになったら気まずい。それに今後のことを考えると、お金は少しでも節約しておきたかった。


 そしてもう一つは、街の冒険者ギルドを訪れたことだった。


 冒険者ギルドは、名前の通り冒険者のための組合所ギルドである。仕事の斡旋やパーティメンバーの募集など、さまざまな情報が掲示板に張り出されている。


 しかし、ボクは加入できそうなパーティを探したり、自分がリーダーとしてメンバーを募集したりするつもりはなかった。手ひどい形で追放されたばかりだったので、誰かと組む気にはとてもなれなかったのだ。


 今日ギルドに来たのは、あくまでもボク向けのモンスターの討伐依頼がないかを探すためだったのである。


「ソロは久しぶりだから、弱いモンスターにしようと思うんだ」


 ボクは未熟な鞭術しか使えないし、仲間のモンスターたちもあまり戦闘向きではなかった。受けられる討伐依頼は限られてきてしまうだろう。


「オークは結構強いからね。まだ一応お金はあるし、もっと弱くていいよ」


 ただし、今まではパーティの経費で落としていた仲間モンスターの分の生活費を、これからはボクが全額自腹で負担しなくてはいけない。そのため、仕事をせずにのんびりしていられるわけでもなかった。


「ゴブリンもなぁ。群れを作ってるかもしれないと思うと厳しいなぁ」


 に、ボクはそう反論する。


 ボクはなにも独り言を呟いているというわけではなかった。帽子の下に隠れている、スライムのリーンと話し合いをしていたのだ。もっとも、周りの人たちはそうは受け取ってくれなかったようで、冷たい視線を向けてきたのだけれど……


 普段ならすぐにでも声を潜めただろう。しかし、ボクはこの時、周囲の反応がまったく視界に入っていなかった。


 それよりも、張り出された依頼の方に目を奪われていたからである。


「スフィンクス……?」

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