魔物使いの事件簿~スライム殺人事件~
蟹場たらば
第一章 スフィンクスの謎
1-1 ダンジョンの謎
固く閉ざされた、ダンジョン最深部へと続く扉。
それを開くためには、『答え』という鍵を入手する必要があるらしい。そばの石碑にはこう記されていた――
『体に三つの目を持ち、水中に人を引き寄せて死に至らしめる魚は?』
「そんな魚いるわけないだろ」
リーダーのアルスラさんは、一目見た瞬間そう吐き捨てるように言った。
そんな彼に対して、パーティメンバーの半分は、「まったく、その通りでやすね」「意味が分からん」と同意する。
一方、もう半分は、「謎掛けなんだから、そのままの意味じゃないでしょ」「何かの比喩と考えるべきだろうな」と反論する。
けれど、具体的なことは彼らにも分からなかったようだ。
「じゃあ、答えは何なんだ?」
「…………」
アルスラさんの質問に、誰も答えることができない。メンバーたちは黙り込んでしまうばかりである。
だから、代わりにボクが口を開くのだった。
「あ、あのー」
「なんだよ、エディル」
「正解は多分メダカだと思います」
アルスラさんは「はぁ?」と驚くような訝しむような声を上げる。何故そういう答えになるのか、まるで理解できなかったようだ。
「メダカ(killifish)の綴りにはi、つまりeyeが三つありますよね? だから、三つの目を持つってことなんじゃないかと」
「それなら他にも当てはまる魚がいるんじゃないのか」
「そうですね。たとえば、カワハギ(thread-sail filefish)なんかも条件を満たしています。
ただ問題文の後半で、『人間を死に至らしめる』とも言っています。なので、殺す(kill)という単語が含まれるメダカがやはり正しいはずです」
そう説明されても、まだ腑に落ちなかったのだろう。アルスラさんの眉間には皺が寄ったままだった。
しかし、他のメンバーたちが「なるほどね」「そういうことか」とボクに賛同したのを見て、とうとう納得してくれたようだ。
「答えはメダカだ」
石碑に向かって、アルスラさんが回答を行う。
やはり、メダカが正解だったらしい。
回答に呼応して、閉ざされていた扉がひとりでに開くのだった。
この先は、おそらくダンジョン最深部の部屋――それも謎掛けという錠によって守られていた部屋である。何か重要なものが保管されているに違いない。否が応でも、財宝への期待が高まる。
けれど、アルスラさんはすぐに部屋に飛び込むような真似はしなかった。
「索敵だ」
「はい」
彼から受けた指示を、ボクはそのまま仲間に伝える。
「フニ」
その瞬間、フニは部屋の中へと羽ばたいていった。
フニというのはカラス系のモンスター、フラプンのことだった。
一般的にもカラスは視覚に優れ、知能が高いとされているが、フラプンは特にそうだった。飛行によって素早く移動したり、地形を無視して移動したりできる点も含めて、周囲の状況を探るのに適した能力を持っているのだ。
その能力を活かして、部屋の索敵を終えると、フニはアルスラさんでも他のパーティメンバーでもなく、ボクの下へと戻ってきた。
ボクの職業は、意思疎通の魔法でモンスターに指示を与えて使役する、いわゆる魔物使いだったのである。
「奥に宝箱があるそうです」
フニから聞いた話を、ボクはアルスラさんたち向けに通訳する。
「ただ部屋の両側に、石像が計八体並んでいるみたいです。おそらくガーゴイルでしょう」
ガーゴイルとは、モンスターの一種で、悪魔の姿をかたどった動く石像のことである。今回ボクたちが探索しているような古代遺跡では、古代人が自らの死後も財宝を守らせるために配置する例がしばし見られる。
素材が石であることから、ガーゴイルは概ね攻撃力や防御力に優れる反面、動きは緩慢である場合が多い。ただし、魔法によって作られた人工的な生命体のため、その強さは製作者によってバラつきが大きく、時には俊敏な行動を取れるような個体も存在しているという。
「ちなみに、ガーゴイルはガルグイユというドラゴン系のモンスターを元にしていると言われていて――」
「そこまでは聞いてない」
ボクの説明を、アルスラさんはそう遮った。攻略とはまったく無関係な豆知識なので、当然といえば当然の反応かもしれないが。
言い換えれば、攻略に必要な情報は聞いてもらえたということである。ガーゴイルの危険性を認知して、アルスラさんは次の指示を出してきた。
「万全にしていくか」
「分かりました」
となると、
「ダップル」
その瞬間、ダップルは四本の脚でボクのそばに駆け寄ってくる。
ダップルというのはロバ系モンスター、エポナのことだった。
ロバは馬に比べて体が小さく、運べる荷物の量が少ない。しかし、馬と違って食べるものを選ばないため、旅先でも食料を調達しやすいという長所もあった。……こんな話をすると、また「そこまでは聞いてない」と言われてしまうから黙っておくけれど。
代わりに、ボクは各種ポーションを「どうぞ」「どうぞ」と、パーティメンバーそれぞれに配っていく。
こうして回復が済むと、とうとう最深部の部屋に挑戦することになった。
リーダーのアルスラさんを先頭にして、ボクたちは中へと踏み込む。
直後、部屋に重々しい音が響き渡った。
侵入者の存在を感知して、壁際に佇んでいたガーゴイルたちが動き出したのだ。
「行くぞ!」
メンバーたちを鼓舞するように、アルスラさんは
アルスラさんの職業は魔法剣士だった。迫りくるガーゴイルたちに対して、魔法で生み出した風の刃で遠距離から攻撃を仕掛け、近距離まで近づかれたら手にした剣で応戦する。
魔法剣士の中には、魔法も剣術も中途半端という器用貧乏なタイプも多い。しかし、アルスラさんはどちらについても優れた腕前の持ち主である。そのため、勇者を名乗ることもあるくらいだった。
とはいえ、いくらアルスラさんが強くても、たった一人では多勢に無勢である。だから、彼のすぐそばについて、戦士も一緒に斧を振るうのだった。
戦士の彼女は、火・水・風・土・氷・雷の六大属性を操る属性魔法(いわゆる『魔法』)を使うのが苦手な代わりに、腕力や背筋力などの身体能力を向上させる強化魔法が得意である。それゆえ、単純な力の強さだけなら、アルスラさんをも上回っていた。
そうして前衛の二人が敵と対峙している後ろから、後衛の二人が遠距離攻撃を放つ。弓使いと魔法使いである。
弓使いの彼は、強化魔法で腕力や視力を高めて、素早く正確に敵に矢を射かけていく。
魔法使いの彼女は、属性魔法――火の魔法を使って、相手をまとめて焼き払っていく。
そんな後衛のさらに後方には、僧侶が控えていた。
ボクたち冒険者における僧侶とは、宗教的なものではなく、補助魔法の使い手のこと指す。補助魔法というのは、敵を弱体化させる付与魔法や傷を癒す回復魔法のことである。そのため、僧侶はパーティの生命線とも言える職業で、それゆえ万が一にも倒されることのないように最後衛に配置されていたのだ。
また、ボクも僧侶の彼と一緒に最後衛に回っていた。僧侶ほど重要なわけではないが、「ロバのダップルに持たせたポーションを、カラスのフニで配って、メンバーをサポートする」というのが戦闘におけるボクの主な役割だったからである。
この勇者・戦士・弓使い・魔法使い・僧侶・魔物使いの六人パーティで、一体また一体とガーゴイルを撃破していく。
しかし、ダンジョン最深部だけあって、敵も道中のモンスターたちより強力だった。
体の頑丈さを活かして、一体のガーゴイルが前衛の攻撃を押し止める。
その隙に、別の一体が背中の翼で宙へと飛び上がった。
石造りの体の重さをものともせずに、ガーゴイルは素早い動きで戦列に割り込んでくる。回復手段を持つ最後衛から先に倒すつもりなのだ。
それも重要度が低く、味方の警護が手薄な方をまず狙うことにしたらしい。
ガーゴイルはボクの前に降り立ったのだった。
こういう事態も想定して、ボクももちろん武器を用意していた。ポーションの瓶から、慌てて鞭へと持ち替える。
けれど、この攻撃はほとんど無意味だった。ボクの腕力や鞭術では、相手の石の肌に対して撫でるほどの威力しか出すことができなかったのだ。
当然、ガーゴイルはひるむようなことはなく、すぐさま反撃を仕掛けてきた。
だから、ボクは叫んだ。
「リーン!」
その瞬間、リーンがボクの帽子の下から飛び出してきた。
リーンというのはスライム系のモンスター、ブルースライムのことだった。
スライムはドロドロとした半固形状の体をしたモンスターである。ブルースライムはその中でも最もポピュラーな種で、単にスライムと省略して呼ばれることも多い。
先の通り、ブルースライムの体は半固形のため、素早く動くことが苦手である。また、そのせいで、主要な攻撃手段である体当たりの攻撃力も高いとは言えなかった。
しかし、弾力のある体は外部からの衝撃を吸収することができる。加えて、粘土をくっつけるかのように、多少の傷はすぐに治すこともできる。そのため、防御力においては秀でたものがあった。
リーンはその防御力を活かして、ボクの代わりにガーゴイルの攻撃を受け止める。
もちろん、ただ守っているだけでは敵を倒すことはできない。だが、ボクの狙いは時間を稼ぐことにあった。
ガーゴイルの背後で、刃が白く鮮やかに閃く。次の瞬間、石でできているはずの体が真っ二つになる。
前線にいたはずのアルスラさんが、ボクを助けに来てくれたのだ。
彼が持ち場から離れている間、戦士や弓使い、魔法使いが前線のガーゴイルに対処する。本来はサポート役の僧侶も、属性魔法で攻撃に回っていた。
今度はそんな彼らを助けようと考えたのだろう。ボクの救援を済ませたアルスラさんは、すぐに持ち場へと復帰する。
結局、終わってみれば、誰一人として大きな負傷をすることなく、ボクたちはガーゴイルを全滅させることに成功したのだった。
「ご迷惑をおかけしました」
「まぁ、お前は戦闘以外で働いてるからな」
索敵や補給のことを言っているのだろう。アルスラさんは、ボクから受け取った水筒を掲げて答えた。
その様子を見て、ホッとしたような気持ちになる。ボクにはまだこのパーティにいられるだけの価値があるようだ。
「開きやしたよ」
部屋の最奥で、宝箱をいじっていた弓使いが口を開いた。彼には弓術だけでなく、鍵開けの技能もあるのだ。
この報告を聞いた途端、ボクに水筒を押しつけて、アルスラさんはすぐに宝箱へと駆け寄る。
そして、彼が
金貨、宝石、装飾品…… 宝箱の中には、目も眩むような財宝の数々が入っていたのだった。
◇◇◇
ダンジョンを攻略して、街に戻ってからのことである。
ボクたちは借りている宿屋の一室――アルスラさんの部屋に集まっていた。
「エディル、お前の取り分だ」
「ありがとうございます」
戦闘では正直あまり役に立てなかったが、「活躍の如何にかかわらず報酬は等分する」というのがこのパーティのルールだった。それどころか、魔物使いのボクは、経費としてモンスターの食費などの分ももらっているので、他のメンバーよりも取り分が多いくらいだった。そのせいで、ありがたいやら申し訳ないやら複雑な気分になってしまう。
「それと、もう一つ」
アルスラさんはそう付け加えた。
次に受ける依頼をもう決めたんだろうか? もしかして、ダンジョンに行く前に募集しているのを見た、ヒドラの討伐だろうか?
しかし、そんなボクの想像とはかけ離れたことを、アルスラさんは口にするのだった。
「お前をパーティから追放する」
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