第10話:仁義なき戦い

「やくざ組織・竜神会の組長を本物のドラゴンがやっているなんざ、冗談にしかならないぜ? ヤナドラゴ」


 トリホイル・ミノワの雑居ビルに一室に構えた組事務所の中、シーナと枢女は組長室の机にどっかと座り込んでいる。室内にはシーナや枢女の実力を感じることの出来なかった憐れな組員たちが、五・六人うめき声を上げて転がっていた。まるでボウリングピンのように組員たちがなぎ倒されるのを見て、組長のヤナドラゴはシーナの前でカチンコチンに縮こまっている。


 ヤナドラゴは、ドラゴンの中では小物だが、守っていた宝物を現金化し、地球の学校を大学まで卒業してこの地位まで登りつめたインテリヤクザ・ドラゴンだ。変化の術で人間の姿にその巨体を押し込めているが、耳周りとしっぽだけはうまく押し込められず、怯えてふやけたしっぽは真ん中が空いたチェアーの背もたれからだらしなくぶら下がっていた。


「イヤですねぇ、シーナさん。あっしはドラゴンなんて言ったって、末席の方ですぜ。あんまりイジメないでくださいよ」

「そういうわりには、盗んだバイクや車をヤードで分解してパーツとして売り払ったり、寄せ集めて組み立てて売り払ったりして、ぼろ儲けしているそうじゃないか、え? ウィンデコ・カツシカで逮捕したミノタウロスが吐いたぞ」

「買った部品や車の出所が盗品かどうかなんて判りませんよ。ウチはただ売られたものを買っていただけですぜ。そのミノタウロスがウチに恨みがあって、勝手にほざいているだけですよ……」


 ドラゴンの威厳も誇りもなく、卑屈な笑みを浮かべてヤナドラゴは慎重に言葉を選んで応対する。


「まあ、いいだろう。だがもうすぐ給料日だ、銀行の各支店には多額の現金が運ばれる。〝銀弾〟なんて物騒な奴を誰かが送り込んできやがるからな、たまんねえぜ」

「でもシーナ、今回は特別な……」

「枢女、それ以上言うな」

「あら、失礼」


 枢女はうっかりしていたと言わんばかりに黙った。


「いいかヤナドラゴ、その椅子からはみ出したしっぽを他の場所で見つけたら……」


 ズドゥン!


 シーナは樫の木で出来た立派な机を、手刀で真っ二つにする。力まかせに破壊したのではなく、スイカのようにキレイに真っ二つに切り裂いた。


「根元からすっぱり落としてやるからな、覚悟しろよ」


 シーナはそう言い放つと、枢女と共に出て行った。


   ◇


 シーナと枢女が出て行くのを、窓から確認したヤナドラゴは怒りにワナワナと震え出した。今の今までだらんとぶら下がっていた尻尾は、今では怒りに呼応してピンと天に向かって伸びている。その後ろで、組員たちがビクビクしながら様子を伺っている。


「く、組長……」


 振り返ったヤナドラゴの顔は人の顔でなく、本来のドラゴンのモノに戻っていた。口の端からは抑えきれない炎が漏れている。


「ひ、ひぃぃぃぃぃ!」


 組員たちが恐怖を感じ、逃げ出す前にヤナドラゴは炎を吐いていた。


 ゴァーッ! ゴァーッ!


 ヤナドラゴは部屋中に炎を吐き散らしながら悪態をつく。


「ちくしょう、なんでブシ・警視庁にあんな化け物が! しかも二人もだ! いったい世の中どうなってんだ!」


 ヤナドラゴが炎を吐こうが周りの物を殴ろうが、一切が傷つかない。それほど頑丈な調度品を揃えていたというのに、シーナはいとも簡単に真っ二つにしていったのだ。ヤナドラゴが感じた恐怖たるや、筆舌につくせないものがあっただろう。ひとしきり暴れたあと、ヤナドラゴは人の姿に戻ると組長の椅子に座る。


「ジリリリン、ジリリリン……」


 タイミングを見計らったように、真っ二つになった机からこぼれ落ちた電話が鳴った。ヤナドラゴは怪訝な顔をして床から電話機を持ち上げ、受話器を耳に当てる。


「誰だ、こんな時に電話をかけてきやがって?! ……何だ、お前か……うん、うん……そうか分かった、また何かあったら電話してくれ。おお、宜しくな」


 ヤナドラゴが落ち着いた様子で電話を切るのを見て、組員たちが恐る恐る話しかける。


「組長、何かあったんですか?」

「信用金庫に潜らせた、内通者からだ。月末の給料の搬送体制に変更があるらしい」

「と、言うと?」

「本店から各支店に直接運ぶんじゃなく、いったん地域の大きな支店に入金するそうだ」

「さっき、あの警官たちも何か言ってましたね……どこの支店ですか?」

「デイグリームアケボノ信用金庫・ウグイスダニ支店だ、その地域の各支店が扱う給料が集まるとなると、大層な現金になるぞ、こりゃ!」

「〝銀弾〟に知らせますか?」

「もちろんだ。復活させるのに結構な金が掛ったからな、当分稼いでもらわないとな! それに、〝銀弾〟に追いつける奴なんざそう簡単にいるもんかよ!」


 ヤナドラゴは勝ち誇った顔でニヤリと笑った。


   ◇


 男は衣装棚の奥に隠しておいた、箱入りの12ゲージ口径ショットガン用の実弾を引っ張り出した。弾頭には単体弾頭のスラッグ弾と、大きな丸い鉛の塊が九粒詰まったOOバック(ダブルオーバック)弾の二種類が入っている。どちらもマギテラの魔術と地球の技術が高度に融合した、不可視の魔弾である。


 男は病的な笑いを薄く浮かべながら、手に持ったベネリM3のエントリーガン=室内突入用に短く仕上げられた散弾銃に二種類の弾丸を交互に装填していく。散弾を装填している指はライフフォースを吸い上げられてガリガリにやせ細っている。眼窩は窪み頬はこけ、病的な面持ちだ。その様子を古臭い結界箱に封じ込められた〝銀弾〟が、箱の隙間から冷めた目で見つめていた。


「コノオトコモ、コンカイデオハライバコカ……アワレナコトダ……」


 もともと〝銀弾〟は、魔法力や生体エネルギーはあっても体力がない人々などの生活を補うために装着する、サポートアイテムとしてスライムをべースに開発された魔物だ。融合前のマギテラに満ちていた魔法力や、非力ながらもライフフォースに満ちたマギテラの住民達なら〝銀弾〟が取り付いても大した実害はなかった。


 しかし、融合後の世界で、〝銀弾〟は今までとは違う極度のエネルギー不足に悩ませられることになる。貧弱な地球の住民は問題外、マギテラの住民達も半分の力しかなくなったため、〝銀弾〟は常に飢えに苦しむことになった。その結果、多くの〝銀弾〟が飢えを満たすために犯罪に走ることになる。犯罪の手助けをしたうえ装着者を喰い尽してしまうという行いは、かつては弱い者の味方であった〝銀弾〟にとって耐え難い屈辱的な行為であったが、背に腹は代えられない。命を削ってもいいという金に困った連中に憑りつき、強盗の手助けをすることに良心の呵責がないとは言わないが、プライドよりも命が大事なのは魔物だって同じだ。


 だが、意外な楽しみもあった。この地球で〝バイク〟と呼ばれる機械に憑りつくのは、マギテラで馬などに憑りつく以上に楽しかった。バイクという鉄の馬が奏でる振動とサウンド、人と機械と魔物が一体になって疾走する解放感はマギテラの何にも代え難かった。一発の弾丸となって疾走する姿ゆえに〝銀弾〟と呼ばれるようになったと思うと、なにやら微かに誇りに感じていた。


 しかし、エネルギー不足が解消されない限り、この生活からは逃れられない……〝銀弾〟が心を曇らせていると、男がショットガンをライダーズジャケットの下に吊るしながら言う。


「仕事の時間だ」

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