第9話:ワインディングロード

「終わったぁぁぁぁぁ!」


 翌日の早朝、シーナが歓喜の声を上げる。


 目の前には長く野ざらしだった間のボディーの汚れを落とし、エンジンや吸排気系まで入念に手入れされて、ピカピカに磨き上げられたRZ350の姿がそこにあった。枢女の目にも、あのボロボロだったバイクと同じものだったとはとても思えない。


「……〝生きている〟のですね、大量生産の機械と云えども……」

「そう、〝生きている〟と思うからこそぉ、シーナちゃんは車やバイクを大事にするのよぉ。大量に作られた存在だとしてもぉ、それぞれに生きる価値がある……自分たち〝同位体〟の姿に重なるんでしょうねぇ、シーナちゃんにはぁ」


 度美乃にそう言われて、枢女は納得がいった。使い捨てだった自分たち〝同位体〟と、かつて地球で大量に製造されて消費された自動車やバイクたちの姿が重なるからこそ、シーナは大事に思うのだ。


「お、RZ350か、懐かしいな!」

「凄いキレイじゃないか、どこから手に入れた?」

「ワケありですけどね……これから火を入れるんですよ」

「パワーバルブはどうしたんだ? IC制御だろ?」

「IC取っ払って、全開にしちまいました」


 泊りの警官たちの声を受けて、シーナはRZ350に跨ると、キーに手を掛ける。それを見たバイクの後方に居た警官たちがスッと離れるが、コグルクだけはその場に立っていた。


「コグルク、どいた方がいいぞ」

「え?」


 コグルクが間抜けな返事をして立っているのを見た警官のひとりが、コグルクの襟首を掴んで引っ張る。


 キーをひねり、アクセルを開きながらシーナはクランキングを行う。


「キュルルルルル……ビィエィン! パンパンパンパン……」


 マフラーから燃焼不足のオイルをバラ撒きながら、2ストロークエンジン独特の甲高い音を立ててRZ350は復活した。


「「「おお!」」」


 警官たちの歓声を受けて、シーナは心底嬉しそうだった。


「あねさん、カッコいいです!」


 よけきれなかったオイルを顔に付けたままのコグルクが、嬉しそうに声を掛ける。


「手伝ってくれて有難うよ、コグルク。枢女、ちょっと付き合え」

「わ、わたくしですか?!」

「聞き込みだよ、聞き込み。いいですよね、警視」

「ええぇ、どうぞぉ」

「ほらよ、枢女」


 シーナはそう言って、白バイ警官用のヘルメットを枢女に投げる。


「準備が済んだら後ろに乗れ」


 枢女がおずおずと後ろに乗ると、シーナが声を掛ける。


「いいか、しっかり掴まっていろよ」


 そう言うとシーナは、RZ350をロケットスタートさせた。


「あひゃひゃひゃひゃひゃ!」


 あまりの勢いに、枢女はだらしなく悲鳴を上げた。


   ◇


『速い! 軽快だ!』


 枢女は地球の工業製品の底力に、感銘を受ける。確かにマギテラ単独だった時代の、魔法力が満ちている時ならば移動魔法や魔道具の方が自由度は高いだろう。しかし魔法力が制限された今の時代に、この軽快さと速さは格別だ。そしてまた魔法のほうきなどとは違う、人とマシンの連携のようなものを感じる、バイクの持つポテンシャルを、シーナがうまく引き上げているのが感じられる。


 枢女は自分がウキウキしているのを感じた、何かしたくてウズウズする……そう何かを口ずさみたくなる、そんな気分だ。枢女は思わずマギテラ時代に聞いた歌劇の曲を口ずさむ。


 シーナの耳に枢女の口ずさむ曲が届く。思わず笑みがこぼれるが、ちょっとノリが悪いと思い、思わず枢女に話しかける。


「さすがに貴族様だな」

「え?」

「まあいいさ、自分が気持ちイイならなんでもな。あとで最高にクールな曲を聞かせてやるよ」

「え? ええええええ!」


 勢いよく加速するRZ350のスピードに、枢女は思わず悲鳴を上げていた。


   ◇


  ウストニュウエル・ニシアライ・テンプルの近くにあるバウンティハンター協会支部の前で枢女はシーナを待っていた。先日、ヤードに居たミノタウロス一味を捕まえた報酬リワードを受け取りに来たシーナを待っているのだ。


 別に警官お断りというわけではないのだが、現金が絡む様子はやはり生々しい雰囲気のため、枢女は気を利かせて外で待っていた。


「ヘッヘー、お待たせ」


 懐が暖まると機嫌が良いのは、シーナも一緒だ。


「まずはお参りだ」

「オマイリ?」

「せっかく有名な地球のお寺とマギテラの大聖堂が並んだ稀有な聖地に来てるんだぞ? お祈りするのがスジってもんだ」

「わたくし、魔物なんですけど……」

「高貴な行いには、地球の仏様だってマギテラの神様だって、大歓迎さ」


 二人は並んでウストニュウエル・ニシアライ・テンプルの境内に入って行く。


「よおシーナ、久しぶりじゃねぇか!」

「本庁はどうだ? 元気にやっているか?」「無理すんなよ!」


 露店の人々がシーナを見かけて気軽に声を掛ける。シーナが地域に如何に溶け込んでいたかが、枢女にはよくわかった。


 しかし露店に並んでいる食品が、枢女には異様に安く感じる。地域格差とは思えない安さだ。怪訝に思って覗いていた露店の老女店主が声を掛けてきた。


「シーナちゃん、格好いい人を連れているじゃないかい! 彼氏かい?」

「「はいいいいいい?」」


 これにはさすがのシーナも枢女も面食らった、思わず奇声を上げてしまう。


「わ、わたくしは、れっきとした女ですわよ!」


 枢女は思わず声を上げたが、店主たちは一向に意に介さない。


「シーナちゃん、そういう趣味か!」

「随分とイケメンなのになぁ!」

「いや、この娘はシーナちゃんにはもったいないだろう!」


 あちこちから容赦ない感想が呟かれ、笑い声が響き渡る。シーナなど顔を真っ赤にして、苦笑いが止まらない。


「うるせぇぇぇぇぇ! 枢女、行くぞ」


 枢女の腕を取って、照れ臭そうに笑いながらシーナは歩き始めた。


「シーナ、また顔を出せよ!」

「たまには飯でも食いに来い!」

「待っているからな!」


 店主たちの明るい声が追いかけてくる。


「彼女さんもまた来いよ!」


 枢女にまで暖かい言葉が掛けられる。だが、声を掛けられた枢女の顔はその瞬間曇っていた。


   ◇


 二人はバイクの駐車場所まで戻って来た。


「まったく遠慮ってモンがねえなぁ、ここの連中は!」


 そう呟くシーナだったが、枢女からは何も反応がないことを怪訝に思い眺めると、枢女は沈痛な面持ちで居る。


「どうした?」


 尋ねるシーナに、沈痛な面持ちの枢女が自嘲気味に笑って答える。


「……明るく朗らかな人たちですが、わたくしがバンパイア……しかも真祖という呪われた存在だと知ったら、あのような態度にはならないでしょうね……」


 そんな暗い言葉をつぶやく枢女に、シーナはヘルメットを投げた。


「朝めしを喰いに行こうぜ、枢女」

「ちょ・朝食ですか?!」

「そうだ。懐が暖かいからな、おごってやる。乗れよ」


 シーナはそう言ってリアシートを示す。枢女が促されるまま乗り込むと、シーナはバイクを発進させた。


『わ、わたくしに朝食? いったいどういうつもりかしら?』

 

カッ飛ばされるバイクの後席で、枢女は怪訝な思いにかられていた。


   ◇


 二人は程なくアウターリング真っ只中にある、喫茶店の入り口でバイクを降りていた。


「ここは……ダイナーですか? 食堂ですか?」

「ちげーよ、サンソス・ニッポンじゃこういう店を〝喫茶店〟っていうんだ。ほら、ついてこい」


 シーナはバイクに警戒魔法をかけて、ヘルメットを抱えて店の中に入って行く。怪訝な顔のまま枢女もあとに続く。


「マスター! おはようさん!」

「おうシーナ、久しぶりだな!」


 シーナは遠慮なく店内にズカズカ入って行くと、カウンターに陣取る。だが枢女は入り口の辺りで立ち尽くしていた。


 何という混雑だろう! アウターリングの最深部にほど近い、ダウンタウンの喫茶店がこんなに繁盛しているとは! もう八時は回っているとはいえ、『こんなに混んでいていいものか?』と思わずツッコミたくなる。


「なにボーッと突っ立ってんだ、早くこっちへ来い!」


 シーナにそう促されて、枢女はおずおずと店内を進んで、カウンターにちょこんと控えめな態度で座る。


「枢女、このヒゲオヤジが、この喫茶店〝ワインディングロード〟のマスターだ。マスター、こいつが本庁での相棒・上羅月枢女……バンパイアだ」


 あまりに直球の紹介に、枢女は驚愕した。周囲が一瞬静まり返るのを感じ、枢女は思わず居たたまれなくなる。だが、静寂はほんの一瞬だった。すぐに店内は驚愕と感嘆の言葉で包まれる。


「スゲェ! 陽の光は平気なのか!」

「綺麗なねーちゃんだなぁ!」

「シーナ、紹介してくれよ!」

「うるせぇ、ムサイ野郎に紹介するような女じゃねぇ! 真祖だぞ、真祖!」


 周囲から「おおーっ!」という心からの驚きが聞こえる。あまりにフランクな客たちに、枢女は思わず愛想笑いを返す。


「な・何ですの、この人たちは? わ・わたくしが怖くないのですか?」

「お前、自分だけが特別な存在だと思ってんのか? 世の中にはなあ、お前なんかものともしない外道の化け物がわんさか居るんだ。お上品なお前なんか、ナンパの相手にもなりゃしないぜ」


 枢女は驚きのあまり目を丸くして、口をポカンと開けたまま唖然としている。


「お嬢さん、これはウチからのおごりだ」


 マスターが深紅の液体の入った、ビールジョッキグラスを置く。


「あーっ、マスターが、またナンパしようとしてる!」


 ウェイトレスがすかさずツッコミを入れた。


「芽里、そうじゃなくてだな……」

「芽里、あたしがマスターに頼んでおいたんだ」

「なんだ……枢女さん、気を付けてくださいね。ウチのマスターは年齢・種族問わない、ナンパ野郎ですから」

「ヒドイ言われようだな、芽里」

「オレの相棒に手を出そうなんて百年早いぞ、マスター!」


 店内は爆笑に包まれる。明け透けなジョークに枢女は戸惑うが、すぐに目の前のグラスに目が釘付けになる。


『何の血だろう? これ……』


 枢女は出されたグラスをまじまじと見つめる。何かの血であることは間違いない……しかも飛び切り上等なライフフォースを感じる。欲望に駈られるのを必死に抑えて居住まいを正している枢女に、シーナが声を掛ける。


「いつまでお預けしてるんだ、グーッといけ、グーッと!」

「は、はい……」


 枢女は最初、クンクンと怪訝そうに匂いを嗅いでいたが、取り敢えず口を付けてみる。


『美味い!』


 心の中で思わず叫んでしまう。


『何という美味さだ! 濃厚でライフフォースに富み、それでいて、全くしつこくない!』


 枢女は我を忘れて、グラスを傾ける。大ジョッキはどんど傾いて行き、枢女のノドは美味そうにゴクゴクと鳴っていた。ジョッキ一杯の血を飲み干し、感極まった枢女は思わず目を閉じ、叫ぶ。


「カーッ、美味しい!」


 その態度に周囲は大爆笑する。笑いの理由が判らない枢女が戸惑って思わず周囲を見回していると、シーナが唖然として声を掛ける。


「おまえ、禁酒明けに酒にありついたオッサンみたいだぞ。口の周りに血が付いたままだ」

「え、ええーっ」


 枢女は思わず真っ赤なハンカチを取り出すと、口の周りを抑える。


「どうだね? 養殖された齢三百年を超える霊験あらたかな妖亀……サンソス・ニッポンでは〝すっぽん〟って言うんだけどな」

「す・〝すっぽん〟? こ・これがですか? な・なんて美味しいんでしょう! こんな素晴らしいものがあれば、人の血を吸わなくとも一か月は暮らせます! マスター、こちらはお幾らなのですか?」


 マスターは意味あり気に、シーナを見つめる。シーナがうなずくと、マスターはビニールでファイルされたメニューを枢女に渡して示す。


「や、安くありませんか! ひと月の食費がこんな値段で済んでしまうなんて!」


 枢女は驚いて、他のメニューの値段もチェックする。……安い……他のメニューも同じように安い。この安さなら、この繁盛ぶりもうなずける。


「ありえません! 三百年養殖した妖亀が、そんな低価格で流通しているわけがありません! なにかカラクリが……」


 そこで枢女はハッとした。明らかに安い露店の食材・喫茶店のリーズナブルな価格……そのカラクリに気が付いたのだ


「シーナ、あなた……」


 シーナはニヤリと笑って、人差し指を立てて口元に当てる。


「それ以上言うな」


   ◇


 早朝のモーニングタイムが終わり、出勤する客が出て行ったあとの〝ワインディングロード〟は静けさを取り戻していた。店内に1980年代のニューミュージックが流れる中、シーナと枢女は奥のボックス席に移動してこそこそと密談している。


「まさか、警察に繋がるバウンティハンターが、裏流通に絡んでいるとは驚きですわ!」

「声がデケエよ、枢女。それに絡んじゃいねえ、ただ黙認しているだけだ」

「同じことですわ! ああもう……警視は知っていらっしゃるのかしら?」

「さあな。でもあの人のことだから、多分知らないふりをしているんだろうよ。神様に隠し事は出来ないさ」


 枢女はなおも食い下がる。


「説明を求めます。なぜ裏流通を見逃しているのですか?!」

「まったくカタブツだな、おまえ! 噛みついたら離れやしねぇ。カミツキサメガメか?…」

「またカメと言いましたわ!」


 シーナは枢女をいなすと、スッと態度を変えた。


「…あたし、なりたいものがあるんだ」

「まさか、『お嫁さん』とか言うのではないでしょうね?」

「ちげーよ、〝ロードランナー〟になりたいんだ」

「な、何ですって!」


    ◇


 地球とマギテラの融合後の世界で、特に大きな問題となったことの一つに、地域格差があった。今まではひとつの国の中の一地域として活動していた州や県と言った地方自治体が、経済的自立を果たし始めたのである。


 特に顕著だったのは海に面した地域で、独自に農産物や海産物を流通させることで利益を得始めた。国家という枠組みがある以上、大きな問題に対しては恭順の意を表していても、コト経済に対しては別、という立場をとるようになったのだ。それは農作物が機械化による大量生産が出来ず収穫量が減ったことや、大規模船団が無線やレーダーによる相互連携が取れなくなり、漁獲量が大幅に減少しただけでなく、飛行機や大型貨物船などによる食料の大量輸送が出来なくなったからで、食料自給率が各国・各地域の力になったのである。


 大量輸送について、〝マギテラ〟の魔法は全く無力だった。〝マギテラ〟における物資の輸送手段は人力車や荷馬車などが中心で食料の大量輸送など想定もされておらず、また自給自足が原則だった〝マギテラ〟では、その輸送能力で十分こと足りていたのだ。


 物体の浮遊移動や空間転移などの移動系魔法もあったが、せいぜい自身か身の回りの品を移動するのが関の山で、何十/何百トンという食品を移動させられるような魔法も無く、それを実行できる魔法使いは融合後の世界には居なかったのである。


 旧名:北海道などは恵まれた最たる地域で、コメを筆頭に、野菜・牛乳・肉などありとあらゆる作物が手に入るパラダイスであるのに比べ、東京・大阪などと言った大都市圏は逆に貧しくなった。確かに金は有ったが、以前のように大量生産したものを大量に配送し大量に消費するような産業構造でなくなったいま、食料を生産する地域が食料を売ってくれなければ大都市圏は即食糧危機に見舞われ飢えてしまうのだ。


 さらに、北海道で作物を購入したとしても、東京に持っていくには青森・岩手・宮城・福島・茨城・埼玉の六県を通過しなければいけない。通過される各県は道路に関所・税関を設け、食料輸送について関税を徴収することを始めたのである。船で輸送する手もあったが、各県の排他的経済水域に引っかからないように公海まで一度出てから目的の港に入る航路では、やはり時間も金も掛かる為に高値であることには変わりなかった。


 六県分の関税が掛かった品物は高値になり、そんな食料は一般の庶民の口には入らない。各県のこの行いを『あくどい』という事は簡単であるが、融合のあと生き抜くためにはもちろん金が必要だった。売る物がなければ、生き抜くために地の利を生かすしかなかった各県の懐具合は考慮されるべきであろう。


 しかし、世の中には抜け道というものが常に存在する。各県で直接買い付けた食料を、裏道を使って関所・税関を通らず関税を払わずに目的地に運ぶ〝運び屋〟……大きなトラックなどは使わず、魔法で質量を小さくした食料を特別にチューンした自動車に積み込み、検問を突破して目的地に運ぶ連中がこの世界では暗躍していた。


 彼らは、〝ロードランナー〟と呼ばれていた。


   ◇


「ロードランナーですって! バウンティハンターのあなたが? いったいなぜ?」

「見ただろ、この辺の様子を。セントラルみたいな金持ちなんか居やしない、みんな生きるのに必死なんだ。マトモに流通した食べ物なんか、とても買えやしない。だけど裏流通が……ロードランナーたちが居るおかげで、飢えている人たちが助かるんだ。治安を守るのも大事な仕事だと思うけれど、あたしはもっと多くの人の役に立ちたい。ロードランナーに出会って、ずっとそう思っているんだ……」

「だからバウンティハンターを?」

「ああ、お給料じゃ貴重な自動車はとても買えないからな。せいぜい稼がせてもらうさ」


 枢女はシーナの顔をまじまじと見る。シーナの表情には、固い決意が現れていた。枢女は何か言うのを諦めた。


「そんな顔をされたらもう何を言ってもムダですわね……かと言って立場上『頑張って』とも言えません。『ゴーイング・マイウェイ』とだけ言っておきます」

「有難うよ」

「で、その出会ったロードランナーというのが、お嫁さんになりたい相手ですの?」


 それを聞いたシーナの顔がボムッと爆発するような音を立てて真っ赤になる。


「な、なな、ななな、何を?」

「あら、図星でしたの?」


 枢女はグラスの血を啜りながらしれっと言う。


「〝お嫁さん〟と言ったのを聞いた時の、あなたの血の心拍数が上がったのを聞いて『もしや』と思ったのですが?」


 枢女はニヤリと意地悪そうな笑みを浮かべ、シーナを見る。


「ててて、テメエ! 殺す! 誰かに言ったら殺すからな!」

「あら、神様に隠し事は出来ないのでは?」

「うるさい! 絶対黙ってろよ!」

「声が大きいわよ、シーナ。せっかくの朝の静けさが台無しだわ」


 突然声を掛けられて、二人は同時にそちらを見る。


 肩まで伸びたロングヘア―を何かの紋様のついたヘアピンで留め、一分のスキも無い清楚な雰囲気ながらも隠し切れない魔力を帯びた女子高校生がそこに立っていた。


「……いつの間にそこに居たんだ?」


 シーナが態度を一変させて尋ねる。


「あら、ちゃんと入り口の扉を開いて入って来たわよ。気が付かなかっただけでしょ?」


『ありえない! こんな膨大な魔力を気付かせずに入って来たなんて!』


 シーナや自分の魔力など、比べものにならない膨大な魔力を滲ませて近付いてくる女子高生を、枢女は一筋の汗を流しながら見つめていた。


『こんな奴を相手にしたら、わたくし一人ではとても敵いませんわ! シーナと二人掛かりで互角かどうか……』


 そこまで考えて、枢女はシーナをチラッと見る。だが、シーナは多少緊張しているようだが、それほど身構えた様子はない。


「よお、お嬢。いつの間に来てたんだ?」


 気付いたマスターが、膨大な魔力をまったく気にしない様子で声を掛けると、〝お嬢〟と呼ばれた少女は頬を赤らめて朗らかに笑顔を作る。


「マスター、わたくしの事は『ミストラル♡』と、親愛をこめてファーストネームで呼んで頂けませんか?」

「それはそれで、おっかないね……」


 そうマスターに言われて少女はふくれっ面になると、ふてくされて言う。


「マスター、私には本物のキリマンジャロのコーヒーをお願いします」


 シーナが枢女に席をつめる様に促して横に座ると、ミストラルは二人に対峙するようにテーブルをはさんで座る。


「枢女、こいつはウチの高校で一番の要注意人物……流鬼富・恵瑠・ミストラル、世界中に流通網を持つ商社〝流気富〟のお嬢様だ。」

「流鬼富グループ?!」


 聞いたことがある……世界中の食料の輸送を一手に手掛けるが、裏では戦争や紛争で荒稼ぎをするヤバイ一面も持っているとのうわさもある超巨大企業だ。


「ミストラル、こっちはあたしの相棒の上羅月枢女だ」


 紹介された枢女をミストラルはちらと見て、


「あら、地球の乙女とマギテラの吸血鬼……しかも真祖との融合体とはね」


 と一目で枢女の素性を言い当てる。枢女は驚いて声も出ない。


「それでお話というのは何かしら、シーナ?」

「シーナ、ここで粘っていたのは、こちらの方と会うためでしたの?」

「そうだ……ミストラル、ちょいと相談があるんだ」

「学校で話さず、わざわざ〝ワインディングロード〟に呼び出しての話と云う事は、ヤバイ話かしら? あんまりうしろ暗い話は困るわ」


 ミストラルは薄ら笑いで言い放つ。


「乗るか乗らないかは、話を聞いてからにしてくれ、実は……」


 シーナは自分の計画を枢女とミストラルに話す。

「「ええーっ!」」枢女とミストラルの驚きの声が〝ワインディングロード〟に響いた。

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