第30話 『男臭み』/呪いの臭み

「嗅いでみ」

 仕事から帰宅した父は、よく顔の前に足を差し出して匂いを嗅がせてきた。

「ゔえっ」

 首を軽く絞められたような声が漏れる。

娘がえずく姿を楽しそうに笑って見てる。

「年頃になったら嫌われるよ」

 母はしかめ面で言うが、幼稚園児の時点で既に、その行為に対する嫌悪感は満タンだったように思う。


 大人になってから、父の行動原理を考えた。

嫌がる顔が好物なSだったのか、育児参加率の低い父による不器用なコミュニケーション手段だったのか、はたまた別の理由か……今となっては永久に謎解き不可の難問になってしまった。


 現代では美容に興味がない男性さえもどこか中性的で、清潔感を重視しているように感じる。

男臭いなんて言葉は、褒め言葉にあたらない。


 でも、幼少期から刷り込まれた呪いなのか。

足に臭みがない男性は、働き者ではないような気がしてしまう。

無味無臭は無害だけど、魅力的には感じない。

家族を背負った男臭い父を思い出すと、呪いの臭みの幻嗅がする。

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