第2話 冒険者たちの明暗(後編)
「ど、どういう意味ですか?」
「どういう……って自分でよく分かっているだろう?」
彼は軽蔑の目でじろりと
「リーダーに言われて、俺は二人の様子を注意して見ていたんだよ。不仲なら、仲をとりもってやってくれってさ。それで目撃したんだ。お前が自分のスープにガラス片を入れるところを……な」
思いもよらぬ
「なるほど。自作自演ということね」
「おかしいと思ったのよ。あの子が嫌がらせなんてするわけないもの」
「違うんです!本当にアタシ、嫌がらせをされていて……」
涙ながらにそう訴えるが、もはや女魔導士の言葉は仲間たちには届かない
そんな彼女に、リーダーの剣士が重々しく忠告した。
「これ以上、パーティーの輪を乱せば……分かっているな?」
その言葉を聞いて、わなわなと女魔導士は震えていた。
*
こんなはずじゃない、こんなはずじゃないのに――っ!!
女魔導士は焦っていた。
初めて会ったときから、女魔導士は
自分が扱えなかった時空間魔法を、よりにもよって貧乏くさい
さらに、仲間たちも可愛い自分を差し置いて、
あの女を追い出そう。
女魔導士がそう決心するのに、さして時間はかからなかった。
大衆は涙を流す女に弱い。要は先に泣いた者が勝ちだ。
女魔導士は経験からそれを知っていた。
自分のように可愛い女の子の涙には、さらに価値がある。だから、あんな口下手でぼけっとしている
しかし、結果はどうだろう。
一瞬、見間違えだと言い張ろうと思ったが、斥候役の彼の目がとても良いことは周知の事実だったため、それもできなかった。
何とかして、汚名返上しなければ――と女魔導士は考える。
あの
だからこそ、女魔導士は決定的な過ちを起こしてしまう。
いつの間にか周囲を魔物に囲まれていた。
おそらく、女魔導士が騒いでいたのを聞きつけてやってきたのだろう。
敵は巨大な蜘蛛の魔物の群れで、洞窟内の狭い空間を縦横無尽に動き回る。糸を噴きだして、こちらの自由を奪い、おまけに毒まで持っている厄介な相手だった。
パーティーメンバーたちは一匹ずつ、蜘蛛を着実に仕留めていく……が、数が数だ。中々、戦闘は終わりそうになかった。
そこで女魔導士はハッとする。
今こそ自分が、超高火力の魔法で敵を一網打尽にすれば、皆も自分のすばらしさを理解してくれるのではないかと。
功を焦った彼女は、爆炎魔法の構築に取り掛かった。
真っ先に、それに気づいたのは
「ちょっと!何やっているの!?ここがどこだか考えなさい!!」
しかし、そんな
女魔導士の術が完成し、爆炎が蜘蛛たちを吹き飛ばした。
だが、その並外れた魔法の餌食になったのは蜘蛛だけではない。魔法の威力に耐えかねて、バラバラと洞窟の天井や壁から石や岩が落ちてくる。
今、まさに洞窟自体が崩壊しようとしていた。
「……あれ?」
「君はっ!何をやっているんだ!?」
女魔導士の呆けたような声と、剣士の怒声。それに混じって、ガラガラと轟音が響いていた。
このままでは全員、生き埋めになってしまう――皆が死を悟ったそのとき、
「皆さん!こちらにっ!!」
もはや考える間もなく、仲間たちは彼女の下に集う。
そして――
*
「い、生きてる……?」
震える声で
彼女の周りには、他五人の仲間たち。彼らは体を縮めて身を守っていたが、おそるおそる辺りを伺った。
天井はすっかり抜け落ち、青空が見えている。周りは崩れた岩だらけだ。ただ不思議なことに、
「一体、何をやったんだ?」
事態を上手く呑み込めない様子で、剣士が
「とっさに、崩れてきた岩を亜空間に収納したんです。こんなに上手くいくとは思いませんでした」
「アハハハ!まさか、時空間魔法にそんな使い方があったとは!」
「すげぇや、天才だ!」
「おかげで命拾いしたわ」
「いやぁ、助かった!」
その輪の中に唯一入れなかったのは、もちろん女魔導士だ。
そして、彼女は当然のようにパーティーをクビになった。
「そんなっ!どうしてですか!?アタシ、がんばったのに!」
女魔導士は抗議したが、リーダーの剣士は頑として譲らなかった。
「そんな……たった一度の過ちで……ひどいっ」
「たった一度……だと?」
ひくひくと剣士は顔を引きつらせる。額には青筋が浮いていた。
「俺は君に何度も何度も注意したはずだ!周囲の状況を考えろ!ちゃんと考えて魔法を使え、と!」
「でもぉ……まだアタシは新人だから……」
「新人でも犯して良い過ちとダメな過ちがあるっ!!」
「アタシの魔法、威力がすごいって褒めてくれたじゃないですかぁ!」
「たしかに威力はすごいが、使い方が大問題だ!」
ぐすん、ぐすんと泣く女魔導士。
しかし、そんな彼女を擁護する仲間はもはやいない。
そして、剣士は断言した。
「とにかく!この先、君と一緒にいたら命がいくつあっても足りやしない!!君はクビだ!!!」
*
そして数か月後。
女魔導士は新たな冒険者パーティーに迎えられていた。
前のパーティーよりは知名度や実力は劣るものの、それでも一応は名の通った冒険者たちの仲間入りができて、女魔導士は気分が良かった。
しかもここには、目障りな女もいない。男だけの冒険者パーティーなのだ。
「それは酷い目にあったね」
心配顔でそう言ってきたのは、このパーティーのリーダーである魔法剣士だ。
女魔導士は現在の仲間たちに、どうして自分が前のパーティーを解雇されたのか語っているところだった。
「女の嫉妬って怖いな」
「ああ。可愛いからって彼女をいじめて、おまけに濡れ衣まで着せるなんて」
「そんな女たちに騙される男もバカだよな。目が腐ってるんじゃないか?」
仲間たちが女魔導士に同情する。
「アタシも至らないところがあったから」
そう嘆きつつ、女魔導士は心の中でにんまりした。
今度こそ上手くやってみせる。
同情の次は、自分の実力を認めさせて、このパーティーで不動の地位を築いてみせる。
そう燃える女魔導士だが――結局、彼女は何一つ学んでいなかった。
*
深い森の中、女魔導士とその仲間たちはゴブリン退治をしていた。
ちょこまかと機敏に動き回るゴブリンたちを、女魔導士は必死に追った。こちらを嘲笑うかのように逃げるゴブリンは、非常にうっとおしい。
このままでは
森の中をあちこち駆けながら、女魔導士は決心する。
ここは森の中で、天井や壁が崩れるような洞窟の中じゃない。ド派手な術を放っても問題はないはずだ。
これだけの魔法を扱える魔導士はそうそういないから、きっと仲間たちも驚くだろう。そして、いっそう自分のことを褒めたたえるハズだ。
そう夢想して、女魔導士は魔法を構築した。
女魔導士が爆炎魔法を放つ前、目の前のゴブリンたちがにやりと笑った気がした。
そして彼らは急に方向転換すると、彼女の脇や股の下をすり抜けて、その背後へ回る。
女魔導士は慌てて、攻撃方向を変えようとするが――もう遅かった。
彼女の手から、爆炎魔法が放たれる。
その射線上には、女魔導士の仲間たちがいて……
「あ」
森の中に爆音が
冒険者たちの明暗 猫野早良 @Sashiya
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