冒険者たちの明暗
猫野早良
第1話 冒険者たちの明暗(前編)
深い森の中、あちこちでくすぶった煙が上っていた。
森の広範囲が焼かれてしまい、その辺りはひどい有様だった。
焼き焦げ、倒れた木々に混じって、何人かの人間が地に伏している。
彼らはいわゆる冒険者風の装いをしていた。
すでに事切れているかと思われた一人、その男の手がぴくりと動く。
彼は頭を上げ、震える声で
「どうして……俺は彼女を――」
何かを後悔するような言葉。
しかし、それを言い終えることはなく、がくりと男の首は垂れてしまった。
*
冒険者たちが集う酒場。
その一角で、とある冒険者のパーティーが盛り上がっている。
「彼女が今日から俺たちの仲間に入ってくれることになった!」
そう言って、パーティーのリーダーである剣士の青年が、一人の女魔導士を紹介した。他のパーティーメンバーから拍手が沸き起こる。
女魔導士は可愛らしい顔立ちの、十代の少女だった。彼女は少し緊張した面持ちで、ぺこりと頭を下げる。
「こんな一流のパーティーの仲間に入れるなんて光栄です!魔法学校を卒業したばかりで実戦経験はあまりないですが、皆さんの足手まといにならないよう、がんばります!!」
「彼女は保有魔力量がすさまじく、魔法学校でも優秀な成績で卒業したらしい」
剣士が褒めると、女魔導士は「そんな……」と顔を赤くした。
「こんな若くて可愛い子がうちに入ってくれるなんて!」
「あら?若くなくて悪かったわね」
「あ、姐さん!姐さんは大人の色気が良いっていうか……」
「フォローしていただかなくて結構よ。それはそうと、よろしくね。分からないことがあったら、何でも言って」
「爺さんがパーティーからしばらく抜けると聞いたとき、どうなることかと思ったが」
そう口にしたのは大柄な壮年の男――
現在、彼はこのパーティーを留守にしている。というのも、初孫が生まれたという知らせを聞いて、娘夫婦がいる遠くの街に出かけてしまったからだ。
そういう理由で、この冒険者パーティーは新たな魔導士を募集する運びになった。
「君なら大丈夫そうだ。頼りにしている」
「ご期待に添えるよう、がんばります!!」
「あ、あの……よろしくお願いします」
おずおずと最後に挨拶したのは、赤毛の少女だった。女魔導士と同じ年頃である。
「えっと、あなたは……?」
「ああ、その子は
「
女魔導士は怪訝そうな顔をする。
冒険者パーティーにおける
しかし、目の前の少女はどうだろう。
痩せぎすで、腕など棒のように細い。こんなので
戸惑う女魔導士の様子をいち早く察知して、
「とても
「え……ええ」
「でも、この子は立派な
「えぇっ!?」
女魔導士は驚いたように声を上げた。
魔法には
四大元素を基本とする精霊魔法、味方の傷を癒したり能力を高めたりする白魔法、逆に敵の能力を下げる黒魔法、敵に幻を見せる幻想魔法。
その中でも時空間魔法は、習得に生まれつきの適性が必要なもので、扱える者がほとんどいない珍しい魔法だった。
魔法学校で非常に優秀とされた女魔導士も、時空間魔法を使うことはできない。
「時空間魔法で、こちらの荷物を亜空間に保存してくれる。亜空間では時間も止まるから、例えば魔物の死体を丸ごと保存、しかも腐敗せず――なんて芸当もできてしまうってわけ」
「本当に便利な能力よねぇ。おかげで食料や武器なんかも、予備のものまで持っていけるし」
「魔物を倒したときも、かさばるから、腐敗するからと素材を諦めなくて良いのも嬉しいな。たくさんの素材を売れるから、彼女が仲間に入ってから実入りが良い」
仲間たちが口々に褒めると、
「そんなにすごいものじゃ……。わ、私は魔法学校にも行ってなくて、魔法も独学のもので……戦うための魔法なんて使えないし……」
恐縮する
「時空間魔法なんて……人は見かけによらないのね。これから、どうぞよろしくね!」
「は、はい!」
*
彼女は早くに父親を亡くし、母親が少女とその四人の兄弟を育てていた。
しかし、長年の無理がたたり、母親が体を壊してしまう。長女として少女が一家の働き手になるのは当然の成り行きだった。
幸運なことに、少女には時空間魔法の才能があった。それは数年前、偶然少女の村に滞在した魔導士が見出してくれたものだ。
その魔導士から、少女は時空間魔法の手ほどきを受けた。
魔導士が村を去ってからは、独学で少女は自らの魔法を発展させていく。そしてついに、物体を亜空間に収めるという魔法を完全に習得してみせた。
以来、少女は
もし、彼女が何の能力もない普通の女の子だったら、こうはいかなかっただろう。最悪、その身を売らなければならなかったかもしれない。
そういう背景があったため、少女は
その少女の努力を、仲間たちも認めてくれていた。
そう、今までは――。
「戦えもしないくせに」
「役立たず」
「後ろについて歩いているだけで、お金をもらう気?」
「目ざわり」
「ブス」
同年代の女魔導士がぼそりぼそりと、
自分の頑張りが足らないのかもしれない――そう思って、少女はこれまで以上に仕事に熱を入れた。しかし、女魔導士はますます少女を嫌っていく。
もしかして、他の仲間たちも女魔導士と同じように、影で「役立たず」と自分を
*
女魔導士が冒険者パーティーに加入して、一か月が経った。
女魔導士は人懐こく、明るい性格で、すぐにパーティーメンバーと打ち解けた。
また、魔物討伐や素材収取の依頼を何度かこなし、彼女の実力も大体分かった。前評判通り、その高い魔力量から繰り出される高火力の攻撃魔法が彼女の武器だ。
周りの状況が把握できておらず、判断が甘いところもあるが、それは経験を積むことで改善されるだろう――と、仲間たちも女魔導士の実力を認め始める。
この日、皆は洞窟に巣食った魔物の討伐に来ていた。
長く深い洞窟で、依頼完了までに数日はかかるだろうと予想された。
すっかり仲間の一員となった女魔導士は、楽しそうに他のメンバーに話しかけている。途中、リーダーに「緊張感が足りない。状況を考えなさい」と注意されたが、可愛らしい仕草で謝っていた。
一方、
誰かに相談したいとも考えるが、告げ口のようで気が引ける。もしかすると、役立たずの自分の言い分なんて信じてもらえないかも――そんな風に考えてしまっていた。
「どうした?最近、元気がないが」
途中休憩で、リーダーの剣士が心配そうに話しかけてきた。
「そ、そんなことないです」
「きっと、アタシのせいよね」
突然、女魔導士が会話に入ってきた。涙で大きな目を潤ませている。
「だってアタシ、あなたに嫌われているもんね」
「えっ!?」
女魔導士の言葉を聞いて、
女魔導士が自分を嫌っているのは明らかだが、自分が彼女に失礼な態度をとったつもりは
「そんな……誤か――」
「ごめんなさい!新参者なのに大きな顔をしてしまって!」
ワッと女魔導士が泣き出す。その声に、
そんな二人を、他のメンバーたちが困り顔で見ている。
もしかして仲間たちには、自分が女魔導士をいじめているように見えるのか?
彼女は必死に弁明しようとした。
「私は嫌ってなんかいないから」
「ううん、いいの!仕方ないの!アタシ、気が利かないから……。あなたが不愉快に思うのも無理ないわ。怒られるのも当然よ」
「怒ってなんか――」
「お願い!もっと皆の役に立つようがんばるから……このパーティーにいさせて」
目の前の女魔導士は、いじめに耐えながらも健気に頑張るヒロインそのものだ。そして、自分は彼女をいじめる悪い女――事実は違っていても、第三者の目にはそう映るかもしれない。
そのことに気付いて、
*
重苦しい空気の中、食事休憩となった。
よどみなく作業をする
女魔導士は
自分をこのパーティーから排除しようとする意志――それが女魔導士から、ひしひしと伝わってきた。
なんとか他のパーティーメンバーに事実を説明したいが、それを口に出すと、どうにも言い訳めいて聞こえるような気がする。
もがけばもがくほど、深みにはまってしまいそうな状況に、
そしてソレは起こった。
*
「――いたっ」
悲鳴を上げたのは女魔導士だった。
皆が驚いてそちらを見ると、口の端から血を流す彼女がいた。
「どうしたんだ?」
リーダーの剣士が尋ねると、女魔導士は今まで食べていたスープを差し出した。
ドクン、と彼女の心臓が跳ね上がった。
「スープの中にガラスがっ」
「なにっ!?」
剣士が驚いて確認すると、確かにスープの中からガラス片が出てきた。
皆が女魔導士と
違う、私じゃない。
そう、
「ひどいわっ!」
女魔導士が泣き始めた。
「アタシが嫌いだからって、こんな嫌がらせ――スープにガラスを入れるなんてっ!」
「ちっ、ちが……」
ふるふると
「ぐ……、偶然入ってしまうこともあるんじゃないか?」
取りなすように
「ガラス片が偶然!?そんなことありえません!」
女魔導士は涙を流しながら訴える。
「今までたくさん嫌がらせを受けてきたけれど、もう耐えられない!」
その叫びは切実で、真に迫っていた。
「皆さんもこんな人、信じられますか?こんな人が仲間で良いと?」
「確かに、ガラス片なんて偶然入るもんじゃないな」
そう
「そして仲間に酷い嫌がらせをする奴なんて、信用できるわけもない」
彼の声には怒気が含まれていて、
もう、終わりだ――彼女は絶望する。
そして、
「お前なんか信用できない」
女魔導士を指さして。
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