精霊石

 精霊とは風邪を引くものなのか?

 なんて疑問を持っても、実際にそのような症状をフロースタが出しているのだ四の五の言っている場合じゃない。


「やっぱりお医者さまに見せてもあまり意味がありませんよね……?」


 おシノちゃんはただでさえ小食なのに、さらにいつもより少なめにした朝食をとってから呟くように言った。


「そうね、普通の医者に診せた所でどうにかなるものとは思えないわ」

「フロースタは一週間もすれば戻るって言ってましたけど……強がり、ということは……?」

「あの子の場合ありそう。変な所で気を遣うようなタイプだし、さっきだってかなりしんどそうだったもの」


 あの山で私たちが見つけ、目が覚めてからずっと活動しっぱなしだったし、この間は勾玉の欠片の補助もあったと言っても大きな力を使ってしまったから精霊としての疲れがとれなかった。

 というのはフロースタの言で、休めば回復するっていうのは自然の摂理として考えたらそう間違った話じゃないと思う。


「それでもいつものフロースタがあの調子ではこちらが参ってしまいそうです」


 そうおシノちゃんがぽろりと本音をこぼした。

 別にここで一週間、何ならもう少し足止めされることに困ったことはない。皇帝は賢くも手配などはしないようだったし、宿に泊まる宿賃だって十分すぎるくらいに私たちは持っている。

 が、物事というものはそういう現実的なものばかりじゃない。

 フロースタの根っからの明るさや無邪気さはもうすっかり私たちの中で当然のものとなっていて、それがないと今一つ調子が出ないように感じるのは事実だった。


「千影さんの術でもどうにも出来ないんですよね?」

「ええ、おそらくは」


 私の術は今のこの世界を支配しているモノとは正反対にあるようなものだもの。言いながらおシノちゃんと初めて訪れた村のことを思い出した。あの時は陰陽の力を全力で使ってしまい、何も知らなかったとはいえ村を丸ごと一つ潰してしまった。


「下手に私が何かしたらフロースタにとって悪影響が出てしまう可能性があるんじゃないかしら? 何か他に出来ることがあればいいんだけど……」


 フロースタは氷の精霊。陰陽術までいかない五行の考え、金生水……という考えは通用しそうに思う。


「そうだ、精霊石」


 その時おシノちゃんがポン、と手を打って何かを思い出したように言った。


「精霊石?」

「ええ。前に私とフロースタでテーロに関することを調べたことがあったじゃないですか?」

「私がザファロスの町に行っていた時ね」

「あの時、たまたま精霊石というものがあることを知ったんです。もしかしたら、今のフロースタにとっては良い活力になるかもしれません」


 言って、居ても立っても居られないという様子でおシノちゃんは立ち上がった。



 精霊石。

 話を聞くに、それは文字通り精霊の力が石に宿ったものらしい。


「フロースタも初めて聞くものだったらしく関心を持っていました。もっともあの時は何の関係もありませんでしたから千影さんには何も言いませんでしたし、私だって今の今まで忘れていましたが」

「つまり、それがあれば少しでもフロースタの回復を早めることが出来る、と」

「素人考えですが、あながち的外れではないんじゃないかと思います」

「精霊石……どうやったら手に入るのかしら?」

「幸い、この世界で私たち……つまりホーマ族を見つけることよりかははるかに容易いものみたいでした。自然と出来上がるものでもあるし、使い方は色々あって貿易品、交易品として流通している所もあるということでしたから」

「それじゃあまずはこの町の道具屋にでも行ってみましょうか」


 そう言ってひとまず町の雑貨を扱った道具屋へと向かう。

 それなりの大きさを見せる店のドアを開けると、来客を告げるベルの音がカランカランと店内に響いた。中には数人のお客が棚に陳列されている商品を見ているようだった。

 精霊石がいくら交易品として流通しているとは言っても、流石に一般的に言えば珍しくその辺の棚にポツンとおかされている商品ではないらしい。もちろん、それなりに値の張る商品でもあるらしい。とは言ってもここでけちけちとするつもりは毛頭なかった。

 奥のキャッシャーを兼ねているカウンターに行って「すみません」と中の店主らしき女性に声をかけると、彼女はこまごまとした事務作業をしていた手を止めてこちらに向けた。


「はいはい、何かご入用かい?」


 恰幅の良い女性は商売人らしい笑顔を向けてきた。


「精霊石というものを探しているんですが、こちらにはありませんか?」


 問うと、彼女は「精霊石かい?」と難しい顔をした。


「精霊石ねぇ……年に何度かはそういうのをお目にかかることはあるけど、うちで取り扱ったことはほとんどないね」

「と言うと今ここには?」

「ああ、悪いけど置いてないね」

「どうやったら手に入るものなんでしょう? 何か心当たりはありませんか?」


 おシノちゃんがたまらずといった様子で問うた。


「そうだねぇ……この辺で手に入るとしたらベネヴィオーバの道具屋くらいに行けばあるかもしれないけれど、保証の限りじゃないね」


 女性店主はカリカリと後頭部をかいた。

 ベネヴィオーバ。ここまできて逆戻り、というのは避けたいところだった。

 いくら皇帝が何もお触れを出していなかったとしても、それでも流石にベネヴィオーバにノコノコ出向くというのはリスクが高すぎる気がする。


「ところで、お嬢ちゃんたちは冒険者かい?」


 言われ、ハテと思いながらも「そうです」と答えた。


「だったら自分たちで手に入れるっていう方が手っ取り早いかもしれないよ?」

「自分たちで?」

「ここからボボランディの町の方に行くと、途中に山があるんだよ。その山では精霊石が見つかることがあるって話さ」

「なるほど……」

「とは言っても、ボボランディまで真っ直ぐに向かう乗合馬車はナシ。結界もなくてちょっとした魔族が出てくるっていう話。でも、あんまり強くないって話だから、腕に自信があれば候補の一つになるんじゃないかい?」

「そのボボランディという町に精霊石があるという可能性は?」


 どれだけ魔族が私のレベルよりはるかに低いものであったとしても出来るだけおシノちゃんを危ない目に遭わせることは避けたいところだった。


「うーん……もしかしたらあるかもしれないけれど、元々精霊石はお土産っていうような品物じゃないからね。どうしても必要になった時は冒険者ギルドで護衛をやとったりして探しに行くって聞いたことがあるよ。自分たちだけで不安なら冒険者ギルドを頼ってみるってのも手かもしれないね」


 そんな女店主に礼を言って店を辞する。


「ボボランディの山ですか……」

「とりあえず足が必要ね」


 幸いアシルの町はそれなりの大きさというだけあって、馬を貸し出してくれる店屋もあった。ボボランディの山に行こうと考えていると言うと流石に良い顔はされなかったが、そこは金の力でどうとでも。料金を馬を万が一失った時の分の額を上乗せして提示してやると仕方がないという雰囲気を出して馬を一頭貸してくれた。

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勇者殺しの白銀少女 猫之 ひたい @m_yumibakama

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