精霊石
アシルの町で
「結局、勇者の選別が単なる皇帝のお遊びだったなんてねー」
カタカタと動く馬車の中でフロースタがそんなことを言った。
乗合馬車でヴィトック方面へ向かう途中。周りには別の客もいるものの、彼女の言葉が耳に入っているような者はいないようだった。
ゆっくりと動く外の景色を見やりながら私は言葉を返す。
「お遊びと言ったけれど生贄を探していたのだからその実本人は真面目だったのかもしれないわ」
「そうは言っても狂っているとしか思えません」
それに対し、おシノちゃんは少し腹に据えかねるという様子で言った。
「勇者を目指そうという人を集めておきながら、その実、生贄にしようとたくらんでいたなんて」
「そのくらい切羽詰まった状況ということかもしれないわ」
「それはこの世界がなのでしょうか? それともこの国が、でしょうか?」
「たぶん国の方ね」
皇帝の表情を思い出しながら私は言った。
「それでそのヴィトックっていう山にはどのくらいで着くんだっけ?」
「まず、この乗合馬車で終点のアシルという町まで行って、そこからまた別の馬車のようね。ヴィトック自体が観光地のようだから馬車を乗り継いでいけば三、四日でいけるでしょう」
「じゃあ今日はそのアシルっていう町で一泊?」
「時間的に考えるとそうなるわね」
そんな会話を交わしていると、フロースタはぶるりと身体を震わせた。
「フロースタ? どうかしたの?」
「ううん、ちょっとゾクってきただけ」
「悪寒ですか?」
「さぁ。そういうの感じるのかな、この身体。たぶん気温が下がってきたから反射的に反応しちゃっただけだと思う」
実際それから数時間、日が落ち切る前に乗合馬車はアシルの町に到着した。
首都のベネヴィオーバで起こったことについて皇帝が何かしらの早馬を出していれば検問もなかなかに難しいものになるかと思ったが、検問ではそう難しいことをやっているようなことはなかった。皇帝はおそらく今回のことについて何もコトを起こしていない、と考えて良いだろう。
第一、何かの令を発したところで私をどうこう出来る存在を見つけることが出来ない。なら、無駄なことはしない。そんな主義のように皇帝は思えた。
「念のために千影さんが耳を伸ばしてくれましたが、そんな対策は必要なかったみたいですね」
アシルの町を歩きながらおシノちゃんがそう言った。
今の私たちはフェンドゥーロの連中と同じで耳がとがっている。万が一皇帝が何かをした時、ホーマ族というのはあまりにも特徴的なものになってしまう。それを踏まえた……まぁ言ってしまえば念のための処置だった。
「それより早く宿決めようよ。私、なんだか疲れちゃった」
「珍しいですね、普段はいつも一番騒いで宿決めだって駄々をこねるのに」
「それじゃあ私が駄々っ子みたいじゃん。ただ今日はちょっと疲れちゃったっていうだけだよ」
「疲れるんですか、その体?」
「……どうだろ?」
「肉体はもう死んでるのだから疲れるっていうのは精神的な意味合いが強いんじゃない?」
そんな他愛もない会話をしながら宿を目指す。アシルは中途の町で観光名所ではなかったが、規模という意味ではそれなりの大きさの町。歩くと三つ四つと宿屋は見つかり、私たちは何の気なしにその内のひとつに宿を決めた。
部屋は変わらず三部屋。
『もういい加減二部屋で良いと思うよ?』
というのはフロースタの言だったが、そこはおシノちゃんとしては譲れない一線らしい。
とは言っても、大抵目が覚めると隣ではおシノちゃんがすぅすぅと寝息を立てている姿を見ることが出来る。
まぁ、第一こうして宿に泊まれる日ばかりじゃない。甘えられる時には甘えておきたい、というのはおシノちゃん……そして他ならぬ私にも言えることだった。
今回もそれに違わず、目が覚めると隣ではまだ猫のように眠るおシノちゃんの姿があった。それを愛しく思いながら、頬にかかった彼女の黒髪を撫で、端へとよけてやる。
昨日に交じった熱がまだどこか胸にある。
別に命の危険を感じたわけではなかったが、それでも命をかけたやり取りをした後にはどこか生を求める感情が大きく動くのも確かだった。
そっとベッドから抜け出し、服装を整える。季節が少し変わってきたせいか日はまだ昇っていないらしい。こうして決まった時間に目が覚めるのは日ノ本にいた時からの習慣だ。
「んぅ……」
身支度を整え終わるころ、うっすらとおシノちゃんが目を覚ました。
「おはよう、おシノちゃん」
「おはようございます……」
「まだ寝てても大丈夫よ。乗合馬車の時間まではどうせすることもないのだし」
「いえ、大丈夫です」
ふわりと大きく欠伸をしてからおシノちゃんもベッドを抜け出した。
「少し冷えますね」
「そうね、時節柄かしら?」
この宿では朝食は出していないということからどこかへ食べに行こうと話している時にはフロースタは起きてこなかった。案外こういうのは珍しい。大抵はフロースタもおシノちゃんと同じ時間には起きてくるのが普通だった。
「久しぶりに寝坊助ですかね?」
そんな言葉にフロースタの泊っている部屋のドアをノック。が、反応はなかった。
もう起きている……のならこちらの部屋に来ているはずだし、とおシノちゃんと顔を見合わせてから再びノックをすると、辛うじて「ふぁい……」という声が聞こえた。次いで、クシュン、というくしゃみの音が続く。
「フロースタ、開けるわよ」
これは少し普通じゃない。そう思い、返事がある前に中に入ると、ベッドの上で布団にくるまっている状態の彼女がいた。
「フロースタ、どうしたんですか?」
おシノちゃんが心配してかけよっていく。
「なんか暑くて、こう頭がぼぅーっとして……」
言ったかと思うと、ゴホゴホと今度は咳をする。
「千影さん、これって……」
ゆっくりとフロースタの額に手を当てて自らのものと比べてみる。
フロースタは元々死んだ少女の身体に雪の精霊が宿った姿だ。本来その額は人と比べてかなり低いはずだが、今はその温度が私とほとんど変わらないように思えた。
「これは……」
私はおシノちゃんと顔を見合わせた。
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