『戯れ』
第一試合は剣の攻め合いでそう派手なところもなく終わったが、第二試合は一転、術法の打ち合いとなって辺りにも流れ弾が飛んできた。水に雷。火に土くれの破片が飛んできて、砂煙が巻き上がって視界も大きく悪くなる。
中には自分の実力を見せつけるかのように飛んでくる破片を片端から剣でさばき、否が応でも塀の後ろに隠れない者もいたが、私は他の大多数がそうするように客席の方に身体を移し、塀を背にして試合の音を聞いていた。
術者同士の戦いはこうなるのが普通なのかとぼんやりと思う。
詠唱に次ぐ詠唱。
術法は自分の力が尽きるまで撃てるそうだが、ここにいる人間はその辺の術者とは違ってその容量も大きいらしく、先ほどから激しい衝突音が十分以上続いている。
最初からこれでは、勝ち上がったところで次の試合で息切れは必至だろう。
そう周囲の者たちはどこか憐れんでいるように見えた。しかし、それは端から知れたこと。それに、もっと言ってしまえばこの御前試合自体が言うなれば『勇者選抜』の名前を冠した『戯れ』だ。その奥に本当はどんな目的があるともわからないから、実際に勝ち上がることについての意味は今の時点ではわからない。
と、何度目かの大きな音が響いたかと思うと、空気が僅かに震えるのがわかった。
たかが一人の人間を仕留めるのにそんな大層な術法が必要かね?
そんなことを思ったが、考えてみれば私も最初に会った勇者連中の術者にとんでもない風や雷で狙われたりしたことを思い出した。
「決まったらしいぞ」
それから少しして、ようやく術法合戦の音が止んだ。
砂煙が収まるのをまってから私も塀からひょこりと顔を出す。立っている女が大きく肩で息をしているのがわかるが、もう一人は倒れたまま動かない。すぐに帝国兵の連中が寄ってきて息を確認してから、簡易のカゴのようなものを用意し、それに乗せて闘技場から出ていった。一応死んではいないようだ。
さて……、と私は皇帝のいる観覧席を見やり、大体の位置取りを思い描く。
舞台から席までは多少の距離があるが、あのくらいであれば移動するのにそう苦労はないだろう……というのは私がこの世界にきて幾分も身体能力が増したからだ。それに第一、一応の護衛がいると言っても、直に狙われるような場所であればわざわざこんな試合など見ず、最終的に勝ち残った『勇者』と相対すればいいだけのこと。それをしないということから言ってもここから特別席を狙われるとはほぼ考えてないに違いない。
第三試合。
名前が呼ばれ、私は今の計画通りの位置から舞台に上がる。と、もう一人名前が呼ばれ、恰幅の良い男が私のちょうど反対側から舞台に上がってきた。
皇帝の護衛は左右に二人。外にはまだもう少しいるかもしれないが、別にそちらはどうでもいい。
そんなことを考えていたら、審判が「始め!」という声を出しドラが鳴らされた。
試合など眼中になく、呆けていた私に相手はそれなりに気合いの乗った声を上げながらこちらに向かってきた。
しかし、残念ながらそちらには全く興味はない。
私はくるりと背を向けて、舞台の端へと歩き、そのままスタリと舞台の上から降りた。
その行動に対戦相手はもちろん、周囲で試合を見ていた連中もどこか動揺したような空気を出す。私はそれを気にせず審判に向かって問うた。
「これで私は場外。この対戦、あちらの方の勝利ということで良いですね?」
「そ、それは……」
若干たじろいだ後、彼は答えを求めるように皇帝のいる観覧席へと目を向ける。
そこで私は息を一つ吸うと、大きく跳躍。
「なっ――?」
一、二、と周囲の観客席を跳び移り、一気に皇帝のいる観覧席の塀の淵に降り立った。
呆気にとられる護衛の二人だったが、流石は皇帝直属の護衛を任されるだけあってすぐに状況を把握し、持っていた槍を向けてきた。
「貴様――っ!!」
これなら護衛として合格だろう、なんて思いながらも御刀でそれぞれ槍の矛を切って落とした。
その速度は一秒にも満たない。
だが、そんな状況であっても皇帝は表情を少しも変えないまま、頬杖をつき、頭は冷静さを保っているようだった。これで困惑し、錯乱する程度の人間ならこのケアド帝国をまとめ上げることは出来なかったかもしれない。
「突然のご無礼、失礼いたします」
「なるほど、面白い余興だな」
「残念ながら余興のつもりはございません、皇帝陛下」
「陛下! お下がりください!」
直属ということもあってか忠誠心も高いらしい。
役立たずとなった槍を放り投げ、二人の護衛は剣を抜いて座っている皇帝の前に出てくる。
「面倒事にはしたくありません。私は皇帝陛下と少し話がしたいだけ。退いていただけるのなら無益に命を失うことはありません」
「そんな賊の言うことを信じるとでも思ったか!?」
そう剣を振りかざしてくる二人に、今一度抜刀し、今度は剣を途中で折った。本当は相手の首ごと斬ってしまおうかと考えたが、それだといらぬ面倒を生む可能性がある。
それを目の動きだけで皇帝は確認したが、やはり表情を変えることはしなかった。それに私はゆっくりと御刀を鞘へと収めた。
「皇帝陛下、もう止めてもいいのでは?」
「止める、とは?」
「この『戯れ』を、です」
そう言った私にようやく皇帝の表情が僅かに動いた。
「『戯れ』、か……」
「ええ。見た所、そうであると気づいている者の方が少ないようですが」
「貴様、何をわけのわからぬことをっ!」
「――よせ」
中途で折れていてもおかまいなしに剣を振りかざした護衛に皇帝がそう声をかける。
それに護衛は戸惑いながら皇帝へと向いた。
「で、ですが陛下。この者をこのままにしておくのは――」
「よせと言っておるのだ。それともお主らは余の護衛でありながら余の言葉を無視するのか?」
「め、滅相もございません!」
止まった護衛に皇帝は小さく息を吐いた。
「貴様、名をなんという?」
「千影です。チカゲ・カンナギ」
「うぬがチカゲか。聞いておるぞ、珍しくもホーマ族が勇者の候補として挙げられた、と。確かに丸い耳をしておるな」
「皇帝陛下はホーマ族をご覧になるのは初めてで?」
「まさか」
皇帝は笑った。
「一国の皇帝なぞやっていると珍しいものも献上されてくる。ホーマ族も何度かその中にあった」
「女ですか?」
「美しい女も、あどけない少年もいた。が、いかんせん短命すぎる。愛でるにしても、その美が保てるのも十年くらいなもの。まるで打ち上げ花火のような連中だと思ったものだ」
「陛下のような種族からすればそうでしょうね。そちらは数百年も生き、美しさも永く続きましょう。それと比べたら私たちホーマ族など実に短い間に生まれ、育ち、子をなし、育て、死ぬ。あっという間です」
「それで? そんなホーマ族がこのようなことをした目的はなんだ? ここまできて余の命を狙っているなんていうバカげた話もあるまい?」
「ご安心を。先ほども言った通り私は陛下と話がしたいだけなのです。命を狙って、などという気は微塵もございません」
沈黙が降ってきたが、少ししてから皇帝が「良かろう」と声をだした。もしかしたら件の瞳で私の言葉の真偽を確かめていたのかもしれない。
「ここで余の命を狙っているわけではないというのは真のようだ。話くらいは聞こうじゃないか」
「ありがとうございます」
「しかし、ここは場所が適当とは思えんな」
「どこか近くに場所があるのですか?」
「……近くに文官が倉庫代わりにしている部屋がある。そこがよかろう」
そのまま皇帝が席を立ち、私がそれに続く。
装飾がされた金属製の扉を開き、皇帝が闘技場から出ると、外にはすでに何か異変だとかけつけてきていた有能な帝国兵が数人いたが、陛下はざわつきを軽く手で押さえた。
「へ、陛下、その者は……」
「何者でもない。ただ、少々話があるということでな」
「し、しかし――」
「下がれ」
一歩前に出てきた帝国兵に皇帝が凛とした声で制する。
「ただ話があるだけ。そう言っておろう?」
そう言われると帝国兵だって何も出来ないだろう。
そのまま例の倉庫とやらに向かって皇帝は歩き始めた。
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