地下の闘技場

 馬車に乗り、一体どこに連れていかれるのかと思ったら、ベネヴィオーバの中でも最も厳重に警備された城だった。

 日本の城とは違うし、ツェーフェレナのような高い尖塔が目立つようなものとも違う。

 大きな岩を組み上げて造られたように見える城は――これは町全体に言えたことだが――武骨さが前面にでてきている。それは今まで見てきた城とは違い、絢爛さと引き換えにしたようにどこか物々しさと頑強さを放っていた。

 城内に入る検問では少しだけ顔を確認されたがほとんど何もないまま通り、近くの馬留めに馬車が止まってから執事が丁寧にドアを開けてくれた。

 降りると少しむっとした熱気を感じた。町では感じなかった戦いの気配。おそらくは魔族の侵攻にあたって作られた気配がなくなりきっていないのだろう。

 そして、あちらこちらに歩哨がいるかと思えば、巡回の兵士もいる。様子からネコの子一匹の進入さえ許さないというような感じだが、常にこうなっているのか、今日という日が特別だからなのかはわからない。


「こちらでございます」


 言われるまま私は城の内部に入る。執事が先導し、城の奥まった方へと行ったかと思うと、ぽっかりと口を開けた階段を地下へと降りて行った。上へ上へ、天を目指しているかのように造られた城とは違い、この城は深く地下を何層にもして出来上がっているようらしかった。

 天然であったらしい洞窟をそのまま上手いこと利用したようなところも見られ、地下要塞、なんて言葉が私の頭に思い浮かぶ。熱気は自然と薄れたが、それは地下にもぐったからだけなのかもしれない。

 そして、何階か下に下がったかと思うと、金属製の大きな両開きの扉が現れた。そのまま執事がその取手を引く。ギギギと金属独特の音を立てて中の空間が露わになった。


「これは……」


 なんと表現すればいいだろうか?

 中へと入って軽く見渡す。純粋なサイズという意味ではそこまで広くないのかもしれないが、地下に広がっているということを考えたらかなりの規模だろう。半円形の空間に、中央には四角の舞台が用意されている。王宮の地下にあることを考えると、何か特別な闘技場か……普段は近衛兵の訓練にでも使っているのかもしれない。

 そこにはもうすでに十名ほどの人が集まっていた。ある者はまるで自分が主人だとでも主張するかのように舞台の真ん中に座り、ある者は舞台から降り、観客席との塀に腰かけ、ある者は隅で座禅をして瞑想している。

 そんな中、新たに入ってきた私にちらりちらりと視線が向けられる。男もいれば女もいるが、私が一番若いように見えた。そして「ホーマ族か」とぼそりという誰かの言葉が漏れ聞こえてきた。

 それにみなの私に集中する。が、それも一瞬のこと。

 戦いを前にしてみな各々の精神集中させているようで、ただ珍しいというだけのホーマ族できゃいきゃいと盛り上がるような気分ではないらしい。

 私はそのまま誰もいなかった壁際に寄ってふぅ、と一つ息を吐いた。

 見た限り、確かにここに集まっている連中の雰囲気はそれなりに思える。冒険者らしき者もおり、そういった中にはAランクの認識票を首から下げている者もいた。カグロダや討伐したクモ男、もしかすると勇者に比肩するだけの力を持った者も僅かだがいたかもしれない。

 が、それまでだ。

 テーロやあの虫の親玉、もっと言ってしまえば私と同じような遍歴をたどってきた者に出会えるかもしれないと微かに期待していたが、そういったあまりにもイレギュラーな人間はおらず、そういうことから言ったら彼らはあくまでもこの世界の人間らしかった。

 その後もぽつりぽつりと連れて来られる人は増えていったが、誰もいわゆる『人並』からそう大きく外れた人間はいないように見えた。

 結局、十八人目の人間が連れて来られたのが最後だったらしい。

 十八人目が連れてこられてから五分ほど経つと、私たちが入ってきた門とは違う場所から帝国軍のお偉いさんらしき人物とその使いが入ってきて、「みな、よくぞ集まってくれた」といかにも仰々しく言った。


「さて、集まってきてもらって早々で悪いが、今から貴殿らには一対一の模擬戦形式によってその力を見させてもらおうと考えている」


 そう言うと、使いの二人が壁に大きな紙が貼りつけた。

 一番左に各々、勇者候補らしい者の名前があり、そこからトーナメントの形式をとっている。別にそこに面白さを求めていたわけではないが、なんとも平凡なもので、私は少し嘆息した。自分の名前を探すと上から五つ目にチカゲ・カンナギとあったので、順調にいけば三試合目ということになるだろう。


「何か質問はあるだろうか?」


 そこで顔に大きく入れ墨をした男が挙手をし、「戦いは生死を問わずで?」と勇者と言うよりかはチンピラな質問をするが、「不可避な場合をのぞき、対戦相手に死をもたらした者は処罰させてもらう。力ある者なら相手の力を見やっての戦い方も出来るだろう」とお偉いさんは答え、入れ墨の男は「つまんねーの」とでも言いたげに首をこきりこきりとならした。

 他にも「剣士と術師では相性の問題があるのでは?」などといったものがいくつか上がったが、基本的にそういったものは考慮されていないようだ。

 いわく、先代の勇者はそういったものを超えた先にいた、とのこと。であれば今代の勇者もそれにふさわしくあらねばならないというのが言い分のようだ。


「なお、最初に言っておくが、これは御前試合である」


 最後にそう言ってお偉いさんが上方に目をやった。

 半円形の上部の少し突出した――特別な観覧所とでも呼べばいいだろうか?――場所に三人の男が見えた。その内、中央の人間が鷹揚に手を振って威を示す。

 後に撫でつけられた金髪に豪奢に飾られた衣装。両脇に従えるは槍を持った兵が二人。今はもうそれなりの年のはずだが、昔は冒険者として活躍したということもあってか老いた風には見えない。

 あれがヴィテイン皇帝か……と口内で独り言ちる。

 真偽を見分けるという瞳を持つ、言うなれば今回の私のターゲットということになる。

 今ここで……。

 いや、少しは様子を見た方が良いだろう。

 それからさっそく第一試合が始まるとあって、対戦するもの以外は舞台から下へと降ろされた。

 ただ、みなそれなりの強者であっても試合自体には興味があるらしい。壁からは離れずとも、各々自由に場所を取り、「どちらが勝つと思う?」などと面白みのない言葉を交わしている。

 ここにいるということは一応みな勇者候補。それなりの力を持っているのだろうが、そういう姿は『所詮一皮むけばただの人』という言葉が私の中には浮かんだ。


「お主がチカゲ殿だろうか?」


 ふと声をかけられ、私は壁に寄りかかっていた態勢のまま顔だけをちらりと向けた。

 身長が高く、腰には長い剣を差している優男が立っていた。


「貴方は……?」

「キール・ラドルギンという者だ」


 何か関りがあっただろうか、と思うが名前を聞いてもこれといって思い当たる節はない。

 彼がどうかは知れないが、私は冒険者として名が売れているわけじゃない。むしろこの中で言えば最も知名度が低いはずだ。

 そんな私の表情を読み取ったらしい。彼は小さく笑うと、「そう警戒しないで欲しい」と言った。


「お主はカートゥンの面々に立てられた候補だろう?」

「どうしてそれを?」

「他でもない。私がハンドの面々に立てられた候補だからさ。情報というものはどれだけ上手く隠したように見えてもどこからかしら漏れてくる」


 そんなことを言いながら彼は私の横に並んだ。


「お互い、厄介な役目を負ったものだな」

「そうでしょうか?」

「ああ。ちらりちらりとではあるが、こちらに向けて意味深な視線を向けてくる連中がいる。とは言っても、元々Aランクであった私に見覚えがある連中もいるようだがな」

「Aランク……さぞかしお強いのでしょうね」

「どうだろうな?」


 彼は困ったように笑った。


「確かにAランクではあるが、半分お飾りだ。実際、訓練でも模擬試合でもオレール殿に一本も取れたためしがない」


 オレール……頭をフル回転させて、なんとかそれが確かハンドという冒険者パーティのリーダーだったことを思い出した。

 なるほど、彼は彼で元々ハンドの面々と既知で、このような場に駆り出されたということだろう。まぁ、もしかしたら彼自身少しはその気だったのかもしれないが。


「ところで、チカゲ殿は私とは違い術師だな? 女性ということは聞いていたが、話に聞いていた以上に若くて驚いた」


 対戦前に情報収集だろうか、などと思いながら「いえ」と言葉を返す。


「成りはこんなですが、剣士です」

「剣士?」


 解せない、とでも言うように相手は表情を変えたが、「会話はやめましょう」と私から打ち切った。


「強者であるならそんなことはないと思いますが、万にひとつ会話を交わすことで何かしらの情が出来ては面倒ですから」

「ふむ……確かにそれもそうだな。だが……」


 言いながら相手が右手を差し出してくる。


「もし舞台の上で相まみえることがあれば良い試合をしよう」

「………………」


 基本的にお人好しか。

 私は右手を握り返すことはなく、おざなりに頭を下げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る