ベネヴィオーバ
水の都と呼ばれたアクウァが繊細で可憐な都市だとしたら、ベネヴィオーバは朴訥としながらも黒曜石のような堅く光る何かがあるような都市だった。
「石造りの建物が多いね。なんか殺風景に見える」
「コスト子爵の領地は魔族との境界から遠かったからかもしれないわね。ここは何度か魔族の襲撃を覚悟しなきゃいけなかった場所。こういう雰囲気になるのも仕方ないように思うわ」
「その割には今はにぎわっているように感じますね」
確かに、コスト子爵の領地からたどり着いた私たちはそれまであまり感じることのなかった活気を感じることが出来た。これから戦の一つでもおっぱじめようとするかのような騒がしさに、あちらこちらから聞こえてくる威勢の良い声。
あまり美観というものを考えて造られなかったのか、家の多くはどこかごつごつとした印象を受けさせ、中には塀に寄りかかって半分寝かけている酔っ払いや、物乞いの類と思しきボロ布を着た人間が座り込んでいたりする。
かと言ってそこまで治安が悪いわけじゃなさそうで、あちらこちらにケアド軍の兵士と思しき人間が哨戒に立っていた。治安が多少良くなったザファロスという言葉がぴったりとくるかもしれない。
先ほど通った検問で長い時間を取られるかと思ったが、検問は二言三言御者と話しただけで、私たちが改めて調べられるようなこともなかった。腐っても貴族、コスト子爵の馬車だからかもしれない。
だが、だからといって自由にしてもらって構わない、という話でもなさそうだ。
町に入ってすぐにあった馬留めには向かわず、そのまま中にいるように言われ、馬車は土くれではあったが整備された道を迷わず歩き、一つの宿に馬車は留められた。さらに、そこからの手続きもコスト子爵の家の使用人だった御者が行い、私たちはすぐに上等な大部屋一つに案内された。
丁寧ではあるものの有無を言わさぬものがそこにはあった。
「皆さまにはここで数日過ごしていただくことになります」
「それは構わないけれど、自由にどうぞ町を観覧していってください、ていう雰囲気じゃなさそうね」
「おっしゃる通りでございます」
使用人は恭しく頭を一つ下げた。
「皆さまにはなるべく……いえ、可能な限り外に出ていくことを謹んでいただきたいのです。飯屋は宿屋の一階にございますし、欲しいものがあれば私におっしゃってください。可能な限り調達してきましょう」
「どうしてそんな面倒を?」
「全ては情報を機密にするため、と申し上げればよいでしょうか?」
「………………」
「近々、皇帝陛下の使いがここにやってくる手はずになっており、この地に今も続々と集まってきている勇者候補を一堂に会する機会を設けるらしいのです」
「それまで勇者候補同士が対面してしまうようなことは避けたい、ということ?」
左様です、と使用人は再び頭を下げた。
「戦いがあるのですね」
おシノちゃんの言葉に使用人が頭を下げたままにする。
無言の肯定というやつだろう。
まっさらな状態で戦いを行わせ、純粋に実力を見極めたいという心があるのかもしれない。勇者候補というだけあって、相手が剣士か術師、もしくはそのどちらも使うかの情報だけでもそれなりに価値のある情報となる。
「まぁいいわ」
そう言った私にフロースタは「えー……」とあからさまに嫌そうな顔をしたが、ここで四の五の言っていたところで何かが変わるとも思えない。
「数日の辛抱よ。国が動いている以上、そんなに時間はとらないでしょう」
「だからって部屋でじーっとしとくのはやだよ。暇だよ、暇」
「……よろしければ何か玩具の類を用意いたしましょうか?」
そんな言葉にあからさまに子供をあやすような声色があって、クスッとおシノちゃんが思わずといった様子で笑いをもらした。
「シーノー?」
「ごめんなさい。でも、あまりにも年相応なことをいうものだから」
「気を遣わないでください」
そんな二人をしり目に私は言った。
「フロースタ。貴女は強い力を得たのだから、それに見合うべき精神力がないと結局は力に振り回されるわよ?」
「そんなこと言われたってー……」
「力に振り回され、溺れるのは弱者のすること。力を持ったからにはそれに見合う心も必要なの」
そんな言葉にフロースタはしぶしぶといった様子で「はーい」と答えた。
実際、皇帝の使いが来たのはベネヴィオーバに着いてから三日後のことだった。
兵士二人に執事が一人。
どういった趣向なのか、招待状として随分洒落た一通の封筒を持っていた。
「コスト子爵から推挙されたチカゲ・カンナギという方は?」
私が手を挙げ、そのまま彼らが乗ってきた馬車へと招かれる。おシノちゃんやフロースタも乗ろうとしたが、
「勇者候補はおひとりと聞いております」と止められた。
なるほど、例えパーティーメンバーであっても同席は許さず、というのは頷けた。
パーティー全体が勇者候補であるならまだしも、実際勇者のパーティーは一人ひとりに確かな力が求められるだろう。それをパーティーが補いながら戦う、というのは勇者のパーティーとしてはふさわしくないという判断に違いない。
「いいじゃん、応援に行くくらいならさ」
「ですが、決まりは決まりですので」
「なんで? 同じ仲間を応援しちゃいけないの?」
三日の退屈に暇を持て余していたせいか、ぶーぶーと文句を垂れるフロースタに「その意見はもっともなのですが」と執事は言った。
「それでもこの度の選別はあくまで極秘裏にということなので、どうかご了承ください」
「変だよ、それって。絶対変!」
と引く様子のないフロースタに私はおシノちゃんを見やった。
彼女の瞳の奥にはフロースタとは別に僅かに不安の色があったが、そこは私を信頼してくれているのか表には出さず、一応この理由に納得しているように振る舞い、「とにかく、ここは相手に従いましょう。千影さんのことです。私たちの応援などなくてもさっさとどうにかしてしまうでしょう」とフロースタをなだめてくれた。
「それじゃあ行ってくるね、おシノちゃん、フロースタ」
「はい。千影さんにご武運を……なんて言うのは冗談にもなりませんね」
そうおシノちゃんは笑った。
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