勇者候補
「勇者候補の選別?」
そんなロキアの言葉に妙な馴染みを覚えた。
ワガクスさまによる選別。
今となっては懐かしささえあった。
「ああ。皇帝陛下がこのケアド帝国から勇者を出そうって意気込んでてね」
「前の勇者さまたちは?」
「四人組のパーティで出身はバラバラだった。けど、このケアド帝国出身の者はいなかったんだよ」
あの四人、てっきり元より同じ国か地方の出かと思っていたが、バラバラだったらしい。確かに古い記憶をどうにか引っ張り出すと、それぞれ顔つきが少し違っていた……気もする。
「そのせいで皇帝陛下は臍を噛む思いをしたところがあるみたいでね」
「今度の勇者は自国から出そう、と?」
「そういうことさ。確かに自国から勇者を出せたとなったらそれは大きな外交のカードになる」
「種族がその生き残りをかけている間でも駆け引きですか……」
「愚かに思うかい?」
「いえ。残念ながら私たちホーマ族も似たような理由で滅んだようですから」
そう肩をすくめて見せた。
「まぁいい、話を戻そうか」
そうロキアは手を左右に振った。
「勇者。その名にふさわしい者を選ぶのに近々皇帝陛下が何かしようとしているともっぱらの噂なんだ。そして、今ケアド帝国のあちこちじゃ自らの領地から勇者を出そうと必死になってる」
「それは……」
「そう、勇者を出したところには自然と一定の富と権力が転がり込んでくる。だから強者にはあちこちの領地から勇者候補として出てくれないか、という要望が多いのさ」
「そして、ハンドやカートゥンのみなさんはもちろんそこに含まれる、と」
「その通り」
話がわかりやすくてやりやすい、とロキアの顔は言っていた。
「ワタシたちはコスト子爵さまの領地から冒険者になったクチでね。おかげで子爵さまから勇者候補になってはくれないか、もしくはそれに比肩する人物はいないのかと矢のような催促を受けているんだよ」
「事情はわかりました。そこで私が勇者候補として立候補すれば良い、と?」
「そういうことだね。もちろん私の独断ってのは後々面倒になるから、こうして今からカートゥンのみんなにも話を通そうとしているわけさ。もし受けてくれるっていうんなら報酬だってそれなりに出そうじゃないか」
ふむ、と考える。
報酬など正直どうでも良い。が、勇者候補となれば皇帝に近づけるのは明らかだった。このチャンスを逃したら次はいつ皇帝とお近づきになれる機会がくるともわからない。
「わかりました」
そこでじっと話を聞いていたおシノちゃんが「受けるんですか?」と口を挟んだ。
「ええ、何かと都合が良さそうでしょう?」
「それは……確かにそう思いますが……」
「なら、受けてみようと思う」
「決まりだね」
*
そうして一週間の間にカートゥンの面々は町に集合し、こうしてコスト子爵邸で私という勇者候補の『実用性』を見られることになった。
結果、今の目の前の状態になる。
「くそ――っ!」
レオノラが剣のなれはてを地面に叩きつけ、転がしていた自分の剣を手にしようとした時だった。
「やめとけ、レオノラ」
肩をつかんで止めたのはファールだった。
「お前さんの負けだ。もしスベルクスを手に取ってみろ。お前さんがさっき言った通り殺し合いになる。そして、その時殺されるのは間違いなくお前さんだ」
その言葉にレオノラはガリガリと乱雑に頭をかくとその場に座り込んだ。そして大きくため息を一つ、自身を落ち着けるように吐き出してから、転がった剣の一端を見やって乾いた笑いをもらす。
「すっぱりと斬れてやがる。さっき、ヴェドンとやった時は妙な術法で斬ったもんだと思っていた。が、今回は違う。金属と金属だったはずだ。なのにこの有り様だ」
「レベルが違うね……。お嬢ちゃんを試す、なんてあまりにもおこがましい言葉だった」
「いつの間にか私たちも天狗になっていたってのだな。勇者たちやワガクスさまがいなくなった今、自分たちを超えるような人間はいない、と……」
「これじゃあ恰好がつかねぇぜ」
そう苦々しく言ってじろりと恨めしそうに私を見やってくるので、『全力を出せと言ったのはそちらです』なんて思いながら静かに目を閉じた。シャリ、と御刀を鳴らして鞘へと収める。
その様子にコスト子爵はハテと顔を傾げて周囲を見やって言った。
「お主らは何を言っているのだ? もうそこの娘の勇者候補としての具合は把握出来た。カートゥンのみなも納得出来るほどには勇者候補としてやっていけるのであろう?」
「……どのくらい隠してやがる?」
コスト子爵の発言を無視してレオノラが問うてきた。
薄っすらと目を開いて、「どのくらい、とは?」と質問を返す。
「さっきのが本当の全力か? それとも、それさえも上回る何かをもってるのか?」
「ご想像にお任せいたします」
「お高くまとまりやがって……やっぱり舐めてんのか?」
「レオノラ、そんな安い挑発に乗ってくれるようなお嬢ちゃんじゃないよ」
なんとも不思議な空気がそこには流れていた。
誰もこういった展開になるなど想像だにしていなかったのだろう。カートゥンの連中からしてみればあくまで自分たちは勇者候補を選別『する』側の人間だった。それが私というイレギュラーな存在はその驕り昂った天狗っ鼻をぽっきり折ったのだ。おさまりが悪くなるのは当然のことだ。
そんな中……
「本当に私たちの代わりに勇者候補として立ってくれるのか?」
そう問いかける口ぶりは冷静なもののように思えた。
「ファール、お前っ……!」
「ちょ、ちょっと待て! それはどういう意味じゃ? そこの娘が勇者候補となるのは決定事項ではないのか? だからここへと連れて来たのであろう?」
コスト子爵が慌てたように言うがファールは言葉を続けた。
「いくらかの誤算……いや、あまりに大きな誤算がこちらにはあったが、よく考えればそれだって理に適っている。私たちよりはるかに強い存在が私たちの推薦として勇者候補に立ってくれるのなら、それは喜ぶべきことだろう」
「おめぇ、もうちょっとプライドってもんはねぇのか? 散々こけにされてるんだぞ?」
「プライドで飯が食えるなら私だってもう少しはこだわるさ」
唸るような声でファールが呟く。
「だが……無駄に高いプライドだけ持っていても腹の足しにもならん……」
「そうかもしれないけど、惨めなもんだねぇ……」
ロキアが長くため息を吐きながら視線をうつむかせた。
「勇者候補として立つ。そこに嘘はありません」
私は答え、コスト伯爵は何かよくわからないが、私が勇者候補となるのに異存はないと見てほっとしている様子だった。
「コスト子爵」
ロキアが声をかけた。
「馬車を一台貸しておくれよ。ワタシたちはこの辺でサヨナラさせてもらうからさ」
「なんじゃ、お主らは泊ってはいかぬのか?」
「ワタシたちは勇者候補のお嬢ちゃんの実力を見極めて連れてくっていうのが任務でねぇ。ここでのんびりしていられるほど暇人じゃないんだよ」
「うむ、それもそうだな。カートゥンと言えばこのケアド帝国にて一、二を争う冒険者パーティ。暇なはずもなかろう。よしわかった。馬車を貸そう。そちらの娘っ子の連中はこの邸で待つということで構わないか?」
言われ、おシノちゃんとフロースタに軽く視線をやるが、その方が無駄もない。
「ええ、そうさせていただこうと思っております」
「よし、決まりじゃ。レオノラ、ロキア、ファール。手間をかけさせたな」
こうして私は正式にカートゥン推薦の勇者候補となった。
*
「しかし、実に妙ちくりんな衣装だな」
庭でのやりとりを終え、屋敷に戻って紅茶をいただいていると子爵が言った。
「ホーマ族であるし、やはり僻地の出身かね?」
「そうですね。誰も知らない小国の出身です」
「ほぅ、名を何と言う?」
「申し訳ありませんが、それにはお答えしかねます。何せ、秘密を守ってきたが故に生き延びてきた国です。もし名や場所を明らかにすれば、私よりはるかに腕に覚えのあるホーマ族がこの世に続々と出てきてしまうことになってしまいましょう」
「そ、それは困るな」
方便だったが子爵はそんな私の脅しを本気にとったのか、話題を変えて少し茶と菓子を楽しみ始めた。が、少しすると、子爵が今度は心配そうに言った。
「しかし、本当に大丈夫だろうか……?」
「大丈夫、とは?」
「もしや他の連中もお主のような隠し玉を持っているのではなかろうか?」
自分が都合よくそれなりの――と子爵は思っている――手駒を手に入れたらか、そんな心配をするのだろう。
先ほどまで愉快そうに笑っていたのに、少し冷静になったら次は臆病風に吹かれている。基本的に小心者なのだろう。
「何か他の連中の情報は入ってきていないのかね?」
子爵は近くにいた執事にそう問うが、執事は「残念ながら……」と言葉を濁した。
「皆さま此度の選別には相当神経質になっているようです。事前に情報が洩れては不利になると考えてか、情報を密にしている貴族が多いです」
「本当に勇者となれるのだろうな?」
次いで私に子爵が問うてきた。
「保証は出来かねます。絶対と言えるものはそう多くありませんので」
そんな私の答えに子爵はせわしなく手指を動かした。
「どうだろうか? この者、先代勇者と比べて遜色ないか?」
立っていた騎士団長に問うが、「それは私にはなんとも……」と困り顔をした。
「しかし、先代勇者も人の域から脱した者であったと思います。そして、私が相対したこの者も人の壁をゆうに超えています」
「だと良いのだがな……」
「それに、あのカートゥンの方々の推薦です。信頼を置くには十分でしょう」
「勇者候補から逃れるための方便かもしれぬだろう? カートゥンの連中はワシの再三の要求をなんだかんだとことごとく断ってきた。今回、替え玉としてこの少女を用意してきたかもしれぬ」
「お言葉ですが主さま。あのレオノラさまはそのようなことをなさるようなお方ではないかと……先の戦いと言い、彼女がカトゥーンのみなさまより劣っているところはなかったように感じます」
「そ、そうだよな。うむ。カートゥンの連中が認めた者なのだ。小物であるはずがないな」
どこまで小心者なんだと私は悟られぬように小さく息を吐いた。
ちょっとした茶会が終わり、おシノちゃんとフロースタ共々部屋に通されて、三人だけとなってからおシノちゃんが言った。
「でも、どうするんです? こう言ってはなんですが、勇者など千影さんらしくありません」
それにフロースタも同調する。
「そうさ。皇帝に近づけるっていうメリットがあっても、勇者なんて目立つものになってそんなに得になることがあるとは思えないんだけど」
そんな言葉に、私はベッドの一つに腰を掛けてから言った。
「勘違いしているのかもしれないけれど、私は勇者候補にはなっても勇者になる気はさらさらないわ」
「というと?」
「勇者になんかなったらいい意味でも悪い意味でも目立ちすぎる。でも、さっきの子爵の様子から見ても勇者候補は秘密裏にされてるでしょう?」
「つまり、秘密裏に皇帝に近づける……ということでしょうか?」
「あわよくばそうなれば良いな、と思ってる。実際、直に首都であるベネヴィオーバに勇者候補同士は集められるそうじゃない。しかも、それはあくまで秘密裏に。公にされることはなく、強者同士を集めてやることはそう多くないでしょう?」
「戦い……でしょうか?」
私はこくりと頷いた。
「勇者候補同士を戦わせて、最後に残った者を勇者として華々しくケアド帝国の勇者として公表する。世界……いえ、この場合ケアド帝国の結束を高めるためにもそういう手法を取る可能性は高いんじゃないかと思うわ」
「そして、千影さんはそれを利用させてもらおう、と?」
「そう。首都に集められるということは皇帝が絡んでくる可能性も高い。そうなれば利用しない手はないと思ってね」
実際、それから二週間が経とうとした時に、「各々から自身の腕に覚えありという者をベネヴィオーバに集められたし」というお達しがコスト子爵の館に届いたのだった。
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