勇者候補
冒険者組合の建物に戻ると、冒険者の数は先ほどよりはるかに増えていた。
どうやらロキアがキュバラム討伐に向かったと知って、周辺の冒険者たちが集まってきたらしい。そんな冒険者たちから「ヒュー!」と歓声と指笛が鳴り、拍手が沸き起こった。ロキアはそれがわかっていたからか、キュバラムの舌が二本入った袋を軽く掲げて見せ、それに歓声はさらに沸きあがった。
どこからか、
「な? だからキュバラム程度にロキアさんがやられるわけねぇーだろ? ほら、千ドローラよこせ」
「いくらなんでもキュバラム相手にDランクのお荷物付きじゃ、流石に断念して帰ってくると思ったんだけどなぁ……」
なんて会話も聞こえてくる。
当たり前だが、私たちに目をくれるような連中はおらず、皆がロキアに視線をやっていた。フロースタが少しばかり苛立って何かを言いたげに前に出ようとしたのでそれは私の方から止めた。振り返った彼女にゆっくりとかぶりを振ってやる。
「強者は自らそれを示そうとはしない。こういう時もゆったりと構えていれば良いのよ」
ロキアは証拠のブツとしてキュバラムの舌が入った袋を受付に差し出した。それを受け取った受付嬢が中を見て『あれ?』と不思議そうな顔をした。
「これ、二つ……?」
念のために革の手袋をして中身を取り出し、右手と左手にそれぞれ一本ずつ手に取って見比べる。
「ああ、ご覧の通り二つさ。間違いはないよ」
その言葉にしばらくぽかんとした表情を受付嬢は浮かべたが、数秒後にようやくその意味を理解したのか、素っ頓狂な声をあげた。
「――っていうことは、もしかしてキュバラムが二体いたんですかっ!?」
「ああ、面倒なことにね」
そこでさらに「すげえぇ!」と周囲からも声が湧き上がる。
―― 二体だってよ! 二体! ――
―― 一体だって俺らにはどうにもなんねぇ相手なのに二体倒すなんて化け物かよ!? ――
―― やっぱりカトゥーンの中での最強はロキアさんだって! 前から言ってんだろ? 真の強者は強さを見せびらかすようなことはしねぇんだ! ――
―― だからって、常識はずれすぎるべ! ――
そんな周囲の声が聞こえていないようにロキアは歩くと、おざなりに椅子に身体を投げ出した。壁に背をあずけ、はふぅ、と大きなため息を吐くが、そこにはキュバラムが二体いたことに対するものとは思えなかった。
「でも流石ロキアさまです」
周囲が騒ぐ中で受付嬢がロキアの元にまでやってきて言った。
「二体いたのに、難なくその二体を倒してしまわれるなんて。もういい加減Aランクへの昇格要請を受けても良いのでは?」
「残念だけどその要請は今回も断らせてもらうよ。ワタシはBランクくらいがちょうどいいんだ」
「ですが……」
「それに、重要なことをワタシはまだ言っていない」
「重要なこと?」
「ああ。そのキュバラムの内の一体を倒したのはワタシじゃないのさ」
「え?」
「一緒に付いてきてくれた嬢ちゃんたちが処理したんだよ」
「処理したって……」
意味がわからない、とでも言うように受付嬢が言葉をもらした。それに徐々に周囲の冒険者のざわめきも収まっていく。なんだなんだ、という声が、ゆっくりと端から静寂の敷物が敷かれるように消えていく。
そうして、周囲が静かになったところでロキアは口を開いた。
「深い意味は何もないさ。一体のキュバラムは確かにワタシが倒した。けど、残念ながらもう一体はそこのお嬢ちゃんたちの功績さ。ワタシは少しの手助けだってしてない」
それに、「はぁ!?」と受付嬢と周囲の冒険者が何度目かの声を上げる。
受付嬢は今更慌てたように言葉をまくしたてた。
「か、彼女たちはDランク冒険者! 今回はロキアさまがいらっしゃいましたから特別に許可を出しましたが、本来ならこの依頼を受ける資格すらないんですよ!? それなのに、彼女たちが倒したなんて……」
「考えられない?」
ロキアは自嘲するように笑ってから言葉を加えた。
「でも、事実なもんは事実だからしょうがない」
「も、もしかして本気で言っているんですか……? 冗談や嘘でもなく?」
「本気も嘘もないよ」
よっと、一度壁にもたれていた身体を起こしてロキアは言葉を続ける。
「そこで、だ。考えたんだけど、前からああだこうだと騒がれている勇者候補としてそこの変わった服装をしている彼女……チカゲちゃんを推そうと思う」
「ちょ!?」
そこで受付嬢はいっそう声を高くした。冒険者たちもどうやら何か『自分たちの予想していたコト』とは違う展開に森の木々がざわめくようにうるさくなった。
「な、何バカなこと言ってるんですか!? Aランクの冒険者だって勇者さまとして活動出来るだろうと言われているのはごくひとつまみ!
Dランクの冒険者を推薦なんてしたらこっちの気がおかしくなったかと思われます!」
「でも、実際彼女にはその素質があるんだよ」
物わかりの悪い子だねぇ、とでも言いたげにロキアがため息を吐いた。
「実力はキュバラムの舌とワタシの折り紙付き。……とは言っても、流石にワタシもそんな無茶苦茶やったらレオノルに怒られそうだし、連絡をつけて一度見てもらおうと思う。百聞は一見に如かず。きっとアナタたちもワタシの言っている意味がわかるようになるさ」
その言葉が染みわたるように周囲に広がり、建物はある種の気味の悪い静寂に包まれた。
そんな中、私は『勇者候補』というものの価値をどう使ったら皇帝へと近づけるか、と考えていた。
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