特別案件
「EからDって言われてもなんかピンとこないね」
道を歩きながらフロースタがつまらなそうに言った。
「まぁランクは二の次よ。でも、これで一応は人並みな冒険者。あんまりランクの関係で目立つことはなくなるでしょう。冒険者として大成したいわけじゃないし、有名になっても良いことはない。このくらいが私たちにとってはちょうどいいように思うわ」
「まぁ、ランクで目立たなくてもホーマ族ってことで注目は浴びちゃいそうだけど」
「それは随時上手く利用させてもらっていきましょう」
言いながら、しかしここからどう『ヴィテインの瞳』に近づいていくかが問題だと心の中で嘆息した。
トゥカノアの話によるとそう気軽に出して良い話題ではないだろうし、そのまま聞いて回るわけにはいかなそうだ。
とは言っても最低限の情報はあった方が良い。
食事ついでに寄った酒場で話を聞くと、首都であるベネヴィオーバの近くにまで魔族が迫ったのは本当のことで、一時はヴィテイン皇帝共々後方に下がった方が良いのではないかという話もあったらしい。
が、ヴィテイン皇帝はそれを拒否。魔族に対して早急に対応出来るとしてヴィテイン皇帝直々指揮を執ることとしたらしい。
ただ、この町で聞けそうなことはそれ以上出てこなかった。
港町で人の出入りが激しいからかもしれない。多くの国の情報を知るならもってこいなのかもしれないが、ケアド帝国について知ろうと思ったらまた別の町に行った方が良さそうだ。
そう考え、とりあえずここら辺で一番大きく、ケアド軍も在中しているらしい町、レオルスを目指すことに決めた。
魔族との戦いが続いている北の方がどうなっているかはしれないが、南の方は交通網が十分に生きていた。馬車に揺られること二日と少し。レオルスの町に私たちは無事に着くことが出来た。
「街並みが今までの国とは少し違いますね」
馬車の荷台から降りておシノちゃんが降りて少し周囲を見渡して言った。
家々の多くは木材と石の組み合わせで造られている。これも大山脈を境として違ってきているのかもしれない。
行き交う人々の顔は平時と変わらないように見える。魔族による脅威はあまり感じていないようだ。
今日はもう中途半端な時間になってしまっている。宿に泊まってから翌日に冒険者組合の建物へ行ってみることに決めた。
宿の一階でやっている飯屋で夕食をとっている際にフロースタが言った。
「ヴィテインの瞳。真実を映す瞳だっけ? なんか情報あるかな?」
「もし本当に私の持っている御刀が天叢雲剣の概念を宿したものなら、生半可なものが鍵となっていることはないと思うわ」
「鍵って、千影が元の世界に戻るための鍵?」
「一応はそのつもり」
そこでちらりとおシノちゃんに視線をやってから言葉を続けた。
「もっとも、話がトントン拍子に進んで仮に元の世界に戻れるとなっても、本当にそうするかはわからないけどね」
「あのツェーフェレナの結界内にいた式神さんの言っていたことが確かだとすると、千影さんのいた元いた世界はこの世界から数万から数十万、下手をしたら数百万年も昔の世界ということになりますよね」
「でも、今更……戻ってどうするつもりなのさ?」
フロースタが口に肉を頬張り、飲み下して言った。
「シノもいるんだし、この世界で楽しく生きていけば? 千影なら冒険者でもなんでも十分稼いでいけるでしょう?」
「そう考える時もないわけじゃないわ」
「千影さん……」
「けど、いざこうしてみると、どこか釈然としない……何か元の世界でやり残したことがあるようにも思うのよ」
「………………」
「この辺り、テーロも同じ感覚を持っているのかもしれないわ。彼女は私たち……つまりはホーマ族と耳長のフェンドゥーロの戦の際に呼び出されたみたいだけど、勝手に呼び出され、必要がなくなったら帰れ。それはあまりにも勝手でしょう?」
「でも、千影さんとテーロは違います」
同じに考えるのは我慢ならない。
そういった様子でおシノちゃんが口を挟んだ。
「詳しくはわかりませんが、千影さんはどうにもテーロに特別な想いを持ちすぎているように思います」
「そう言われたら元も子もないけど、彼女にどこか似た感じを覚えるのは確かなのよ」
おシノちゃんの言葉に私は少し苦く思いながらも言った。
「元の世界に戻るにしてもこの世界に留まるにしても、何があったかくらいは把握しておきたいの。単なる私の我がままって言われたらそれまで。だけど、それでも今この世界で私を呼び出した存在がいるってことは事実なんだもの。
せめて呼び出されたことに何の意味があるのかくらいは知っておきたいっていうのが本音」
「じゃあこの旅は千影が誰に呼ばれてこの世界に来たのかを探し求める旅ってこと?」
「あえて目的をはっきりさせるならそうなるわね」
「そう言われても私は……」
思わずというようにおシノちゃんが言葉を発する。
私とフロースタの視線を受けて、少しこの先の言葉を言うのは若干はばかられるようだったが、結局ポツリと独り言を呟くように言った。
「……私は、千影さんと共にあれるのなら、それだけで十分生きている意味があると思ってしまいます」
「おシノちゃん……」
「確かに千影さんがどうしてこの世界に呼び出されたのかを知りたいと思うのは当然かもしれません。けれど、それで危ないことになるなら止めて欲しい……そう思ってます」
「何さ、惚気てくれちゃって」
そんなおシノちゃんをからかうようにフロースタが笑う。
「私はこんな性格だからさ、そこまで深く考える必要があるのかな? って正直思っちゃうよ。ただ、今は千影やシノとこうして旅をしているのが楽しいし、それになんかの意味があるならやっといても良いと思う。それだけだよ」
「そう言ってくれると気が楽ね。私も実際、おシノちゃんやフロースタと旅をするのは楽しいもの」
「それは……私だって楽しくないと言ったら嘘になります。今まで知らなかったことがたくさんあって、それを知っていくことは純粋に面白いと思えますから」
「なら、息も詰まっちゃいそうな空気はナシナシ。楽しもうよ、今っていうこの瞬間を。目的や意味なんて後から好きなだけつければいいんだから」
そう言うフロースタがたくましく思えた。
実際見た目では彼女は私たちの中で最年少だが、中身は何万年も生きていた精霊なのだ。私やおシノちゃんより幾分も悟っているのかもしれない。
*
翌日、私たちは冒険者組合の建物を訪ねた。
掲示板に貼り付けられた依頼は主にEからDランクの冒険者向けの弱い魔族討伐の依頼やボディーガードの依頼が多いように見えた。大々的な魔族討伐はケアド軍に任され、軍隊が動かせないような任務を冒険者が担っている。あえて言うならそのように感じた。
実際、建物にはそこまで冒険者はいない。私たちが掲示板を見やっている間も、この辺りで見ない顔だからか、どこかうかがうような視線が少しあるだけだった。
さてはて、ここから『ヴィテインの瞳』に繋がる何かが得られるようなものがあるのかどうか。ぱっと見た感じでは依頼をやたらめったら受けるより、依頼とは別のアプローチをして情報を集めた方が良さそうな気もする。
と、そんなことを考えていた私に不意に声がかけられた。
「ねぇ、そこのお嬢ちゃんたち」
見やるとBランクの認識票を首から下げた女性が座っていた。
二百を幾ばくか超えたくらいの年だろうか? 切れ長の目につばが広がった独特な帽子。認識票こそBランクであれど、それをそのまま受け取るのは早計に思えた。
実際、彼女が私たちに声をかけてから明らかにこちらに向けられた視線が増えた。と言うより、酒場を兼ねた一階にいる連中ほとんどが見ているような感じがする。
この雰囲気……おそらく彼女はBランクと言えど只者じゃないのだろう。
「この辺りじゃ見かけない服装だねぇ。どこから来たの?」
「ヴィナートです。港町の」
「その前は?」
「その前はツェーフェレナ聖教国に。船でやってきたんです」
「へぇ、偏屈国家からの冒険者とは珍しいじゃないか」
彼女はからりと言って言葉を続けた。
「……でもそれだけじゃない。どっか不思議な感じがするね、貴女たちからは」
「あぁ、それはたぶんこれのせいでしょう」
言って私は髪で隠していた耳をあらわにした。
瞬間、彼女は目を丸くしただけだったが、他の連中が一気にざわついたのがわかった。
あまり大人数ではないからざわつきはすぐに収まり、それが静まってから彼女は前に垂れた髪を横に流して静かに言った。
「その丸耳……ホーマ族かい」
「はい。世にも珍しいホーマ族です」
おどけたように言うと彼女は、ふふっ、と僅かに笑った。
「ごめんなさい。アナタたちのことを笑ったんじゃないの。単にアナタたちが入ってきてから空気が変わったのがわかったのよ。
だから名うての冒険者かと思えば首から下がってる認識票はDランクじゃない? ワタシの感覚が何かしら狂ったのかと思ってたんだけれど、そういうわけじゃなかったみたいだねぇ」
そこまで言って女性はハッと気づいたようだった。
「ちょっとお待ち。ツェーフェレナから来たといったわよね? あそこはホーマ族は禁忌の種族。聖教隊に……いや、普通の国民に気づかれたってヤバいはずよ。それをどうやってやり過ごしてきたの?」
そんな質問に私は人差し指を立てて唇の前に持っていく。
「それは内緒です。手の内を全てさらけだすわけにはいきませんから」
そんな私の誤魔化しに女性は一瞬きょとんしたが、少ししてから「なるほど、確かにそれはそうね」と目を細めながら独特の笑みを浮かべた。
「よし、気に入った」
「気に入った?」
「ああ。面白いパーティじゃないか、アナタたち。ワタシはロキア。カートゥンっていう冒険者パーティに属してるわ」
「カートゥン?」
それはつい先日に聞いていた冒険者パーティの名前だ。
「それでは他の二名もこちらに?」
「あら、ホーマ族にまでワタシたちの名前が知られているなんて光栄ね。でも、詳しくは知らない……っていうのはしょうがないか」
女性はそうくすくす笑った。
「自分で言うのもあれだけれど、カートゥンは変わったパーティでね。普段はそれぞれ単独に動いてるのよ。それで何かあった時や定時の集会の時にだけ集まるの」
「それってパーティって呼べるの?」
「そっちのちびっこい子もDランクの冒険者かい?」
フロースタの質問には答えずにロキアは私に問うてきた。
「ええ、自慢のパーティメンバーです」
「すごいわね。多少幼い冒険者ってのはいるものだけれど、そっちのお嬢さんくらいでDランクなんて初めて見たわ」
「聞いてればちっこいのなんだのって言うけど、私はこう見えても――」
精霊だ、と言いたげだったが、その前におシノちゃんがフロースタの口を押え、「面倒なことはナシです」と小さく言った。
「良いね、面白いパーティは大好きなの。どうだい? これも何かの縁。ひとつ、一緒に依頼でもやらないかい?」
「依頼ですか?」
「まぁ、そう大業に考えることはないよ。散歩に付きあっておくれ、と言ってるのと変わらないさ」
ロキアはよっ、と身体を起こしてやや短めな豪奢な杖をクルクルと器用に回した。
「どうしますか、千影さん?」
小声で聞いてくるおシノちゃんにこそりと言葉を返す。
「カートゥンはこの国で相当に有名なようだし、少しでも皇帝なんて存在に近づくには知己になっておいて損はない気がするわ」
答えてからロキアの方を見やり、「私どもで良ければお付き合いいたします」と言った。
「決まりだね」
ロキアはそのまま受付に向かうと、「例の特別案件、まだ残ってるでしょう?」なんて言っている。
特別案件。
依頼の掲示板に載せられた平々凡々なものをそのまま受けるとは思っていなかったが、こういった具合に信頼を置かれているとなると、やはりその実力はBランクを大きく超えていると考えて良いだろう。
実際、「いよいよか」なんて声がちらほらと周囲の連中から聞こえてくる。どうやら彼女の専任とでも言うべき依頼がここにはあるようだ。
「ええ、残ってますよ」
受付の女性はその『いよいよ』が楽しみなのか僅かに笑みを浮かべてから一枚の紙を渡し、ロキアはそれを「そうそう、これこれ」と受け取ってにんまりと笑った。
「ついにやる気になったんですね」
「まぁね。今日はホーマ族なんてレア種にも出会えたんだしちょうどいいんじゃないかと思ってね」
「でも、ロキアさん、大丈夫ですか? 彼女たちはまだDランク冒険者のようですけど……。ホーマ族であっても、そこまで強さが大きく違ってくるとはあまり……」
「思えない?」
そんな受付嬢の心配そうな問いかけにもロキアは笑った。
「大丈夫。ワタシの見立てじゃあの三人はDランクなんて柔なものじゃないわ。特に……そこのアナタ」
私が手で示される。
「移動の時の重心のバランスに、ここに入ってきてからの所作。只者じゃないわね。Cは当然、Bランクはあってもおかしくないと思うわ」
「それはまた過分な評価ではありませんか?」
「こう見えても人を見る目はある方だと自負してるのよ。それで、これが依頼の内容。どう、ご一緒してくれる?」
渡された紙を見やると、キュバラムという魔物一体の討伐が依頼のようだ。聞いたことある? という風に私はおシノちゃんやフロースタを見やるが、彼女たちは小さくかぶりを振った。
「でもロキアさま」
「ああ、さまづけなんてやめて頂戴な」
「なら、ロキアさんで」
言って改めて発言する。
「この依頼は最低ランクがCランク以上。それもCランクなら九名、ロキアさんのようなBランクですら五名からが推奨となってます。本当に大丈夫でしょうか?」
「大丈夫。もし万が一のことがあってもワタシがアナタたちを守ってあげるから。最悪でも逃げることくらいは出来るわよ」
大した自信だ。それに見掛け倒しの大言壮語ということもありそうにないし、それを知ってか受付の女性もこれ以上特に異論を出すつもりはないようだ。
「それでは、私たちで本当に良いのであればお供いたします」
私はそう答えた。
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