次のランクへ

 建物を出て、もらった紙を太陽に照らして見る。薄くないそれは太陽の光をある程度遮るほどに上等なものだった。


 せっかくの推薦状。悪目立ちしてしまうのはあれだからと今までランクにこだわってこなかったが、今回のようなことがあればそれはそれで逆に目立ってしまう結果になる。

 なら、悪目立ちせず、普通程度のランクを持った一般的な冒険者になった方が良い。そう考え、私たちは素直にランク上げのために冒険者組合の建物へ向かった。


 幸いこの国において冒険者は価値のある存在として認められているらしい。港町にある同じ冒険者組合の建物と言ってもその様子はツェーフェレナのものとは幾分も違っていた。

 同じ三階建ての建物で木材と石で造られているが威厳が違う。

 雄々しく、白い壁は手入れが行き届いているようで汚れはほとんど見られない。木材が痛んでいるようなところもなく、かと言って新しく出来たばかりというような雰囲気もない。もうかなりの時間そこの主として鎮座しているというのがわかった。軒先ではためく旗の龍も力強い。


 中に入るとその活気もツェーフェレナとは違っていた。満席とまではいかないが、それなりの数の冒険者が酒場の方で飲み食いし、若い店員がテーブルの間を行き交っている。



「ここでは冒険者というだけで白い目で見られるようなことはなさそうですね」



 ほっとした様子でおシノちゃんが言った。

 依頼の方も結構な数があるが、今はそれが目的じゃない。真っ直ぐに受付にいき、「こういうものをもらったのですが」と出すと、一瞬『おや?』という顔をされたが、すぐに「推薦状によるランク上昇ですね」と対応してくれた。



「久しぶりに見ました、推薦状によるランク上昇の冒険者さんなんて」

「そうなんですか?」



 長いことつけていたEランクの認識票を窓口から返し、それを受け取ってから受付の女性は淡々と必要な手続きを始めながら言葉を続けた。



「今の時代、魔族相手に順調に依頼をこなしていればC……上手く功績をあげられればBランクにはいけますからね。もちろん、生き残れれば、の話ですが」

「そこから先……Aランクの人たちは?」

「ああいう人たちは、こう言っては失礼かもしれませんが、常人じゃありませんよ。Aランクの方たちは……そうですね、あえて言葉にするなら次元が違います。

 生まれ持った才能が桁違いなんでしょうね」



 やはりどこに行こうがAランクとはそういう扱いを受けるものらしい。



「でも貴女たちも十分凄いですよ。その若さでDランク……それも推薦状ということはそれなりの功績をあげたということですから。そっちの子なんてまだ冒険者学校に通い始めたばかりと言ってもいいのに」

「じゃあ私は才能が桁違いに入るのかな?」

「そうかもしれませんね」



 そう女性は微笑みを作り、窓口からEランクからすこしばかり上等になったDランクの認識票を差し出した。

 それを受け取って首から下げる。そのついでに次の質問を投げた。



「この国で魔族の活動はどうなっていますか? 何分、先ほどこの国についたばかりで右も左もわからないんです」

「そうですね……最近は北の方は軍と魔族が膠着状態といた感じでしょうか?

 他も少しばかり魔族に侵入を許しているところもありますが、やはり最大の戦場は北方ですね。押し返したと思ったらまた押し込まれたり。忙しいです」

「もしかして結構大変な状況ですか?」

「いえ、これでも随分領土を取り返した方なんですよ」

「そうなんですか?」

「ええ。勇者さま、さらにワガクスさままで短期間で亡くなり、北西から北にかけて大きく結界が消滅。魔族の大幅な侵攻を受け、その勢いは一時首都のベネヴィオーバにまでせまるものでした。

 正直、短期間の襲撃で苦戦を強いられていたケアド軍でしたが、ハンドとカートゥンの方々が戦いに加わってくださったおかげでなんとか今の状態にまで押し返せたのです」

「ハンドにカートゥン?」



 誰かの名前かと思ったが、方々ということはそういうわけでもなさそうだ。しかし、その口ぶりからするとこの辺りでは相当有名な存在のように思う。



「そのハンドにカートゥンというのは何なのでしょう?」

「ご存じないのですか?」



 問うと彼女は純粋に驚いたようだった。やはりこの国では知らない者はいないような存在らしい。



「生憎私どもはツェーフェレナからやってきた余所者。

 その前も僻地を転々としており、俗世のことにあまりにも疎いのです」

「そうなのですか?」



 正直に白状しても、その声にはどこか疑うような色が混ざっているように思えた。

 と、そこで今もまだ自分が式神を使っていることを思い出した。

 この際だ。インパクトがあった方が良いだろう。


 無意識下で行使していた式神を一気に解除する。と、私を含め三人の耳から余計な部分が落ちて丸耳が露わになった。

 何か落ちましたよ――と受付の女性が言おうとして、私の丸耳に気づき、動作がピタリと止まった。



「その丸耳……」

「ええ。私たちはホーマ族なんです」



 その言葉にざわりと周囲が軽くどよめいた。

 先ほどまで酒に肉にと盛り上がっていた連中もいつの間にかこちらを見やっている。店員さんの一人がお盆でも落としたのか、コーンという音がその中でやけに目立った。



「ほ、ホーマ族……?」

「ええ」

「初めて見ました……」

「僻地を転々としていた理由はご納得いただけたでしょうか?」



 その問いに受付の女性は驚いた表情のまま細かく首を縦に振った。

 珍しいホーマ族。どうせなら、と受付の女性は上の階に上がるように私たちに言って、一つの部屋へと案内し、少し待つようにと部屋から出ていった。



「やっぱりここでもホーマ族ってのは珍しいんだね」



 フロースタがソファにぼすりと座りながら言った。



「珍獣扱いされてるっていう感じもするけど」

「幻の種族と言われているみたいだからね。驚かなかったのは今までにあのワガクスという偏屈おじいちゃんだけだったと思うわ」

「あんまり思い出したくない記憶ですね……」



 少しうんざりとした様子でおシノちゃんが言った。確かにあの時おシノちゃんは一方的な拷問にかけられ、かなり痛い目をみたのだ。もう二度とあのようなことにならないように。そう思う気持ちは今の私の重要なポジションにある。

 と、ノックの音がしたので返事をすると、四百をいくらか過ぎたように見える女性と受付をしてくれていた女性が入ってきた。



「あらまぁ。本当にホーマ族だ」



 女性は入ってくるなり少しの驚きに目を開いた。

「駆け出しの冒険者だった頃に見世物小屋で各地を連れまわされていたのを見た以来だから、なんだかんだ二百年以上ぶりに見たよ」とのこと。

 さらりと恐ろしいことを言ってくれる。



「さてさて、そんな世にも珍しいホーマ族さまが、ハンドとカートゥンの連中に興味があるんだってね」



 特にそこまで興味があるわけじゃなく、単に知らないから聞いただけだったが、情報がもらえるのならもらっておくに越したことはないだろう。

 情報が武器となるのはツェーフェレナのような国家単位でも、私たちのような個人単位でも変わらない。



「ハンドとカートゥン。連中はね、まぁわかりやすくざっくり言っちゃえば、このケアド帝国で活動してる冒険者たちだよ」

「冒険者たちというと、黒鷹といったような冒険者集団なのですか?」

「黒鷹? あぁ、ゼシサバル王国で広く動いてる連中だね。よく知ってるね」

「ゼシサバル王国には少しの間いましたので」

「へぇ、そうかい」



 さして興味なさそうに相槌を打って女性は懐から煙草を取り出すと「ファイア・カルマート」と言って火をつけた。そのまま口にくわえて大きく吸ってからぷはぁと大きく吐き出す。



「そうだね。冒険者集団っていうと黒鷹みたいな大規模な冒険者集団を想像しちまうかもしれないね。

 だけど、ハンドとカートゥンはそれとはだいぶ違う。少数精鋭の冒険者が集まった小規模なパーティなんだよ」

「小規模な冒険者パーティ?」

「ハンドが三名のBランクの冒険者にリーダーでAランク冒険者のオレール・ルイゾン・ドゥケを中心としたパーティ。

 カートゥンが二名のBランク冒険者とリーダーでAランク冒険者のレオノラ・メレーヌ・ラングランで作られてる」

「たったそれだけの人数で魔族の群れを押し返したのですか?」

「そうだね。ホーマ族がランクに詳しいかどうかは知らないけれど、Aランク冒険者っていうのは一騎当千の実力を持ってるのさ。

 おまけにこの二つのパーティにいるBランク冒険者はBランクと言っても最上位。Aランク冒険者に勝るとも劣らない力を持っていると言われてる」

「なるほど……」

「実際、彼ら二つのパーティは現ヴィテイン皇帝が率いていた伝説のパーティ、ヴィールドに比肩するとさえ言われるくらいだからね」



 ようやく知っている言葉が出てきた。少しここで探りを入れてみる。



「ヴィテイン皇帝とおっしゃられると、百年ほどでこの地域をまとめあげ、ケアド帝国を建国したという?」

「ああ、その通り。ヴィテインさまになるとツェーフェレナにも話が通っているもんなんだねぇ」



 とマスターは感心したように言った。



「この周辺に魔族は?」

「ポツポツ出てくるけど、ここにも冒険者は多少いるからね。十分対応出来てるよ。

 この町はケアド帝国の軍も広く展開しているし、近くの砦町に詰め所もあるから滅多なことでは一般人の被害は出ないね」

「ということは、ここに留まっていてもDランク程度の私たちにはあまり仕事がない、ということですかね?」

「そうだね、そういうことになっちゃうかもしれないね。ただ、ホーマ族ってのは目立つから注目は浴びれるかもしれないよ?」



 そんな風にクスクスとマスターが笑う。私たちは情報の礼を言ってから冒険者組合の建物を出た。






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【個人的なお話】




 前話の方で話した文章の改行などにちょっと工夫を(?)してみました。

 今まで通り文章がスマホ等ではあまりにぎっちりと文字が埋めていた感があったので、少し改行などを意識して空間を作ったりしています。


 今後とも多少試行錯誤していく予定ですので、何かご意見等あれば遠慮なく言ってくださるとありがたいです。


 それでは、取り急ぎお願いまで。

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