ケアド帝国
入国
船着き場の桟橋にゆっくりと帆をたたんだ船が近づき、岸壁の近くに停まる。船着き場にいる船乗りに太い綱を甲板から投げ渡すと、船着き場の船乗り連中はぐいぐいと大きな船を寄せていった。
「なんだか、空気というか雰囲気とかそういうものが違う感じがしますね」
甲板に出てその作業を見やっていたおシノちゃんが言った。
「少し船着き場の様式も違うみたい。たぶんだけど、国が違うことは元より、大山脈を境に文化が異なってくるんじゃないかしら?」
とは言っても、ケアド帝国の人が使っている言葉はツェーフェレナとこれっぽっちも変わっているとは思わない。これだけ離れても言語が同じことはありがたいこと……ではあるのだが、これだけ離れた場所でも言語が全く同じということはあるのだろうか? 日ノ本ですらそれなりの距離を移動していけば方言が交じってくる。だが、ここにはそれが見られない。彼らが何百年も生きることと関係しているのだろうか?
そんなことを考えている内に船は無事に船着き場に停泊。先にツェーフェレナの兵士たちが降り、私たちは最後に降りた。
そのままケアド帝国の船乗りに誘導されるまま一つの建物に入っていく。そして、一つの部屋で待機するように言われ、私たちは特に疑問に思わず椅子に座ったのだが……。
「あ」
少し経ってから私は自分の愚かさに気がついた。
「千影さん? どうかしましたか?」
「どうもこうも……これって何のために待たされているか、おシノちゃんわかる?」
「それはもちろん。異国からの入国ですからね。検問審査が……」
とそこまで言って彼女も私がやらかしたミスに気がついたらしかった。
「……え、どゆこと?」
一人、顔に疑問の表情を浮かべるフロースタにおシノちゃんが「例の魔族の後、安穏な船旅をしていたせでボケてましたね」と言いながら説明する。
「フロースタ。今、別の部屋で検問を受けているのが誰だかわかりますか?」
「誰って、ツェーフェレナの連中でしょ? 兵士とか船乗りとか」
「そう。私たちはすでにツェーフェレナのグループとは全く別のグループとして扱われているということです」
「そうかもだけど、それって何かマズいの?」
「マズいかマズくないかと言われたらちょっとマズいわね」
私は息を吐いてから説明を続ける。
「ツェーフェレナの兵士や船乗りと同じように扱われれば、私たちの身分はツェーフェレナ聖教国が保証してくれることになる。けど、それと別のグループにされたということは……」
「ああ!」
ポン、とフロースタが手を打った。
「つまり今の私たちは誰の保証もない、よくわからない冒険者集団になるってことに……」
言いながらフロースタの言葉が小さくなっていった。
「……それってマズくない?」
「まぁ、あまり深刻なことにはならないと思うけどね。一応は公認船に乗ってきたんだから、最低限の保証はされているだろうし、人並み程度の扱いはしてくれるでしょう。けど……事前にあのゼガとかいう隊長に同じ兵士という立場で誤魔化してもらうよう圧をかけておけばもっとさくっといけたかもしれなかったのに」
「どうしますか?」
「どうもこうも、今ここで怪しい動きをしたらそれはそれで立場が悪くなるのは目に見えてるわ。この国でツェーフェレナの公認船と冒険者組合がそれなりの信頼を得ていることを祈りましょう」
「Eランクとは言え、一応私たちも一介の冒険者ですもんね。冒険者組合が大きな後ろ盾になってくれれば良いんですが……」
そうああだこうだと言っていると、『コンコンコン』とノックの音が部屋に響き、ガチャリと扉が開かれ、
「えーと、チカゲ・カンナギという冒険者のパーティは貴女たちで間違いない?」
役所の事務員とも思しき女性が顔を出した。
「ええ、千影は私で、彼女たちは私のパーティのメンバーです」
「オーケー、それじゃあこっちに来て。今から入国の手続きをするから」
その態度はあまり異質なものを扱っているようには見えない。とりあえず人道的な扱いはされそうだと安堵のため息を吐き、彼女に案内されるまま部屋を後にする。
「聞いたわよ。船乗りの連中から」
「え?」
途中、彼女は随分と楽しい話題を始めるかのような明るいトーンで言った。
「聞いたって、何を?」
「もう、とぼけちゃって」
そう笑う彼女に他意があるようには思えない。
「船旅の途中、出てきた正体不明の魔族を倒したんですって?」
「え、ええ、まぁ……」
「良いわねぇ。ツェーフェレナの隊長はなんとか自分たちが撃退したって言ってたけど、目が泳いでてね。こっそり後で船乗り連中に聞いたら、倒したのは兵士たちなんかじゃない、兵士が手も足も出なくて困惑してる時に一緒に乗っていた冒険者が倒してくれたんだって言っていたよ。ツェーフェレナの兵士連中がどうにも出来なかった相手を冒険者が倒すってのがなんともスカッとするじゃない? あんまり大っぴらには言えないけど、あのツェーフェレナの兵士ってどうしても苦手なのよね。四角四面で、何かあれば聖教会がどうのこうのってうるさいし」
そんなことを言っている間にひとつの部屋の前に着いた。彼女はそのままノックを三回、「冒険者の方々をお連れしましたー」とあまり緊張感のない声で中に言った。
中に入ると、そこはあまり広い部屋ではなく、どこか執務室のようなものに思えた……と言うより、執務室だったと言った方が正しいだろう。目の前の立派な机には細身の男が座っていた。着ている物は相当に上等そうだ。裕福な商人……いや、場所を考えるとこの国の役人だろう。
「君たちかね、ツェーフェレナの兵士と共に航海をしてきた冒険者というのは」
「そうですが……」
「ふむ……」
男はそう言ってじろりと私たちの頭からつま先までじっくりと見やり、あまり上等とは言えないEランクの認識票に目を留めた。
「航海の途中、魔族が出てきたというのは本当だろうか?」
「ええ、本当です」
「そして、ツェーフェレナの兵士たちが被害をこうむりながらそれをなんとか撃退。無事に船は守られた。部隊の隊長をしているという兵士はそう言っていたが……間違いないかね?」
「……もし仮に間違っている、と答えたならどうなります?」
「別にどうともならないさ。変わったことに私の耳には全く別の話も耳に入ってきていてね」
「それは船乗りの方々の話でしょうか?」
「ああ、その通りだよ」
言いつつ、くっくっと役人は笑うのをかみ殺すようにした。
「聖教会の兵士というのは無駄にプライドが高くて困る。冒険者に助けられたのなら素直にそう言えばいいものを、変に取り繕おうとするからボロが出る。君たちにも見せたかったよ、その魔族はどういったもので、どうやって倒したのか? 問うと、しどろもどろになり、答えも一貫しない。剣で倒したのか術法で倒したのか? それさえもはっきりと答えられなかった挙句、最後には神のご加護があったからだ、なんて言い出してね」
「わかりませんよ? 本当に神のご加護があって魔族を倒せたのかも」
「それが本当だとしたら私は今からでもツェーフェレナに移住して敬虔な信者になろうじゃないか」
笑いながら彼は机の上に置いていた紙に何やらさらさらとペンを走らせ始めた。
「まぁ、確かに倒したのは私たちですが、単に相性が良かっただけです。そんな大業なものじゃありません」
「そう謙遜するな。ツェーフェレナの第四聖隊。見るにどの兵士もEランクの冒険者に劣るようには思えなかった。そんな彼らがどうしようもなかった魔族を君たちは倒した。それは紛れもない事実なのだろう?」
言い終わるのと、ペンを走らせていた紙をこちらに向かって差し出してきた。
「これは?」
「知らないかね?」
少し驚いたように男は言った。
「冒険者は基本的に依頼をこなしていくことでそのランクを上げていく。が、私のように相応の資格を持った者からの推薦でランクを上げることも出来る」
「それは評議員の方の推薦状、というものですか?」
だとしたらあの雪山でやってもらったのと同じだ。だが、私の言葉に男は『ハテ?』とよくわからないような顔をした。どうやら的外れなことを言ったらしい。私は慌てて付け加えた。
「いえ……その、私たちは冒険者ではありますが、あまり熱心に冒険者家業をやっていると言うわけじゃなくて……」
「そうか。そういう冒険者がいてもおかしくはないな」
そう表情を苦笑めいたものに変えて男は続けた。
「評議員の推薦状は基本的に功績は何の関係もない。例え何一つとして功績がなくてもランクを上げてもらえる。が、これは別だ。こちらは相応の資格を持った有識者からの推薦状であり、そこには功績が必須となる。つまり、『冒険者としてかの者は十分な功績をあげた』ということを相応の人間が認めたもので、評議員の推薦状とは少し異なってくる」
「なるほど……」
「ツェーフェレナの第四聖隊の兵士がまっとうに戦ってEランク冒険者に負けるとは考えにくい。そんな兵士が手も足も出なかった魔族を倒したのだ。貴殿らの首にかかっている認識票はもう少し上等なものであってもおかしくないだろう」
こうして、私たちの入国は少しイレギュラーがあったが無事に叶うこととなった。
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【個人的なお願い】
作品の表示方法などについて疑問に思ったことが少々あったので、近況ノートの方に悩んでいること等を書かせていただきました。
お暇な方は近況ノートをちらりとのぞき、意見等ございましたら遠慮なく言ってくださると非常に嬉しいです。
それでは、取り急ぎお願いまで。
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