公認船

 私たちはその話をツェーフェレナ国内を結んでいる船の船乗りから聞いた。

 流石に騒ぎがツェーフェレナの本丸にまで届き、騒ぎがどんどんと大きくなっていることもあって国として公認船をケアド帝国へと向けて状況把握という名目で出航させる計画を立てたらしい。

 事情を書いた紙を鳩にくくりつけてケアド帝国へと送ったが、ケアド帝国がそれを受けてどういうアクションを起こすかもわからないし、鳩が無事に着くとも限らない。その間ただぼぅっと待ちぼうけているわけにはいかない、と判断したのだろう。

 聖教会の本部が重たい腰を上げてから話はトントン拍子に進んでいった。

 近くの別の港から聖教国の公認船がやってきて、その船には調査のためという名目で第四聖隊の兵士がずらりと並んでいた。その数、おおよそにして五十。


「船に乗せて欲しいだと?」


 少し迷ったが、私たちは食堂でガタイの良い第四聖隊の隊長と思しき人に頼んだ。あまり期待はしない方が良いと思って話しかけたのだが……


「なぜ冒険者風情を乗せねばならんのだ。我々は貴様らのような冒険者どもの下卑た金銭目的とは違う。我が聖教国にあだなす存在の調査を行いにいくのだ。冒険者などという余所者を乗せる場所などどこにもない」


 答えは大体予想していたものだった。

 この町に来てからわかったことだが、ツェーフェレナの兵士たちは船乗りたちよりはるかにツェーフェレナ聖教国の人間であるということを矜持にしている。これが普通なのか、それとも兵士たちの忠誠心が高いのかはわからないが、一筋縄ではいかなそうだ。


「もし魔族が出たらどうするおつもりでしょうか?」


 そんな私の質問に隊長はふっと笑った。


「我々は戦いを想定して十分に訓練された聖隊だ。冒険者の力などなくとも、我々で十分に対処が出来る」


 木で鼻をくくったような対応は、少なくとももう少し頭を下げれば乗せてもらえるものじゃなさそうだ。


「どうしましょうか、千影さん?」


 その場を離れてそっとおシノちゃんが聞いてくる。


「忍び込むのはそう難しいことじゃないとは思うわ。相手も一度出航してしまえば、まさか帰れとは言わないでしょう」

「それが、案外ぽいっと海に捨てられたりして」


 フロースタが冗談めかして言った。


「だとしたら、捨てられる前に全部斬り倒すわよ。まぁそれは置いといて……五十人以上の大所帯。同じフードをかぶって息をひそめていれば早々にバレるとは思いにくいわ」


 となればすることは一つ。内部工作である。

 実際、第四聖隊が乗り込むと言っても彼らが船の操舵までするわけじゃない。彼らは戦いのために乗り込むわけで、それとは別に船乗りが何十人か乗り込むことになる。

 そこで、公認船に乗り込むという船乗りたちに事情を話し、金貨を一枚二枚渡してやったら、「そういうのは困るんだけどねぇ……」などと言いつつ連中は金貨をズボンのポケットに押し込んだ。

 結局、木で作られた荷箱に私、おシノちゃん、フロースタと別々に詰められ、私たちは船に『荷物』として運び込まれることになった。試しに入って具合を確かめたが、少々狭苦しく息がしにくいのをのぞけばこれといって不具合もない。

 出航前日の夜。

 船乗りの手引きでこっそりと積み荷の中の三つに身体を隠す。


『おシノちゃん、フロースタ。苦しくはない?』

『ええ、大丈夫です』

『こっちもオッケー。大丈夫だよ』


 そのままじっと息をひそめていると、積み荷が船へと運ばれ始め、『私たち』という荷物も「よっ」という掛け声と共に動かされた。慣れた船乗りなら中身が『普通とは少し違った』モノだとわかったかもしれないが、そこにも金銭を握らせていた。と言うより、今回の航海において私たちが忍び込むというのを知らないのは実際ツェーフェレナの兵士たちだけで、船乗りのほとんどには公然の秘密となっていた。

 こういう言い方はあれかもしれないが、彼らは国から給金をもらって働く兵士ではない。稼ぐのは自分の腕次第。そういう意味で袖の下は非常に有効だった。

 積み荷として船の中に運ばれしばらくすると、『ガコン』と音がして船が動き出したのがわかった。が、流石に積み荷を置いておく場所ということで揺れが多少ひどく、自分の身体も満足に動かせないということからそういう意味では往生した。

 コン、コンコン、コン。

 その合図があったのは出航してから三十分ほどが経った時だった。

 荷の蓋を外してぷはぁ、と顔を出すと、新鮮な――もっともそれでも船内のよどんだものに違いないのだが――空気が肺から全身に回ってくれた。

 おシノちゃんにフロースタも同じように顔を出すが、おシノちゃんは少し船に酔ったのか暗がりでも顔が若干青白くなっているのがわかった。


「どうだいお嬢さんたち。乗り心地は?」

「これが二週間続くのだとしたら相当うんざりする話ですね」


 言いながらそれぞれ渡されたコップの水を飲んだ。そのついでにおシノちゃんには酔い止めの術をかけてやる。


「それで、お嬢さんたちはこれからどうするつもりだい? 話によれば兵士の連中と似たようなフードを用意してあるってことだったが、兵士さまたちは団体行動が基本にしてるようだから好き勝手に動いたらバレる可能性はあると思うぜ」

「それじゃあ、仕方がないけれど基本的にここで過ごすことにしましょうか?」

「えー、ここでぇ……?」


 フロースタが不満の声を上げた。

 相手が融通の利かない連中なんだからしょうがないでしょう、と息を吐いたその時、


「っと、そういやぁ……」


 船乗りが実にわざとらしい声色を出して口を挟んできた。


「確か船員用の部屋が一部屋空いてたなぁ……。ちょうど二段ベッドに単体のベッドが一つ。使う用途もないし、この航海の間はずっと空室だなぁ……」


 言い方が空々しい。

 しかし、背に腹は代えられない。

 金貨を一枚渡すと、船乗りは「そうそう、今からそこに用があったんだよ。誰もついてこなきゃいいんだけどなぁ」と立ち上がって歩き始めた。


「船乗りがこんなにガメツイ連中だとは思わなかったわ」

「稼げる時に稼ぐ。それが俺たちのやり方だからな。船はお天道さま次第。時にどうなるかわからねぇ。その分、陸に上がりたがってるヤツも海に惚れたヤツも金には敏感なんだ」


 フードを着ているおかげで怪しまれずに船員の部屋にまでくることが出来た。


「水や食料は定期的に持ってきてやるぜ。ただ、あんまり美味いもんは期待してくれるなよ?」


 さて、ここから無事にケアド帝国まで着ければそれでそれで問題ない。

 奇妙な船乗り失踪事件の謎が気にならないといえば嘘になるが、私たちは全ての奇怪な事件を解決して回らないといけないお奉行さまでもなんでもない。こっちの世界で起こった奇怪な事件なのだ。こちらの方々が解明するのが筋と考えてもいいだろう。

 そんな中で、私たちの初めての船旅はスタートした。

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