港町・パリセドス

到着

 カタカタと揺れる馬車にいい加減身体もこってきた。

 徒歩よりかは幾分もマシだが、それでも何日も馬車旅が続くとあちこちが痛くなってくる。

 ただ、それは私に限った話じゃない。ガタイという意味ではおシノちゃんは私よりも幾分も弱く、この馬車旅は疲れるものだったようで、今は私の右肩に頭を預けるようにすぅすぅと眠っていた。彼女の安眠を考えたら身体を少し動かすのも躊躇われる。


「千影」


 ふいに声をかけられ、おシノちゃんの寝顔を見ていた私は前に視線やった。フロースタが横を向いて窓の外に視線をやっている。私もそちらに視線を向けると、広がっている平原の奥にまぶしい青の色が見えた。

 海だ。

 そしてその横には石壁で囲われている町も見受けられた。

 ツェーフェレナ聖教国一番の港町、パリセドスというのはあれだろう。

 今でこそツェーフェレナの領土として確固のものになっているが、それまでは港を奪い合うような戦争が幾度かあったらしい。石壁はその名残だそうだ。

 右の肩ですぅすぅと穏やかな息を立てるおシノちゃんを軽くゆすると、少ししておシノちゃんはうっすらと目を開いた。


「見えて来たよ、おシノちゃん」


 私の言葉にくしゅくしゅと目をこすりながらおシノちゃんが肩から身体を起こし、小さく欠伸をかみ殺す。

 海に接している面積は結構広いツェーフェレナ聖教国であったが、ケアド帝国との交易がある港町は一番大きなパリセドスだけという話だった。

 ただ、


「ウソ……?」


 窓の外を見て、目をまん丸くさせたおシノちゃんはそんな町の石壁は見えていなかったようだ。


「千影さん……ずっと向こうまで広がっている青いのが全部、海、なんですか?」

「ええ、そうよ。まぁ私もこの世界に来て海を見るのは初めてだけどね。もし私のいた世界と同じならあれは全部塩水」

「すごい……」


 カタカタと揺れる中、おシノちゃんは窓に寄ってその広さに驚いているようだった。


「海かぁ……私も見るのは結構久しぶりだな」

「フロースタは海を見たことが?」

「あるよ。精霊でその辺漂ってる時にだけどね。この身体になってからは初めてだから、人間からはこういう風に見えるんだ、って結構感心してる。千影は?」

「一度だけね。まだ剣を握り始めて間もない頃、両親が連れて行ってくれたのを覚えてるわ」


 陸路で向かうにはケアド帝国は遠く、また、「富士の山よりも高いのでは?」と思えるほどの山が連なった峠を何日もかけて超えなければならない。話によればそれでも途中に集落が点在しており、そこを回って行商をする行商人もいるそうだったが、その数はあまり多くないらしい。やはり、最初からケアド帝国に向かうことを目標とするのだったら、もっぱら海路が主流とのことだった。


「パリセドス……思っていたより大きい感じがするね」

「そうね。流石ケアド帝国で随一の港町といった感じ。それも、想像していたものより大きいわ」


 まぁ、逆に言えばそれほど大きな港でなければケアド帝国への船が出ていないということだ。もしかするとケアド帝国とのやりとりは思っていた以上に盛んではないのかもしれない。


「次の定期便はいつ出発になるんだっけ?」


 フロースタの疑問に頭の中で聞いてきた予定を思い出す。そう数が多くないということから……


「順調に動いていれば十日前後になるかしら?」と私は言った。


 この国の船は帆船がほとんどで、人力でこぐような大型の船は少ないとのこと。風の気分によって船の運航は多少のズレがあるようだった。


「それじゃあ少なくとも一週間近くはあの町でストップかぁ……」

「今更一日二日を焦る理由もないわ。ツェーフェレナで一番の港町。面白いものもあると思うわよ?」


 未だ窓から身を乗り出さんばかりの勢いで海を見やっているおシノちゃんを見ながらそう言った。

 砂浜はあったりするのだろうか? だとしたら波打ち際まで行ってみるのも悪くない。遠くから見る海も雄大だが、近づけばまた違った大きさを感じられる。

 江戸の時分、元いた世界でのおシノちゃんは身体が弱かったこともあって海のような遠くまで出かけることはなかった。海の話は何度かしたけれど、実際には見たことがなかったはずだ。その分、今目の前にいるおシノちゃんには是非とも多くの経験をして欲しかった。

 それから数刻で私たちが借りた馬車はパリセドスの検問所までやってきた。


『聖教会認定の馬車とはまた珍しいですね』


 客車の外から検問所の兵士の声が聞こえてくる。


『中にいるお客人は?』


 窓から兵士が「失礼」と言って小窓から顔をのぞかせ、実に不思議そうなものに変えた。そのまま再び「失礼」と顔を引っ込めて、御者の方に問いかける。


「若い子女が三人……聖教会に所属する方のご息女かなにかでしょうか?」

「そういったものではなく冒険者ですよ」

「冒険者……?」


 御者の応えに兵士は一瞬きょとんとした表情を見せたが、自分の中で意味がわかってきたのか、顔を徐々に歪めていった。


「どうして聖教会認定の馬車に冒険者なんかが乗ってるんだ?」


 検問所の兵士は先ほどのうやうやしさと言葉遣いは彼方へ吹っ飛ばしたようで、うんざりとした顔で言った。


「魔族が出たっていう話がきてから、どこに隠れてたんだか冒険者がわいてきやがるってのに、聖教会認定の馬車にまで乗り込まれるとは、聖教会の本部の連中は何をやってやがる!」

「そ、そう突っかからないでくださいよ。なんでもブルー・アプレンティスさまの知己だそうで、ここまで結構な金を払ってくれた上客なんですから」

「はっ、あのお子ちゃま神官の知り合いか。となるとせいぜい遊び仲間かなんかだろう、どうせ」


 兵士が吐き捨てるように言った。

 どうも誰もが神官に敬意を払っているわけではなさそうだ。神子さまが私たちを鏡の向こうに送るのに苦労したと言った一端を見た気がした。


「おい、そっちの青髪のガキ。お前も冒険者なのか?」

「Eランクだけどね」


 フロースタが言った。


「ったく、世の中狂っちまってるぜ……。まぁいい。聖教会認定の馬車なのは変わりねぇ。身分は確かなんだろうよ」


 そう言うと、ろくに荷物の確認もしないまま兵士は塀の中へと入れてくれた。

 出入口の近くにある馬留めにロープをかけて馬車が止まり、私たちは降りた。御者がすぐに寄ってくる。


「どうも、気を悪くせんでください。聖教会の兵士さまたちはどうしても冒険者っていうのとそりが合わないらしくって」

「気にしてませんよ。このような扱いはツェーフェレナに来てからずっとですから、もうすっかり慣れっこです」


 そう言って追加に銀貨を一枚渡してやると、御者は苦い顔のままぺこぺこと頭を下げた。


「皆さんこれからケアド帝国に行くって話ですが、この時期、ケアド帝国に行く海路はちょっとばかり荒れたりするんで、どうか気をつけて」

「ええ、ありがとうございます」


 そう言って御者と別れ、私たちは宿を探すことにした。

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