乱戦

 純粋な速度ということなら今まで見た中で一番だっただろう。

 だが……


「……貴女はどうして見ず知らずの式神をかばうのかしら?」

「簡単なこと。彼にはまだもう少し聞かなきゃいけないことが残ってるからよ。加えて言うなら、私だって貴女のやり方には同調出来ないわ」


 槍の一撃を御刀で防いで、ぎりぎりと互いに力比べをする。

 その間に私は視線を式神にやった。

 彼は「すまない」とその場から退いた。


「ちっ」


 テーロが舌打ちをして槍を押し込んでこようとしたので、私はあえて受けずに後ろに跳んで攻撃をかわした。

 だが、一瞬の隙も逃すつもりはないらしい。

 テーロが槍を構えて突っ込んでくる。

 それを御刀で受ける。

 弾き、今度は私の方から斬っていくが並の斬撃ではテーロ相手には簡単に受けられてしまう。

 だが、この戦い、テーロ一人に全力で向かっていくわけにもいかない。


「――フロースタ!」


 瞬間、魔族の一匹がフロースタを全くの死角から襲おうとした。


 ――間に合わないっ!


 思った瞬間、そいつはあっという間に斬り伏せられた。

 そこにいたのは二刀を構え直した男だった。


「生憎そちらの怪物は私では荷が重い。だが、その代わりと言ってはなんだが、彼女たち二人は任せてもらって構わない」

「そう言ってくれるとありがたいわ」


 瞬時、テーロが迫ってくる。

 突き出された槍を寸前で刀で受け止める。

 キンっ、と甲高い音が鳴り響いた。


「あの式神は相応の実力者のようね」


 ギリギリと押しこみながらテーロが言った。


「まぁ、この方が貴女にとっては私一人に集中出来るかしら?」

「この前のこともあったし……多少は、貴女とわかり合えたつもりでいたんだけどね……」

「お生憎さま」


 くすりとテーロが笑う。


「元々私と貴女は生まれながらにして莫大な力を持たされた存在。慣れ合いを期待されても困るわ」

「そのよう、ねっ!」


 力で強引にテーロを弾き飛ばす。

 ざっ、と足で踏ん張りを効かせようとするが勢いを殺しきれていない。テーロの身体は大きく流された。

 確かに私がここまでやるというのはテーロとしては誤算だったらしい。舌を打って彼女は眉間のしわを深くする。

 その隙を逃さず、一気に距離を詰めて上段から刀を振るうが、そんなものでやられてくれる相手じゃない。

 槍の柄で上手く受け流される。

 返しの攻撃をかわし、二撃、三撃。斬り結ぶがどれも有効打にはなりえない。


「それにしても、どうしてこんな真似を?」

「こんな、って?」


 槍を片手で遊ばせながらテーロが細く笑う。

 嗜虐的とまではいかないものの、この戦いを心から楽しむつもりのようだ。


「あの式神の彼が言っていたように、貴女はこの星に還るだけの力があったはずよ。それをなぜ?」

「さっきも言ったでしょう? 勝手に呼び出されて、勝手に還れ? そういう人間の驕りに腹が立つのよ」


 テーロはざっと槍を構えた。


「手を引きなさい。貴女は何もせずにあの式神が私に消滅させられるのを見て見ぬふりしていればいいだけのこと」

「出来ない、と言ったら?」


 彼女はふっと笑った。


「確かに貴女ならこの状況でも問題なく切り抜けられる。けど、果たしてあの依り代と精霊風情は無事で済むかしら?」

「………………」

「ただ黙って見てるだけ。それで見逃してもらえる。悪くない提案だとは思わなくて?」


 その持ちかけはテーロにとっては真剣なものだっただろう。

 今の今に出会ったばかりの式神とおシノちゃんやフロースタを天秤にかければどちらに傾くかは決まり切っている。少なくとも私は全てを守ろうなんて考える正義の味方を気取る気はなかった。

 御刀を鞘へと納める。


「言いたいことは理解したわ」


 が、私はそのまま居合いの態勢を取った。


「……どういうつもりかしら?」

「別にどうもこうもないわよ。ただ、利用されるだけ利用され、挙句の果てに見逃してあげると上から言われて喜ぶような性格じゃないの」

「あの娘たちより自分のプライドの方が大切、ってわけ? いくらあの式神が手助けしてくれるって言っても、私が直々に転移させたてきた……言うなれば魔族のエリートたちよ? あの小娘と精霊が本当に無事に乗り切れるとでも?」

「ええ。貴女をすぐにここから退ければ私もあちらの戦闘に参加出来る。二人を助けることも出来るでしょう?」

「へぇ……」


 そう言われるとは思わなかった。

 テーロの表情が何よりも雄弁にそう語っている。


「私も随分と舐められたものね……」


 くるくると槍を回し、テーロも中段に構えた。

 空気がパツパツとはりつめ、多くの魔族が暴力の名前をここに顕現させているにも関わらず、ここだけは全くの静寂に包まれているかのような錯覚に落とされた。

 刹那。

 テーロがぐっと態勢を低くしたかと思うと、その姿を消した。

 一瞬の交錯。


<無想月影流――月鳴>


 居合いの刀。

 しかしそれはテーロの槍に受け流される。

 が、それは承知の上――


<――新月>


「っ!?」


 受け流されたまま身体をひねりこみ、居合いの勢いを加えた早さで技を繋げる。

 <新月>は返しであってこそ真価を発揮する技。<月鳴>が流されるのではなく正面から受けられていたら多大な隙を生んだだろう。

 しかし、テーロなら威力の高い居合いを受けずに勢いを流すはずだという確信があった。

 居合いの速度に加えて身体をひねりこんでからの予想のつかみにくい動き。

 流れとしてどうしても峰打ちになってしまうが、それでも威力は並大抵のものではない。


「くっ――!」


 テーロは辛うじて槍の柄を合わせたものの、確かな手応えがあった。

 大きく弾き飛ばされ、羽をつかってなんとかテーロが体勢を整えて着地する。しかし、彼女の顔は苦痛に歪んでいた。

 この機を逃すほど私はお人好しじゃない


<無想月影流――千月>。


 乱れ撃ちで一気に攻め立てる。

 致命傷にならずとも、今は彼女を無力化出来れば良い。


「貴女、どこから、これほどの力を――っ!?」


 受け切れなかった刀に再度テーロが大きく飛ばされる。

 左手を突き出して防御のためと思しき術をを展開。さらに、大型の魔族を操って盾とするように動かす。

 しかし、今の私の前にそんな魔族など何の意味もない。

 テーロも重々知っているだろうが、それぐらいしか出来ないまでに追い詰められている。

 ならば、


<無想月影流――昇月‐奔>


 下段からの斬り上げ。

 衝撃が駆け抜け、まるで海を割ったという海外の偉人のように、瞬く間に私の前にいた魔族たちが真っ二つに斬り裂かれる。

 半端に対応しようとしていたのなら彼女と言えど相当の傷を負ったはずだが……


「……逃げたわね」


 ことごとく斬り裂かれた魔族の死骸の先にテーロの姿はなかった。

 プライドを捨て、どうやら逃げの一手に徹したらしい。が、点々と血痕が残されている。テーロも何かしらの傷を負ったのだろう。

 ふっ、と鋭く息を吐く。

 この場における最大の障害は去った……が、だからと言ってここで休んでいるわけにはいかない。

 魔族はまだ大量に残り、乱戦が続いている。幸いおシノちゃんとフロースタは多少の傷こそ負っているようだがまだ十分に動けているようだった。彼女たちの修練の賜物ということもあったが、それでもあの式神の助力が大きいように感じられた。


「彼が相当の実力者なのは本当に僥倖だったわね」


 そう独り言ちて刀を鞘に納め、私は混乱きわまる乱戦の中にその身を投じた。

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