計画

「ホーマ族を飼っていた……?」


 おシノちゃんは話が見えないという様子で神子さまの言葉を繰り返した。神子さまはそれをあっけらかんと繰り返す。


「そう。飼ってたの。世にも珍しい、この世界じゃ一生に一度お目にかかるかかからないかというホーマ族をね」

「あの……それはどういう意味なのでしょう? ツェーフェレナ聖教国ではホーマ族は迫害されていると私たちは聞きましたが……」

「言葉のままよ。難しいことじゃないわ」

「……どこかで囲っていた、ということですね?」


 私の言葉に「ビンゴ」と神子さまが指をさす。


「ツェーフェレナには代々特殊な術法が伝わっていてね。異空間……とでも言えばいいかしら? そういった世界を作り上げる術法があるのよ」

「それは確か……そう、ディメンション・エクステンド。そういったものですか?」

「へぇ、ワガクスのジジイの秘術を知ってるのね」


 神子さまが「これは驚いた」という様子で言葉を弾ませる。


「同じじゃないけど、あれと似通った術法だと思ってくれて構わないわ。ただ、パクったのはワガクスのジジイの方よ。オリジナルはあたしたちに伝わってる術法で、ジジイはそれを見よう見真似でつくったに過ぎない。もちろん、出来栄えだって大きく違うんだから」

「それでも、この世界ではない世界を創り出す、というところは同じなんですね?」

「まぁね」

「そして、そこにホーマ族を住まわせていた? ……いえ、もしかすると今でもなお住まわせている」

「その通り。勘が良くて助かるわ」


 実際どう思っているのかはしれないが神子さまは鋭い目つきのまま微笑んだ。


「最初はいにしえの戦いで捕虜にしたホーマ族たちの牢替わりに使っていたっていうけど、それが本当かどうかは知らないわ。けど、事実として今その空間ではホーマ族が千人単位で生活を続けてるはずよ」

「でも、どうしてそんなことを……?」

「それはおそらくあれが目的よ、おシノちゃん」


 そう言って神子さまの胸元を見やる。


「おそらくいにしえの戦でホーマ族が使った宝玉はかなりの力があったんでしょう。その力をどうにか自分のものに出来ないかと当時のツェーフェレナ上層部の人間は画策した」

「ご名答」


 神子さまはおざなりにパチパチと手を叩いた。


「あたしたちにとって宝玉……名前はマガタマって言うらしいけれど、とにかくそれは正に未知の物体だった。常人であっても手にすれば一騎当千の力となる。戦いの中でも厄介な存在で、どれだけの仲間がこれのせいで死んだかわかんない」

「けれど、逆に自らのものとしたなら強力な武器になる」

「その通り。戦いが終わった時どのくらいの聖遺物がこの世に残ったのかなのかは知んないけど、当時のツェーフェレナの上層部はその力を独占しようと思ったのよ。だから、捕虜にしたホーマ族をそのままにし、命や生活を保障する代わりにマガタマの製造と献上を約束させた」

「そして、当初はそれも上手くいった……と考えてよろしいんでしょうか?」

「そうね」


 自身の胸元の勾玉を手に取ってちらちらと動かす。そこには強大な力が眠っているのが私にも感じられた。


「あたしが持ってるのが二つ。姉貴が三つ。それに加え、宝物庫にいくらかあるわ」

「………………」

「けど、それらは全部何万年も前に献上されたもの。年月が経つにつれ、ホーマ族が持ってくるマガタマは力を失っていった。それどころか、この千年は献上にすら来ていないらしいわ」

「それをツェーフェレナ聖教国は?」

「もちろん許さなかったわよ?」


 笑うように神子さまは言った。


「だけど、連中は今はこれが精一杯だと言うばかりで理由は何も言わなかった。当時……そうね、数千年前は拷問にかけたり献上に来たホーマ族の首を斬って送り返したりなんかしたみたいだけど、それも効果はなかったっぽいわ」

「そんな、ひどい……」

「ひどい?」


 おシノちゃんの言葉に、気に喰わないという様子で神子さまがくってかかる。


「ツェーフェレナは保護と引き換えに正当な対価を要求したに過ぎないわよ。もし聖教国が秘密裏に囲わなかったら、ホーマ族なんて今頃はとっくに滅んでるんですけど? それでもひどいって言えるわけ?」

「でも、それならさ」


 今まで聴くに徹していたフロースタが口を開いた。


「ツェーフェレナの人が直にそこに行って調べればよかったんじゃないの? なんだったらその……マガタマ、だっけ? その作り方だってわかったかもしれないのに」

「それがわからないほどバカじゃないわよ、こっちも」


 呆れたように神子さまがため息を吐く。


「明らかに力が落ちてきたマガタマを差し出すようになってから、ツェーフェレナは独自調査のために人を送ろうとした。けど、ホーマ族の連中はその時すでに異空間に結界を張っていたの」

「結界?」

「そ。ホーマ族以外の人間が通れない結界をね」


 その言葉に私は最初に訪れた集落のことを思い出した。

 私があの時、集落を守るために口にした祝詞は神々の御神力により罪や穢れを清め、祓うもの。しかし、それはこの世界で言えば『ホーマ族にとっての罪や穢れを清め、祓うもの』となる。

 なら、あの時集落が全て黒い灰のようなものに化してしまったのも納得がいった。祓い清めようとした存在が結界の中にいれば、それもろとも祓われて当然だ。

 どうやら自分とここに住む存在が異なるものとわかってから、もしかしたら、と薄々感じていたことが、今の神子さまの言葉で裏付けられたように思えた。


「この辺は昔の聖教国がホーマ族を甘く見てた落ち度ね。おかげでこの数千年は接触すらロクに出来てない。だから、そんな結界みたいな小細工をされる前にマガタマの製造過程そのものを奪えばよかったのに、それをしなかった。単に甘ちゃんだったのか、聖教国っていう名前の通りの人道的な配慮ってやつだったのか、それは今となっちゃわかんないわ」


 言い終わり、「さて」と神子さまは一つ大きく手を打った。


「ここまでくれば勘のいいあんたらは自分たちに任される使命がなんなのかわかるんじゃないかしら?」

「その結界というものの向こう側に調査に向かう……ということでしょうか?」

「三十点。調査に行って、何なら結界を壊して、おまけに聖遺物の現状がどうなってるのか、まで探ってきてくれたら百点満点。方法は問わないわ。話術でも力づくでもその辺は任せる」


 神子さまが言うが、私たちにとってはあまり嬉しい役回りとは言えないのは目に見えていた。正直に言えばあまり楽しい役回りとは言えない。完全なヒール役だ。

 が、彼女の言葉に従えば多くのホーマ族と接触することが可能で、上手いことやればホーマ族の伝説についても探ることも出来るだろう。

 だが……。

 じとりと背筋に嫌なものを千影は感じた。

 具体的に何がどう、というわけではない。しかし、まるで見えない何かが背後からひたひたと近づいてきているような不気味さがあった。

 ふと、京の町を思い出す。『仕事』をするようになってしばらくすると、敵対する組織から何度か私自身狙われるようになった。そういう時、決まってこれに似た気配を感じていたように思う。


「千影さん、どうしますか?」


 おシノちゃんの言葉にはっと我に返ったが、


「あら、あんたたちに選択肢があると思って?」こちらが何かを言う前に神子さまが嘲った。


「ここに来たからにはやるという選択肢しかあんたらには残ってないわよ?」

「……ホーマ族の現状がわからない以上、無駄なことになる可能性も高いのでは?」

「それでも何もやらないよりかはマシ。勇者の連中が死んで、ワガクスのジジイも死んだ。勇者の連中がどうだったかは知らないけれど、ジジイはその四肢にマガタマを埋め込んだ存在だった。まずまともな戦いで死ぬような相手じゃない。老いぼれてはいたけど、それでもその実力は一応あたしだって認めてた」

「なのに、そのワガクスさままで殺された」

「そう。この国はまだまだ能天気な連中が多いし、実際あたしの姉貴だってそこまで深刻には思ってないみたいだけど、強大な何かが突如として現れ、あたしたちにケンカを売るような真似をしてるってのは間違いない事実なのよ。そして、それは並大抵の力じゃない」


 その幼い外見に反して彼女はこの状況に客観的な危機感を覚えているらしかった。


「だから早いとこ状況を把握して、この膠着状態を打開しないといけないわけ。ホーマ族だってバカじゃないし、何か企んでるってことも十分考えられる。そうなったらそうなったでそっちのことにも考えなきゃいけない。勇者とジジイの件、あたしは急を要することだと思ってるってわけ」

「それではもう一つ。私たちがここでノーと言う場合はどうするのですか?」

「だからそれは私が許さないって言ってるでしょ?」

「いえ、力づくで、という意味でです」

「へぇー……」


 にんまりと神子さまが笑い、一瞬にして部屋の空気が張り詰めたのがわかった。


「あたし相手にそれが出来ると思う?」

「………………」

「あたしがただのお飾りだと思うなら今すぐにその認識を改めた方が身のためよ? 序列でこそ四位だけれど、実力で言えば私は姉貴に次ぐくらいの力があるわ。あんたたちの実力がどれほどかはわからないけれど、かかってくるって言うなら相手をしてやっても良いわ。もちろん、その場合は遠慮なくやらせてもらうけど」


 まるでそうして欲しいとでも言うかのような語調だった。

 今までの態度といい考えている計画といい、彼女はかなり好戦的な性格をしているのかもしれない。


「殺しはしない程度に手加減はしてあげるから、試しにやってみる、っていうのはありかもね。……相談するなら少しの時間をあげるわ」


 ソファから立ち上がって神子さまがゆっくりと窓の傍に寄る。

 スイッチ……とでも言えば良いだろうか? 身体を臨戦態勢にしたのか、コウコウと僅かに彼女の周囲の空気が鳴いている。なるほど、かなりの実力者であることは間違いないなさそうだ。


「……どうやら術師としての腕は私やフロースタよりかなり上のようです」

「やっぱりそう?」

「私はさておいても、才能ということで言えばフロースタの方に分があります。ただ、それでも並の人間とは比べ物になりません。それに、おそらく彼女は生まれてからずっとその術法の腕に磨きをかけてきたのだと思います。私やフロースタがあのレベルに到達するにはまだ時間がかかります」

「悔しいけどね。口だけってわけじゃないみたい」


 フロースタもそんなおシノちゃんの意見に同意するらしい。声には厳しさがあった。


「私とシノの二人がかりなら多少は張り合えるとは思うけど……もし神子さまが戦い慣れしてたら厳しいと思う」


 それはおそらく黒鷹で稽古をつけてもらったが故の発言だろう。

 戦いとは場数の勝負でもある。例え実力が劣っていたとしても経験値がそれをひっくり返すことだってザラじゃない。それを黒鷹の団員たちから学べたのなら、あの時二人に稽古をつけてもらっておいたのは大きな収穫だ。


「最近になってますます千影の凄さがわかるようになったよ。同じ単位で比べて良いのかどうかも怪しく思える」

「みなさん、冒険者ということですが戦う気は少しでもあるんでしょうか?」


 困った話になった、とでもいうような顔をしてトゥカノアが聞いてくる。並の人なら緊張で口が開けないような状態でも彼女はどこか余裕があるように感じられた。


「差し出がましいことを申し上げていただきますが、皆さんのご想像通り神子さまの力は確かです。それは同じツェーフェレナに暮らし、いくらかは貴女方より神子さまに近い場所にいるからこそわかることかもしれません」

「トゥカノアさんも多少なりとも腕に覚えが?」

「まさか」


 彼女はこの緊張状態の中でコロコロと笑った。


「確かに全くの無力ではありませんが、皆さんと並び立つには遠く及びません。せいぜい自分の身を守るのが精一杯です。ですが、危険を察する力はある方だと自負しています」

「どう? 話し合いはすんだ?」


 神子さまが振り返るその目にはある種の期待のような色さえ浮かんでいた。一戦交えるのも本当にやぶさかではないらしい。

 こんな場所で……と一瞬思ったが、ワガクスと戦った時のことを思い出す。ある一定以上のレベルがある連中には場所のうんぬんはあまり関係ないのかもしれない。


「いえ、私たちだって無用な傷は負いたくありません」

「千影さん……」

「ここはとりあえず彼女に従うことにしましょう。ここで戦ったところでメリットがあるとも思えないし、相手が相手。この国から追われるような羽目になるかもしれないような真似はしたくないわ」


 小声でおシノちゃんに言ってから再び神子さまを見やる。


「神子さまのプランに賛同させてもらいます」

「あら、思ったより懸命な判断をするのね……残念と言えば少し残念だけど。その変てこな武器をどう使うのか見てみたかったし」


 彼女が臨戦態勢を解くと明らかに空気が緩んだのがわかった。


「まぁ良いわ。それじゃあ少しの間町の宿屋で大人しくしていてもらえる?」


 そう言って彼女は自分の懐をごそごそとまさぐったかと思うと、ひゅ、と小さな皮袋を放ってきた。それをパシンと受け取る。手ごたえとして中には貨幣が入っているらしい。


「それが今回の件についての報酬、ってことにしましょう。この際額の多い少ないなんて話題がのぼるとも思えないけれど、無事にこのお仕事を終えることが出来たらそれなりの収入になることは保証してあげる」


 至れり尽くせりですね、という皮肉は言わないでおくことにした。挑発してやり取りが楽になる相手とは思えない。


「計画が出来あがり次第あんたらが今泊ってる宿に使いをやるわ」

「神子さまは私たちが泊っている宿をご存じで?」

「それを探るくらいは造作もないわよ。この町じゃ私の知らないコトの方が少ないの。だから、なんだかヤバい話だし、今渡したお金だけもらって逃げよう、なんてことは考えないことね。もうその考え自体が無駄。逃げようとしたらその時点でゲームオーバー」


 彼女はそう言いながら再び微笑んだ。

 その微笑は神よりも悪魔に愛された者が浮かべているようなものに思えた。

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