トゥカノアと神子さま

 トゥカノアと名乗った女性に驚き、封筒を取り出して渡すと彼女は「あら、まぁ」と驚いているのかどうかいまいちわからない反応を見せてそう言った。

 そのまま携帯用のペーパーナイフを取り出し、封筒に刃を入れていく。

 出てきた便せんは二枚。彼女は素早く、だけど大切そうにその二枚に書かれている文章を読んでいき、最後まで読み切ると小さく笑ってから問うてきた。


「あの子は元気にやっていましたか?」

「元気と言えば元気でした……片手に酒瓶を持って、酩酊状態ではありましたが」

「それが彼女にとって一番元気な状態ということです。もし断酒でもしているなどと聞いていたら悪い病気にでも罹ったのかと心配していたところです」


 食事を終え、一度立ち上がりかけた腰を再び落ち着けて彼女は給仕を呼ぶとデザートらしいものを四人分頼んで、改まったように言った。


「しかし、事実は小説より奇なり、とでも言えば良いのでしょうか?」

「全くです。まさか、偶然に声をかけてきた方が探し人などとは思いもよりませんでした」

「聖教会ではこのような縁をあまり偶然とは考えません。元から縁の出来る相手だったからこそそうなった、という風に考えることが多いんです。けれど、まさかこれだけ広いアクウァで互いが出会える確率というのはそうそう高くないでしょう」


 給仕がケーキの乗った皿を四皿持ってきて私たちの前に置いた。それにお礼の意味を込めて僅かな額のコインをトゥカノアが給仕に渡す。いわゆる心づけの文化がこの聖教会には根強くあるらしい。


「それで、随分面白いことが書いてありましたね」


 ケーキにフォークを入れつつ、トゥカノアが言葉を続ける。


「なんでもみなさん、聖教会に興味がおありということで」

「興味という言葉で片づけてしまって良いものかどうかは私たちも悩むところなんですけどね」


 同じようにフォークを入れ、一口食べると口の中にほど良い甘さが広がり、後から何かのハーブの香りが抜けた。なるほど、食後にぴったりのデザートかもしれない。


「そんな難題を聖教会に対して抱えているんですか?」

「それは……そうですね。一般的に言えば相当な難題と言えるかもしれません」

「端的には言えないことなのでしょうか?」

「どうでしょう……ワガクスさま絡み、と言えば一番近いかもしれません」

「ワガクスさまとおっしゃられると、ついこの間未知の魔族に殺されたという?」


 こくりと首を縦に振って見せる。


「最近になってわかったことなのですが、どうやらワガクスさまは……」


 ホーマ族について調べており、その手掛かりがツェーフェレナ聖教国にあるらしい。とそのまま口にするわけにもいかない。仕方なく、


「……とある謎を解くのに必要な鍵がこのツェーフェレナにあると考えて、秘密裏に調べていらっしゃったようなんです」そう誤魔化した。


「まぁ、ワガクスさまが?」


 それにトゥカノアはあからさまに作ったような意外そうな声色を出した。


「ご存じありませんか?」

「どうでしょう……ワガクスさまの功績は聖教国にも広く知られていらっしゃいますが、この数十年に彼がツェーフェレナに来たという話は聞きません」

「トゥカノアさんはワガクスさまと面識が?」

「一応はありました。確かにワガクスさまは七百年前のカタストロフォ未遂事件以来様々なことを調べていらっしゃって、聖教国が集めていた情報にも興味があったのは確かだと思います。これが二百年ほど前のことでしょうか?」

「様々なこととおっしゃられますがトゥカノアさんはその内容を……」


 言葉をそこで止める。どうやってもここからはホーマ族について話を踏み込まなければならなくなってしまう。

 が、見やると彼女は十分にその内容をわかっているかのような表情をしていた。

 なるほど、あの冒険者組合の女性の知己というだけあって、喰えた人じゃないのかもしれない。


「この国では禁忌に触れる。確かに口にしにくいことではあるかもしれませんね。ですが、そこでつまずいていては欲しい情報も得られないんじゃありませんか?」

「ということは、トゥカノアさんは何か思い当たるようなことがおありで?」

「多少は、といったところです」


 そう彼女は小さく微笑んだ。



 少なくとも、これ以上の話はカフェのテラスで呑気にデザートを食べながらというわけにもいかない。私たちはデザートを手早く腹の中に収めると、先ほど訪ねた建物へと向かった。

 ノッカーのついている正面玄関をトゥカノアが鍵で開き、「どうぞ」と中へと案内される。廊下が真っ直ぐに伸び、それぞれいくつかの部屋が左右に作られているようだった。資料編纂室というくらいだ。今まで長い時間をかけて集められたであろう様々な資料が保管されているのだろう。そして、そんな廊下の突き当たりが彼女の仕事場らしかった。


「少し散らかっているのはご了承ください。何分、普段は関係者以外の人を入れることがない場所ですから」


 そう苦笑しながら彼女がドアを開ける。

 前面に取られた大きな明かり取りの窓に、壁には細長い棚が設けられ、絵を描くためにまとめられたものや何に使うか見当もつかない様々なものが収められている。机には絵画の制作に必要な道具が散らかしてあった。

 そして、数少ない椅子の一つにその少女は座り、自身の爪をやすりのようなもので磨いていた。

 豪奢な装束を身に纏い、肩下まである金の髪は縦に緩いロールを描いている。


「神子さま?」


 誰だろうか、と私が思うのと、最後に入ってきたトゥカノアが声を上げるのはほぼ同時だった。

 その声に少女がこちらを見やった。つり上がったネコ目。口は一文字に結ばれてキツい印象を受ける。とは言っても、まだフロースタより多少年上といったところ。百四十歳ほどだろうか、と算段をつけた。


「神子さま?」

「はい」


 疑問の言葉を発した私にトゥカノアは言葉を継いだ。


「この水の都アクウァの第一神殿にいらっしゃる神官さまであり、ツェーフェレナにおいても神官さま方の中で序列四位。ブルー・アプレンティスさまです」


 ブルー・アプレンティス。

 彼女が序列一位の水の聖者の妹君なのかと思うと共に私はすっと目を細めた。

 少女の胸元にかけられたネックレス。そこにはあのクモ男が持っていた勾玉と似たようなものが二つついていた。同一品というわけじゃもちろんないだろうが、その衣装にあって勾玉だけが異様に浮いて見える。


「神子さま、今日はどのようなご用件でこちらに? おっしゃっていただければ私から出向いたのですが……」


 そう言うが、少女は


「べっつにーちょっと知りたいことがあっただけで、大した用事ってわけじゃなかったんだけどー……」


 言いながら、座っていた椅子から降りて私たちに寄ってくる。


「……トゥカノア、この連中、何?」とかなり横柄な感じで声をかけた。


 それにトゥカノアは「あー……」と数秒考えるような声を出したかと思うと、どこか取り繕うように言った。


「こちらは神子さまと関係があるような者たちではありません。彼女たちは町で偶然見かけた一介の冒険者です」

「冒険者ぁ? なんでまたそんな連中を?」

「はい。集めている資料の関係で少し聞きたいことがあったので」

「ふーん……」


 ずい、と私たちに寄り、そのまま見やってくる。


「………………」


 少しの沈黙が部屋に降ってくる。

 そして、「ねぇ、あんたたち」言葉を続けた。


「その耳、ちょっと見せてみなさいよ」

「っ!?」

「………………」


 おシノちゃんとフロースタは驚いたようだったが、私はなんとなくだがそう言われるのではないかと予見していた。小さく息を吐いてから、「それはお許しいただけませんか?」と言ったが、「ダメ」と神子さまとやらは即答する。


「……どうやらこのまま押し黙って許してくれる方ではないようですね」


 諦めたように息を吐いて耳をあらわにする。尖った耳は一見だけなら他の人と何も変わらないように思えるが、神子さまとやらは全てを見抜いているようで、私に近づくと無遠慮に尖った部分に触れてちぎりとった。

 式神の力でくっついているとは言っても、その力はあまり強いとは言えない。直にそんなことをされれば流石に耐えきれず、尖った耳は式神の力がなくなりただの石ころに戻ってしまう。

 それには流石にトゥカノアも驚いたようだった。


「その丸耳は……」

「やっぱりホーマ族だった」


 にんまりとした笑みを神子さまが浮かべる。


「そこの二人も、今更隠したって意味ないわよ」


 言われ、おシノちゃんとフロースタは互いに視線を交わし、私を見やってくる。私はしぶしぶといった様子で式神の使役を止め、彼女たちの元の丸耳をあらわにした。


「……見た目だけなら相応に誤魔化せると思っていたのですが?」

「はん。実に古臭った種族らしい見聞の狭さね。このあたしの名前くらいは聞いたことはある?」

「聞いたことだけなら。ただ、本当に耳にしただけですので、その他のことに関しましては寡聞にして存じ上げません」

「でしょうね。逆にこんな連中まであたしのことを知ってたらそっちはそっちで驚きだもの。ねぇ、禁忌のホーマ族さん?」

「千影さん……」

「おシノちゃん、たぶん彼女には半端な嘘は通用しないわ」


 言いながらそっと胸元を指し示す。そこにあった勾玉におシノちゃんは「あっ」というような表情を見せた。


「だーれが勝手にしゃべって良いって言った?」


 私とおシノちゃんの会話に乱暴に言葉を投げつけてくる。


「珍しいホーマが三匹……一匹のはぐれを見つけるのとはわけが違いそうね。なんせそんなちっこいヤツまで旅をしてるんだもの。村を追われた、なんてくだらない理由じゃないでしょう?」

「ちっこいって、私と大して変わんないじゃん」

「あぁ!?」


 目を吊り上げてフロースタにガンをつける。神子さまとは名ばかりでその辺のチンピラの言動だ。外見こそ麗しい少女であるもののザファロスの町なんかが似合いそうだ、などとぼんやりと思った。


「あんたら、最年長はあんたっぽいけど、いくつよ? せいぜい十七、八。二十にすらなってないでしょう? でも、こう見えてもあたしは今年で百三十二になるわ」

「なら私たちの勝ちじゃん。千影はあれだけど、私は精霊で何万――」

「――年齢ではどうにもなりません」


 ふふん、と勝ち名乗ろうとしたフロースタの言葉に重ねるように言った。こういう相手の場合火に油を注ぐだけの結果になるのは目に見えていた。


「生憎、こちらは実に短命な種族ですので」

「何その言い方、しゃくぜんとしないわね……なんか文句あんの?」

「いえ、滅相もありません」

「……まぁいいわ。さて、本当ならホーマなんて穢れた存在がこの聖教会の中にどんな理由があってもいちゃいけないのよ。ううん、この国に、って言った方が正しいわね」


 こういう神子と呼ばれる存在はもう少し大人しく、お淑やかに神々に祈りを捧げているものかと勝手に想像していたが、それは私の思い込みだったらしい。


「ここであたしが、憲兵さーん、って大声で叫んだら近衛たちがすっ飛んできてあんたたちは牢屋行き。即刻獄門打ち首晒し首かもしれないわ」

「神子さま、それはあまりにも――」

「あーもう、少し黙ってなさいよ、トゥカノア」


 うるさいコバエを払うかのような仕草をして言葉を続ける。


「で、どう? ここで儚い人生終わりたい? それとももうちょっと長く生きていたい?」

「選択肢を与えてくださるというのですか?」

「場合によっては、ね。あんたたちにとっては実に行幸なことに、あたしは世俗にまみれた意見だけで生きていこうとは思ってないから」


 そう言って神子さまはにやりと笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る