聖教国の冒険者事情
翌日、目が覚めると、隣ではまだおシノちゃんがすぅすぅと寝息を立てていた。
肌着の一つも付けていない自分の身体に昨日の交接の跡を見つけ、思わず顔が赤くなる。昨日のことは夢幻というわけじゃない。紛れもない現実で、私たちは互いにわからないなりに求め、交じり合った。
それがどれほどの快楽と幸福で、昨日まで覚えていた謎の焦燥がすぅっと溶けてなくなっていくのがわかった。
服装を整え、ベッドの中のおシノちゃんを見やる。
「………………」
これからおシノちゃんとはそういう関係になるのだろうか?
いや、そうなるべきだろう。
そこに迷いや嫌悪は一寸もない。そうなれるのだとしたら誇らしいとすら思えるくらいだ。
「おシノちゃん」
小さく声をかけると、彼女は「んぅ……」とゆっくりと目を開いた。
「千影さん……」
「先に下に降りてるね。準備が出来たらおシノちゃんも来て」
それにおシノちゃんは「はい」と応えて優しく微笑んだ。
そんな彼女の顔がたまらなく愛おしく、軽く接吻する。
「それじゃ、先に待ってるね」
部屋を出て下に降りる。昨日に感じていた熱はすっかりとなくなっていた。
食堂も兼ねている一階で待っていると、おシノちゃんがほどなく降りてきて、それから少ししてふわぁと大きな欠伸をしながらフロースタもおりてきた。そして開口一番
「千影」
「うん?」
「調子、戻ったみたいだね」
愉快そうに笑いながらフロースタにそう言われる。
「そう?」
「うん。最近の千影、ずっとおかしな感じだったけど、今日はなんかすっきりしてる気がする」
そう言われ、自然と目がおシノちゃんの方を向くが、彼女はクスクスと小さく笑っているようだった。
「ま、あえて何があったかは聞かないけどね」
「フロースタ……」
「あ、今夜から部屋は二部屋だけにする? そっちの方が宿賃浮く――」
頬を紅くしたおシノちゃんの手がフロースタの頭を軽くコツンと叩いていた。
「何があったか聞かないというなら、それ以上はご法度じゃないですか?」
「もぅ、冗談なのに……」
コホン、と私も小っ恥ずかしさを誤魔化すように咳を一つ。
「とにかく、昨日と同じやり方では収穫もあまりないでしょう。何か別の方策を考えないと」
と言ってすぐに妙案が浮かんでくるわけでもない。
少しして、フロースタがそうだ、と思いついたように言った。
「冒険者組合で何か情報は得られないかな?」
「冒険者組合ですか……」
しかし、生憎この町には冒険者組合の建物はない。宿屋の主人に聞くと、この近辺では一番大きいと言われている都市、ベネテールという町に冒険者組合の建物はあるようだ。
幸いまだ朝も早く、ベネテールへと向かう乗合馬車は出発前。乗り賃を渡して荷台に乗り込むが、中は二人の巡礼者と思しき人が乗っているだけだった。
おそらく彼らは急ぎの用でベネテールへと向かうのだろう。敬虔な巡礼者であれば付近の町々の教会を巡りながら旅をするのが一般的なようだ。
「それにしても、冒険者組合の建物もあまりないようでしたね」
定刻となり、馬車が走り出してからおシノちゃんが言った。
「ゼシサバル王国では小さな町にも組合の建物があったように思えますが、話によるとこの馬車がいくベネテールというのはかなりの規模の町のようで」
「それだけ聖教会の力が強いということなんじゃない?」
ただ、道が大きくなり、ちらほらと旅人の姿も見えるようになると、昨日と違って巡礼者じゃない人も多くいるように見えた。乗合馬車も二ヶ所の町で止まり、さらに一台馬車が加わって乗合馬車は二台となった。
「おたくたちも聖教国に場所を求めてきた口かい?」
途中、乗合馬車に乗ってきた中年の男が話しかけてきた。どう見ても巡礼者のようには見えず、大きな背嚢を見るに旅人といった感じだ。向こうもこちらを冒険者とは思っておらず、同じ旅人と思ったらしい。まぁ、三人ともあまりに若く、冒険者らしさに欠けているのはもう百も承知だった。
「ええ、そのようなものです」
「ちょっと前まで勇者さまにワガクスさま、ゼシサバルにいる間は安泰だと思っていたんだがなぁ……」
ため息を吐きながら男はそう後頭部をかいた。
「あちらこちら旅をされてきたんですか?」
「それほどでもないさ。職にありついて長く暮らした国もあれば、十年もいないで移った国もある。まぁ風の向くまま気の向くままってやつよ」
「ゼシサバル王国にはどのくらいの期間を?」
「そうだなぁ、確か五十年ちょっとだから、大したもんじゃなかったな。仕事もあったし本当なら少なくとも百年はいようかと思っていたんだが、状況が状況だろう? 三十六計逃げるに如かず。すたこらさっさと逃げてきたんだよ」
男は笑いながら窓の外に目をやる。町と町をつなぐ道はのどかなもので、ゼシサバルにいた時にあった焦燥感や悲壮感は微塵も感じられなかった。
「少なくともこのツェーフェレナは聖教国っていうだけあって結界がまだほとんど維持されてて、魔族の侵攻もないって話だろう? 俺は信心深いってわけじゃないから難しいかもしれんけど、出来れば職を見つけて少しは落ち着いた暮らしがしたいと思ってる」
その日の夕方、乗合馬車はベネテールの町へと着いた。
なるほど、ぐるりと町の周囲に堀があり、規模としては大きな町と言って良いだろう。乗合馬車の信頼は厚いものらしく、検問も早々に中に入った。
馬車を降りてぐぐっと背を伸ばしながら息を一つ。なんだかんだの長距離移動となって身体は少し凝っているように思えた。
ベネテールは特別観光地というわけじゃないが、探してみると宿屋は複数あった。とは言っても観光地でもなんでもない都市の宿屋だ。そんな豪奢なものがあるわけもなく、一つはほとんど雑魚寝をするだけの貧乏宿、残った二つもこぢんまりとした小さなものだった。なんとなくでその内の片方を選んで中に入る。シンプルな帳場に、一人の中年の女性が切り盛りをしているようだった。
「いらっしゃい、お嬢さんたち」
「部屋を頼めますか?」
「ああ、いくつだい? とは言っても多くは無理だけどね」
「三部屋は難しいですか?」
「生憎ね。三人となると……ダブルにシングルが一部屋ずつかな」
それにフロースタがにやりと笑う。
「なんだろね、運命ってやつ? ――あだっ」
そんなフロースタを赤い顔をしたおシノちゃんが再度軽く叩いた。
結局その日は遅いということもあって近くの食堂で晩御飯を食べ、翌日に冒険者組合の建物に向かうことにした。
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