冒険者組合にて
観光都市でないと言ってもこの近辺では一番大きな町だ。冒険者組合の建物をを探そうにも自力で端から端まで探していたら結構な時間がかかってしまうだろう。
というわけで、メインの通りとなっているだろう道にある広場で地元の人らしい初老の男性を見つけ、「冒険者組合はどこにありますか?」と尋ねると、彼は実に奇妙なものを見るかのような視線を送ってきた。そして、
「君たちは冒険者かね?」問うてきた。
「はい。三人とも冒険者で、昨日の夕方にこの町にやってきたんです」
「……冒険者がどうしてまた?」
深く落ちくぼんだ目が私たちをじっと見やってくる。
「この辺りで冒険者の集まりか何かがあるとは聞いておらんが?」
「いえ、私たちがここにやってきたのはただの偶然です。他の冒険者と示し合わせたようなわけではありません」
慌てて言うが、それを信じてもらえたかどうかはわからない。
昨日の酒場でも言えたことだが、どうやら聖教国では冒険者は何か腹に一物抱えた連中がやってくるとでも思っているような節があった。
そのくらい聖教会の権力が強く、また国民もそれを信頼しきっているのだろう。
ただ、「まぁどちらでもいいか」と初老の男性は息を吐き、一応の場所――そして、それは随分と町の端にあるようだ――を教えてもらってそこを目指した……が、
「これはまた……」
「ショボイね」
表現の仕方を迷ったおシノちゃんの言葉をフロースタがばっさりと切った。
それなりの大きさ町の中にあって、冒険者組合の建物はフロースタの言ったようにあまりに小さくみすぼらしかった。町の端も端にあるせいか、ここだけ全く別の寂れた何かがが強引にねじ込まれてきたかのような印象さえ受ける。
石と木を組み合わせた建物は念入りに掃除されたというわけじゃなく、むしろ長年無人のまま放置していたかのようなうらさびしさがあった。満足に修繕することも出来ないのだろうか? 窓枠にはめこまれている窓にはヒビが入っているものすらある。あとちょっとの衝撃を与えただけで割れて四散してしまいそうだ。
端の方など腐りかけているのではないかと思う扉に触れ、『ギィ……』と甲高い音を立てながらそれを開けると、むわりとした嫌な熱気と独特のニオイがした。
おそるおそるという様子で中へと入っていく。と、
「あっれー、めっずらしいー。お客さんだー」
ケラケラケラと半分笑ったような陽気な声が聞こえ、見やると受付と書かれたカウンターの中にいた受付嬢が私たちを見やってにんまりとした。そして、片手に持った酒瓶を豪快にあおり、「んっ、んっ、んっ……」と飲み干し、「ぷはぁー、染みるねぇー……」などと言ってヒックとしゃっくりを一つ。この時点で私は半分頭痛がする思いだった。
「っとぉ……見た所、冒険者っぽくないけど、どんな御用かな? かな?」
これは完全な酔っ払いである。果たして話す価値があるのかどうか、と思案している間に隣にいたおシノちゃんが一歩前に出て口を開いた。
「すみません。聖教会について知りたいんです。ここなら何か情報をお持ちじゃないかと思って……」
「聖教会について知りたい? それって入信希望とかそういうの? だったら教会に行った方が早いよ?」
「いえ、そうではなくて……その、もっと聖教会について客観的な感じで……」
「端的に言えばどういった組織構成をしていて、頂点には誰がいるのか、上部組織、下部組織がどのような具合になっているのか、末端にはどういう人間がいるのか、ということを知りたいんです」
しどろもどろになったおシノちゃんの言葉を継いで私は言った。その私の言葉に何がしかを感じたかはわからないが、受付の中の女性はにやりと口を笑わせた。先ほどの酔っ払いからは数段まともな状態になったように見受けられる。
「ふむ、聖教会なる組織について知りたいってのは、随分変わったこと言うね」
「そうですか? 自分の知らない組織について知りたいと思うのはある意味当然のことだと思いますが」
「そうかもしれない。けど、聖教国に来る冒険者って大抵、冷遇されるのわかってるし、相手も警戒しているって知ってるから、最初から距離を置くんだよ。それを、こういう風に遠回しとは言え、相手のことを知ろうっていうのはちょっと珍しいかな」
「冒険者組合と聖教会は対立しているのですか?」
「いや、対立って言ったらちょっと言葉が悪いね。表立ってケンカしてるわけじゃないよ。君たち、まだ若いけど冒険者なんだね」
言いながら女性は立ち上がると、酒瓶をカウンターに置いたまま歩いて中から出てきた。上背は私より少し低い。けれど、先ほどの酔っ払い様がウソだったかのように体幹が安定している。結構な使い手のように感じた。
「ただ、この国は魔族が出てこないからさ、仕事って言うと賊からの護衛とかになるんだけど、それは冒険者にも依頼されるような内容でしょ? それで、どうしても同業者に対しては敵対的になっちゃう。それで、この国に住んでいる人の九十九パーセント以上は何か困りごとがあったら冒険者組合じゃなくて聖教会を頼る」
「そうなんですか?」
「あれ見ればわかるでしょう?」
女性が指し示した壁に、はて、と思うが、少ししてそこが本来なら依頼が貼り付けられる掲示板だと気がついた。今はゼロ。要するに冒険者に対しての用事はない、ということだ。
カグロダが「肩身が狭い」と言った意味を身をもって知る。
「観光とかなら首都のネフィリアの大聖堂とかすごいよ、って言えるんだけど、そういうのじゃなくて組織について知りたいって言われると困っちゃうね」
「大体でもわかりませんか?」
「そうだねぇ……」
言いながら女性はカウンターの中に戻ると、紙を取り出し、ペンをさらさらと動かして図を描いていた。
「ざっとまぁ、こんな感じかな?」
五分ほど経って差し出された紙には組織図とも思しきものがあった。
「聖教会って一口に言っても、それぞれ大きくグループが分かれてて、得意分野がある。もちろん担当していることも違う。第一聖隊から第八聖隊っていう組織があって、それとは別に特殊なものに対応するものが……いくつだろ? 私もよくわかんないや。けど、とにかく秘密裏にされてる部隊がいくつか。そしてそれらをまとめる上位に大聖教っていう組織がある。そこには序列一位から十位までの大神官さまがいて、それぞれ部隊を従えてる場合もある」
おシノちゃんとフロースタに目をやるが、二人とも軽くかぶりを振った。知らなかったようだ。
「知らなくて当たり前だよ。こういうの、機密だもん」
私たちのアイコンタクトに女性がへらへらと笑った。
「宗教ってのは秘密と隣り合わせなところあるからね。組織によっちゃ公になっているようなこういう些細なもんでも秘密裏になってたりするのさ」
「……それでは、なぜ貴女はそれを?」
「それは簡単な話。私が元々聖教会の出身だからよ」
女性と視線が交錯し、ピンと空気が弦のごとく張り詰めたのがわかった。そこには数多のやり取りを視線だけでやってきた強者の色がある。
こちらの真意を覗き込もうとしてくる視線。
抗おうと思えば抗える。
だが、今の私は抗うような理由はない。別に何も聖教会にケンカを吹っ掛けようとやってきたわけじゃないのだ。
すると、それら全てを見通したらしい女性はにへら、と先ほどの酔っ払いの顔つきに戻した。
「ま、聖教会出身って言っても第三聖隊の下っ端なんだけどさ」
張り詰めていた空気が弛緩し、無意識の内に緊張していたらしいおシノちゃんが安堵の息と共に疑問を口にした。
「でも、どうして聖教会にいたのに今は冒険者組合に?」
「追い出されたんだなー、これが」
にゃはー、と酒瓶を持って首をかしげるようにする。
「追い出された?」
「元々聖教会で過度な飲酒はご法度。出来れば儀式の時に出された時にだけにしろって言われててさ。けど、私は残念ながら水の聖女さまよりお酒の方を愛しちゃったわけ。で、この様になったのを冒険者組合に拾ってもらったの」
「水の聖女さま?」
酒瓶に頬ずりをする彼女に問うた。
「ああ、さっき言った大聖教の序列一位の大神官さまのこと。すっごいお偉いさんだよー」
今の話を聞くに上層部であるが、かと言ってワガクスがホーマ族について探っていた……ようするに情報源としていた相手かどうかはわからない。トップはお飾りのようなもので、二番手三番手の人間、もしくは全く別の方面の一組織が実権を握っているという例は腐るほどあるだろう。
「水の聖女さまにお会いする方法はあるんですか?」
それでも、という様子でおシノちゃんが問うと、女性は一瞬きょとんとしてから、ケラケラと笑った。
「まっさか。一般人が会える存在じゃないよ。というより組織の人間だってお目通り出来ない存在だね。実際、私だって遠目に見たことが一回あるだけだもん」
そう彼女は笑うように言った。
*
話もそこそこに冒険者組合の建物を出る。結局、成果は紙に書かれた聖教会の組織図のみ。いや、もしかしたらこれも大きな成果と言えるかもしれない。少なくとも何かしらの知己がいなければ聖教会の何がしもわからなかっただろう。
「とりあえずこの町で他に出来そうなことはなさそうですね。首都のネフィリアに行ってみて、そこから次の手を考えましょうか?」
「確かに一番の町なのだから有力な何かはあるかもしれない。けど、それだけ障害も多いように思うわ。相手は神同様に信仰されてる相手。ただの冒険者風情が面会するのは無理があるでしょう」
こちらが今の時点で握っている情報を示したらどうだろうか、と思案する。
テーロをはじめとして、魔族や精霊、三英雄であったワガクスの件も機密と呼べるものかもしれない。それを伝え、面会を申し込めば……。
だが、どういう風に接触する?
一瞬の考えに私は心の中でかぶりを振った。
一応は機密とはいえ、それ相応の人間に相手をしてもらえなければデタラメを言っていると思われてもおかしくない。適当にあしらわれる可能性の方が高いだろう。
さてどうするか、と考えるとフロースタが口を開いた。
「それじゃあ、いっそのことバラしちゃう、とかいうのはどう?」
言いながら式神で尖らせた耳を軽く引っ張って言った。
「それも一考かもしれないけど……」
脳裏に砦で囚われ、散々に痛めつけられたおシノちゃんのことが思い出される。
あの時はどうにかなったか、今回も切り抜けられるなんて保証はどこにもない。
自分の力が半端なものではないことぐらい理解出来る。それは多少国を動いたくらいで急激に弱まるなんてことはないだろう。だが、それでフロースタ、ましてやおシノちゃんも守り切れるとは限らない。
例え強大な力を持っていても、時には守り切ることが出来ないことがある。
それはあの幕末の日ノ本で嫌が応にも感じたことだった。
「どういう扱いを受けるかわからない状態では避けたいわね」
ゼシサバルでは散々利用させてもらったホーマ族という肩書きだが、ここでは話題とすることさえ禁忌とされているものだ。
話題になるのは確かなように思えるが、それが良い面、悪い面、どちらに転がるかは未知数としか言いようがない。
と、その時、「あーよかったよかった。まだいたねー」と先ほどの受付の女性が建物から出てきた。
「どうかしたましたか?」
「いやね、ちょっと忘れてたって言うか、もし聖教会のなにがしかが知りたいならこれ受けてくれないかな、と思ってさ」
「これ?」
差し出された紙には国境近くでの魔族調査の旨が書かれていた。
ここからちょうど来た道を戻る形で数日ほど馬車で行ったところだろう。
「この国は聖なる力に守られているから、魔族は入って来られないのでは?」
「にゃはは、そうイヤミ言わないでよ。私はソレは信じてない口だからさ」
「そうなんですか?」
「流石にね。逆にそういう話をマジで信じちゃってる人もいるから、聖教会も魔族に対しては人一倍敏感でね。こういう調査も今までは勝手に聖教会がやってたんだけど、最近このツェーフェレナにも信者以外の人が流れてきてて、そういう人にとってはそんな胡散臭い噂を流す聖教会より冒険者の方に信頼を置いている人も当たり前にいてさ、聖教会から冒険者組合からも調査のための人員を出してくれって言われてて往生してたんだよ。ほら、この国で動いてる冒険者なんてほとんどいないでしょう?」
「なるほど、そういう事情ですか」
「お願い! ひとつ、人助けだと思って受けてくれないかな?」
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