交わり

「ほら、出てった出てった冒険者風情が!」

「聖なるお力の何がしかも知らないような凡俗に話すことなんて何一つとしてないんだよ!」


 そう言われ半ば無理矢理という形で酒場から追い立てられる。

 そして、外に押し出したとなったら、男の店員は『もう二度とその面を出すなよ』という言葉をこめるかのようにして扉を閉めた。


「もう! なんなのさ!」


 そんな扱いにキーっとフロースタがわかりやすく怒る。

 別に私たちは何をしたわけでもない。町で一番栄えていると思しき飯屋に入り、暇をしてそうな店員と客に「自分たちは冒険者なのだが、聖教会とやらについてちょっと教えて欲しい」と言っただけである。

 とは言っても、もう少し雑談から始めて徐々に話題をそちらの方に持っていった方が賢かったかもしれない。店屋に入った瞬間に感じた視線。巡礼者ではないただの旅人のようにこちらのことは見えたはずだが、それでも排他的な空気で満ち満ちていた。


「別に何をしようってわけじゃないのに!」

「そう言わないの。あのカグロダが肩身が狭いって言っていたんだから、このくらいのことは覚悟しておかなかいといけなかったでしょう」

「でも、最初からこれとなると困りますね……」


 おシノちゃんの言葉に「うーん……」と首をひねる。確かにこれくらいのことは覚悟しておかなければならなかっただろうが、これでは取り付く島もない。


「ひとまず教会の方に行ってみますか?」

「どうだろう? こちらが巡礼者……百歩譲って旅人だったとしても、内部のことについて聞こうとしたら二枚貝のように口を閉じる気がする」


 後頭部の髪をなでつけながら息を一つ。

 ただの旅人や冒険者には何も教えることはない。かと言って「ワガクスの知己なんです」と言ったところで信じてもらえるわけはないだろう。

ましてやワガクスが死んだあとだ。何かといらぬ話に巻き込まれかねない。


「とりあえず宿に戻ってご飯にでもしましょう」



「でも、今日一日で収穫ゼロかぁ……」


 宿につくとフロースタは宿についている食堂で夕食の席を囲みながらうなだれた。


「そうは言っても今日ついたばかり。簡単にいくわけではないでしょう」


 おシノちゃんはそう言うが、彼女もこの先状況が好転するとはあまり考えていないように見えた。

 周囲を見てもこの町は特に観光地でもないようで、宿に泊まっているのは行商人や巡礼者と思しきものが多かった。

 ぼぅとそんなことを考える私を他所に二人は言葉を交わす。


「やっぱり教会に直に接触しないといけないんじゃないの?」

「でも、それは難しくはありませんか……? 第一なんと言って接触すればいいのかわかりません」

「ワガクスの名前を出せば少しは変わるかもよ」

「変わるかもしれませんが、あまりいい方向に変わるようには思えません。よもや、ワガクスさまに情報を送っていたのは誰でしょう? なんて聞くわけにはいかないんですから。ねぇ、千影さん?」

「………………」

「……千影さん?」


 再度呼びかけられ、はっとした。


「ご、ごめん、ぼぅっとしてた」

「大丈夫ですか?」

「あーうん、大丈夫……」


 言いかけたところで私は言葉を切り、大きく息を吐いてから立ち上がった。


「……じゃないわね。最近色々あったから疲れちゃったのかもしれないわ」


 そんな方便を言い、先に休むと伝えて自分の部屋に戻る。

 ここは宿賃も安く、部屋も多く空いていることから三人別々に部屋をとっていた。

 部屋に戻ってぼすんとベッドに身体を投げ出し、道着を緩める。ちりちりとした熱が頭にこもっているように感じた。

 最初はただの気のせいだと思っていた。

 あの異形の生物との戦い。

 底の見えない自身の力。

 そこに呑み込まれてしまいそうな感覚は、ある種自分が自分でなくなるような感覚に近かったかもしれない。

 その感覚は日に日に強くなっていっているように思えた。

 あの戦いで制御弁とでもいうべき何かが外れてしまったのかもしれない。身体の熱が行き場を求めてうずき、それを抑えるように自身の胸倉をつかむ。

 この感覚に乗っ取られたらどうなるかわからない。少なくとも今日一日はそう思いながらなんとかやってきたが、これがどんどんと強くなってしまったらどうなってしまうのだろうか?

 今までのようにフロースタ、そしておシノちゃんと無事に旅を続けられるのか? その保証すら今の自分には出来そうになかった。

 だとしたらどうなるか?

 ごくりと生唾を飲むのと、コンコンコンとノックの音がしたのはほぼ同時だった。

 咄嗟に服装を正し、「どうぞ」と声をかける。


「開いてるわ」

「夜分に失礼します、千影さん」

「おシノちゃん?」


 そこにいたのはいつになく真面目な表情をしたおシノちゃんだった。


「どうしたの? 何かあった?」


 先ほどの焦りや熱、焦燥感を悟られぬよう顔には小さく笑みを貼り付けて言ってみるがおシノちゃんの表情は変わらなかった。


「何かあった。そう問いたいのはどちらかと言えば私の方です。食堂での……いえ、最近の千影さん、ずっと調子が悪そうでしたから」

「そう?」

「座って良いですか?」


 そう問われ、自分の横に座るのだとわかる。

 ええ、と声を返すが、熱はまだ胸の中でぐるぐるとうずまいておさまらない。隣におシノちゃんを感じるとその感覚はいっそう高まったように感じられた。

 ダメだ。どうあっても彼女にだけは心配をかけるわけにいかない。

 そう思っていたら不意に抱きしめられた。


「お、おシノちゃん?」

「辛いのではないですか?」

「辛い?」


 目を白黒させながら問う。


「はい。今の千影さんは、まるでたった独りで何もかも全てに立ち向かおうとしているように見えます」

「それは……どういう意味?」

「詳しくは私も言葉に出来ません。でも、言葉には出来なくても感じることは出来ます」

「おシノちゃん……」


 とんとん、と抱きしめられたまま背を優しくたたかれれる。


「苦しかったら言ってください。辛かったら話してください。私なんかでは大した力にはならないかもしれませんけれど、ただの案山子であるつもりはありません。貴女と共にある。それは、あの洞穴で見つけてもらった時から……いえ、それよりずっと前からそう思えるんです」


 視線がゆっくりと合ってどろどろに混ざり合う。

 おシノちゃんが肩をもって顔を近づけてくると、私は自然と瞼を閉じた。


「んぅっ……」


 優しい接吻に、熱に浮かされていた身体が行き先を見つけたというように喜ぶのがわかる。

 このままじゃ……。そう思うが、唇同士を離した時、身体を倒されたのは私の方だった。


「わかるんです」


 おシノちゃんの声は優しかった。


「だから、任せてはくれませんか?」

「わかるって……」

「なんとなくですけど、今の千影さんがいる場所が。そして、それがあまり褒められた場所とは言えない場所であることも」

「だからって……んっ」


 倒されたまま再び接吻をされ、道着におシノちゃんの手がかかる。

 ダメだ。

 これ以上進めばもう二度と戻れなくなる。

 そうわかるのに私の身体はおシノちゃんを押しのけるようなことは出来なかった。


「分かち合いたいんです。喜びも、苦しみも。全てを」


 ゆっくりと夜の帳が降りてくるのがわかる。

 そして、深い色のニオイが部屋の中には充満していた。


 結局、その晩おシノちゃんが自分の部屋に戻ることはなかった。

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