ツェーフェレナ聖教国

聖教国

 ツェーフェレナ聖教国最初の町に着くと空気が変わったのがよくわかった。

 王都を離れる乗合馬車に乗り、西へと旅路の進路をとって数日。

 ゼシサバル王国からツェーフェレナ聖教国の検問はさほど厳しいものではなかった。おそらく今は魔族相手の対応に神経を尖らせ、身元がある程度保証される冒険者などに対してはそれほど気が配られていないのだろう。第一、昔はどうであれ今はゼシサバル王国とツェーフェレナ聖教国は同盟関係にある。

 国境から少し行った場所に最初の町はあったのだが、建物の雰囲気ということで言えばそこまで変化は見られない。ただ、宗教国家というだけあってか人々の服装はどこか統一されているようなものに感じられた。

 王都で別れる前にカグロダに「次はツェーフェレナ聖教国に行こうかと考えている」と言うと、カグロダは難しい顔をしてあごに手をやった。


「ツェーフェレナかぁ……」

「何か問題があるかしら?」

「問題があるもないも、ない方がおかしいだろう? なんせチカゲたちはホーマ族だ。それがバレたらどんな目に遭うかも知れねぇぞ」

「細心の注意は払うつもりよ。一応こうして今も見た目だけは貴方たちのそれと違いはパッと見た感じわからないでしょう」


 言いながら自身の耳を見せてみる。


「確かに一見じゃわからないが、見破るヤツもいるかもしれないぜ? 実際、触れたりしたら感触が違うし、じっと観察されたら微妙に違いがある。誤魔化しようがないだろう?」

「それはそうだけど、あまり他人の耳をそこまで凝視、ましてや触ることなんてあるかしら?」

「まぁ、そう言われたらそれもそうか……」


 ガシガシと頭をかきながらカグロダは言った。


「パッと見ただけじゃホーマ族とはわからねぇし、そもそもホーマ族がその辺にいるとも普通は考えない。俺のは杞憂かもしれねぇな」

「まぁ、注意はしておくつもりよ。面倒事はやっぱり避けたいもの」


 しかし、それでもカグロダの表情は晴れなかった。「でもなぁ……」と独り言のように呟く。それに私は問うた。


「他にも何か引っかかることがあるの?」

「いや、そういうわけじゃない……が、俺も何度か行ったことはあるんだが、あそこは何分冒険者の肩身が狭くてな」

「肩身が狭い?」

「ああ。ツェーフェレナが魔族知らずの国って呼ばれてるのは? 知ってるのか?」

「知ってるわ。ただ別に魔族退治に行こうと思ってるわけじゃないから。それで肩身が狭いっていうことかしら?」

「いや、そういうわけじゃない。まぁこればっかりは実際に行ってみたら嫌が応でもわかるだろうよ。それに、俺が最後に行ったのはもう何十年も前のことだ。多少は変わっているかもしれねぇ。それに、最近ではツェーフェレナは聖なる力に守られているから絶対に魔族の侵攻がない、ってバカみたいな話を信じた連中が他から移ってきて昔よりも栄えているところも多いって聞いてる」

「この時代にあって逆に栄えている国、ね……」

「まぁ、この王国とは随分違うところが多い。あんたにゃこんな助言は無用かもしれないが、気をつけるにこしたことはないさ」


 なるほど、カグロダがそう言っていたように町には王国の地方町にあったような悲壮感は小指の先ほども見られず、人々の顔にも穏やかな表情が浮かんでいる。


「どう思う?」


 おシノちゃんに問うと、彼女は目を細めた。


「あまり良い傾向じゃないと思います。確かに多少は魔族除けになるナニカが働いているのかもしれません。ですが、このままいけばその内に勇者やワガクスさまがいなくなった影響が出てくるのは間違いないと思います。もちろんそれをただ甘んじているだけではないと思うのですが……」


 そう言って彼女がちらりと見やる先には立派な銅像があった。

 この都市の建設に携わった人間なのか、どこか貴族然とした風貌はいかにもな権力者のような印象を受ける。いつ頃に造られたものなのだろうか? 少なくとも千年単位はさかのぼることが出来るくらいの歴史を感じさせる。風化しても何度か修復されているらしく、所々に傷みはきているもののその悠然さは損なわれていない。


「それより、ワガクスが密かに潜り込ませていた人間は聖教会の本部にいるってことで間違いないのよね?」


 視線を戻し問うと、おシノちゃんは首を縦に振った。


「確かな確証が得られたわけではありません。ですけど、推測をするに聖教会本部と考えるのが妥当でしょう。ワガクスさまだって地位が地位の人間です。そんな人が送る密偵がよもや違う国の単なる一般庶民だなんて考えにくいですから」

「だけど、その先がわからない」

「ええ……」


 おシノちゃんは小さく言った。


「人が人です。もしかしたら聖教会の中でもかなり上層部にもぐりこんでいたとも考えられますが、それがいったいどこの誰で、もっと言えば組織のどこに所属しているかもわからないんです」

「密書を書いた本を持ち出せればよかったんだけどねー」


 フロースタが言葉を挟む。


「ホーマ族だから許されただけで、本来だったら閲覧さえ禁止されてるものだったからさ。出来るだけの情報は書き写してきたけど、そこに相手の身分を示すようなものはなかったんだよね」

「このツェーフェレナではホーマ族は禁忌の種族ってことになってるんだから、ワガクスもその辺りのことを考えて意図的にぼかしていた可能性もあるでしょう」

「そうなると、ここからどう動けば良いかがなやみどころですね。手あたり次第というわけにはもちろんいきませんし」

「少しでもこのツェーフェレナ、もっと言えば聖教会本部についての情報を集めないと」

「ところでさ、今更なんだけどその聖教会ってさゼシサバル王国の教会とは違うの?」


 フロースタが実はよく知らないんだよね、といった様子で問うた。


「私たちみたいな精霊にはその宗教っていうのがいまいちよくわかんなくてさ。なんか教会ってついてるんだから一緒みたいに思えちゃう」

「それは、私も詳しくは何とも……」とおシノちゃん。


「ただ、あまりゼシサバル王国で聖教会の話は聞きませんでした。大元を辿っていけば繋がるのかもしれませんが、同じだとは考えない方が良いかもしれません」


 まぁ、元を同じにしながら袂を別った宗教は私の世界にだっていくらでもある。

 蚊帳の外にいる人間からすれば「同じじゃないのだろうか?」と思える宗教ですら細かい宗派で争って血を流しあっていた連中もいたのだ。ここだって危うい関係なのかもしれない。


「でも、少なくともゼシサバル王国ではホーマ族が迫害なんてされてなかったよね。むしろ歓迎された空気さえあったし。それがなんでここではホーマ族が迫害されてるんだろ?」


 フロースタが疑問に問う。


「確かに、おシノちゃんたちが探してくれた文献の限りではホーマ族が迫害されるようになった経緯は書かれていなかったのよね? ただ、かの種族は邪悪に満ち、触れるべき存在ではない、っていうだけで」

「ですけど、前に千影が言っていた通り、元々ホーマ族と神族は争っていました。それで何かしらの因縁が残っているのだとしているのなら、逆にどういうきっかけで裏で交流するようになったのか、といった方が正しいのかもしれません」

「でも、それを探るのはとても一筋縄じゃいかなそう」


 私はそう嘆息した。

 宗教色が強ければ強いほど、異端に対しての圧力は強くなる。その辺の酒屋に行って少々の金をばら撒いたところで何かが得られるとは到底思えない。なんせこの国ではホーマ族の名を公に口にすることすら禁止されているのだ。探る方法も慎重にならねばいけないだろう。


「とりあえず聖教会について調べてみないと話は始まらなそうね」

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