帰還

 教会所に戻るまでの道中は行きとは全く別の意味で混乱しているようだった。

 もれ聞こえてくる話によれば、ナレハテどもは私がアレを斬ったと思われる瞬間に全員がその動きを止め、砂塵のように崩れて消えてしまったらしい。戦っていた相手が突如として動かなくなったかと思うと、次の瞬間には朽ちて消えてなくなってしまう。混乱してしまうのも当然だろう。あまりに突然のことだったために頭の整理がつかずに同士討ちをしてしまった国兵や冒険者も少数だがいるらしい。味方が敵へと変わっていったためによる疑心暗鬼のせいかもしれない。

 だが、一日もすればようやく皆が


『何があったかはわからないが、とりあえず今回の戦は終わったらしい』


 と理解したようだった。

 戦勝の喜びはもちろんあるようだったが、今回は不可思議なことも多かった。喜びに杯を交わしながらも哀しみを背負っているような者も少なくない。

 ……いや、戦とは概してそういうものだ。

 私はそんなことを思いながら教会所に戻ってきた。戦の後だ。ナレハテが消えてから一日以上経っていたが、教会所はまだがやがやとうるさかった。もっとも、そこにはもう戦いを前にした緊迫感はない。

 もう直に日が落ちて夜になる時間。教会所があるのだからその中で騒げば良いだろうに、外でわざわざ火を起こして取り囲んでいる連中もいる。もしかしたら昂った身体をもてあましているのかもしれない。

 教会所の検問は一応あったが、国兵もすっかり戦が終わったと理解してくれていたおかげでEランクの認識票を見せたら笑顔すら浮かべて中に入れてくれた。

 前に黒鷹のメンバーがたむろしていた場所を目指していると、


「千影さん!」


 背後からの声。

 振り向くと、おシノちゃんがあからさまに喜びの表情を浮かべて走り寄って来た。そのまま飛びつくように抱きついてくる。私は「もぅ……」とバランスを崩しそうになりながらもそんなおシノちゃんを受け止めた。


「よかったです、本当に……」


 そんな彼女の姿を見て、ようやく私の心に感情が戻ってきたような気がした。正直、この帰り道は自分が自分でなくなったような奇妙な感覚を覚えていたのだ。


「そんなに心配をかけたかしら?」

「心配だとか心配じゃないとか、そういうものじゃないんです」


 首筋に顔を押しつけるようにしながらぐりぐりとおシノちゃんが甘えてくる。彼女の髪が少しこそばゆい。それに自然と笑みがこぼれる。

 彼女の無事な姿を見て安心したのは私も同じだった。

ここは最前線のような戦いはないし、カグロダのような冒険者も付いていてくれる。戦場の中で言えば危険からはかなり遠い場所にあったはずだが、それでも心配する気持ちがあったのは確かだった。実際安堵の気持ちが身体の中でじわりと広がっていくのがわかった。


「あーあ、見せつけてくれちゃってさぁ……」

「だから言っただろう? あんたらの大将が親玉を無事に倒したんだろうってよ」


 おシノちゃんから少し遅れてフロースタとカグロダ、そして数人の黒鷹の団員らしき者たちがやってきた。


「フロースタも無事で何よりね。それにカグロダ、世話になったわ」

「良いってことよ。ここらの戦いはそう厳しいものでもなかったからな。金をもらった手前、きっちり稽古をつけといてやったぞ」

「そう! そうだよ、千影!」


 突然フロースタが大声を上げた。


「この筋肉ダルマったら容赦なかったんだよ!? 連中との戦闘じゃ死ぬ気は全然しなかったけど、この筋肉ダルマには本気で殺されるんじゃないかと思ったんだから!」

「なんでぇ、厳しめにきても大丈夫だって大口叩いてたのはお前さんじゃねぇか」

「それでも加減ってものがあるでしょ!? 子供相手に恥ずかしくないの!?」

「十分に加減してやっただろう? 手足の一本も欠けてねぇし、どこかに傷が残っちまうようなこともしてねぇんだからよ」

「そう言っても相手はこんな子供だよ!?」

「冒険者に子供も大人もないってもんさ。逆に生きてるってのがいかに素晴らしいものかわかったんじゃねぇか?」


 そう言って呵々と笑うカグロダに、なるほど、どうやら相当に絞られたらしい。「連中が襲って来てくれる間が休憩時間みたいなもんだったんだからたまったもんじゃないよ……」とフロースタは相当げんなりとした様子だった。


「稽古は厳しかった?」


 私に抱きついたまま離れないおシノちゃんに問うと、彼女も無言のまま苦く笑う。この分だと私が思っていた以上の稽古をつけてもらったらしい。

 まぁ、カグロダほどの人間ともなれば無用な訓練はさせないだろう。術師と剣士では少々畑違いだったかもしれないが、それでもその苦労の分はきっちりと身に着くに違いない。

 私もふと幼い日に父や祖父から受けた訓練の厳しさを思い出す。今でこそこうして振り返る余裕があるものの、実際にやっている最中は血反吐を吐くのではないかと思えるほどのものだった。実際、幾度か身体が限界をむかえて倒れてしまったことだってある。

 もっとも、そんな訓練があったからこそ今の私があるのは紛れもない事実だっただろう。


「まぁ、こうして無事に合流出来たんだ。今晩くらいは騒ぐとしようや」


 カグロダの言葉に「ええ」と相槌を打った。今身体に感じるおシノちゃんの温もりがこの戦いでどこか歪になってしまっていた精神を静かに整えてくれているように感じられた。

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