首謀者
私は居合いの体勢から幾度も御刀を抜いてはナレハテの群れの首を飛ばした。
その数は十や二十ではきかない。百や二百。下手をしたらもっと多くの首を刎ねていたかもしれない。
だが、その姿を見た者はおらず、偶然私の進む先ににいた連中からしたら、知らぬ間に戦っていたはずのナレハテの首が飛んでいたように見えたに違いない。そして、それを認識した時にはすでに私の姿ははるか遠くを進んでいる。
奇怪という言葉ですら足りなかったかもしれない。
後に残ったのは崩れ落ちるナレハテの身体と首。そして私が巻き起こした一迅の風のみだった。
その異常性に気づき始め、何か自分たちの理解出来ないコトが起こっているということを戦場の何パーセントかの人間が認識し始めただろう頃に私はソレの前にたどり着いた。
「………………」
姿は前に見た時と変わらない。
遠目には小柄な琵琶法師のように見えるが、その全ては昆虫のような外骨格だ。
ぎょろりとした真黒な目が不気味に私を見やる。いや、正確には見やっているように見える、だろうか?
しかし、その前に生気を失った目をした大柄な男と幾人かの男がいた。
大柄な男の手には鎌が鎖で結ばれた鎖鎌を持っている。そして肩にはラ・カレーロの入れ墨、胸にはAランクの認識票がかかっていた。こんな深部まで到達している冒険者や国兵はもちろんおらず、ずらりと取り囲むように動いたのはみなナレハテだった。
「どうやら最初にナレハテにされたラ・カレーロの方々のようね――っと」
まぁ、死人相手にあれやこれやと会話をすることは叶わない。
こちらの姿を見るやいなや目の前の男がそれなりのスピードで私に迫り、鎖鎌を振るってきた。
右に左。
上からの攻撃を避けたかと思えば不意に下から斬撃がくる。
確かにこの鎖鎌を振りまわしている男は一応の実力を持っているようには思えた。
「けど、この程度か……」
ナレハテにされて思考力が奪われているということを鑑みてもカグロタには及ばないように感じられる。同じAランクとは言え、所詮はチンピラ集団のお山の大将ということだろう。
それを合図としたように周囲のナレハテも動いては私へと攻撃を仕掛けてきた。
知性も思考力もなさそうな連中だが、一応の連携は取れるらしい。しかし、それだってお粗末なものでしかない。周囲に巻き込んでしまう可能性のある冒険者や国兵がいなかったのは幸いだった。
「悪いんだけど、今は貴方たちと遊んでいる暇はないのよ」
<無想月影流――
自身の身体を回転させながら軽やかに御刀を振るう。
『周月』は威力も低ければ精密な攻撃も出来ない初歩的な技ではあったが、全方位に向けて一定の攻撃が出来る分、有象無象な多人数との戦いでは重宝する。
今回もそれに違わず、必ずしも首を落とせなかったとしてもどこかしらに傷を負ったナレハテたちはバランスを崩す。そして、二の太刀で的確に首を落とすか心の臓を討てばナレハテの身体はその場に糸が切れたように崩れ落ちた。
団長はAランクの冒険者なのだから多少の反応は出来るものかと僅かに期待したが、彼も為す術はなかったようで、他のナレハテと変わらず、数瞬後にはそのいかつい表情の頭を地面に転がせた。まぁ、威力が劣る技であっても体の温まった今の私の技を単なる冒険者風情が防げというのが無理な話だったのかもしれない。
しかし、それはやはりナレハテに限った話だ。
『周月』の範囲にソレも入っていたはずだが、ソレは事もなげに軽い斬撃を防いだらしい。
「やっぱり、そうこなくちゃね」
思わず自身の頬が緩むのを感じた。
日ノ本にいた時、特別自分が戦闘狂であったつもりはない。確かに常に戦場に身を置いているような生活だったが、それに対して喜びを覚えたことはなかった。淡々とこなす任務に、自身が徳川さまのためになっているという思いだけが喜びを覚える瞬間だったかもしれない。
しかし、今は多少でも刃を交えさせることが出来るという思いに喜びを感じかけている。
もしかしたらこの世界で暮らすうちに少し性質が変わったのかもしれない。
「さて……この間ぶりね」
この場で唯一残ったソレと対峙した。相手も元よりそうなるとわかっていたかのように細長い管の器官を細かく振るわせる。
「どこからやってきたのか、そもそもどのような存在なのか……聞いてみたいことは山ほどあるんだけど、生憎対話を望むのは無理そうね」
「………………」
「同じ人であるなら刀を交えれば大体のことはわかるもの。いえ、例え人でない動物であっても、こうして相対してみれば多少は知るところがあるわ。けど、貴方とはどれだけの時間を費やそうが一寸ほどもわかり合えそうにない」
居合いに構えると同時に相手は羽を広げて姿勢を低くした。
「なら、やることは一つ、よね」
瞬間、互いが身体を前へと押し出す。
一瞬の交錯。
<無想月影流――
右足の踏み込みで一気に距離を詰め、抜刀の際に左足を出した常識外れの居合いの速度は分身とやった時よりもはるかに早い。
速さが威力に繋がる居合い術。
ソレは一本の脚で私の一撃を防ごうと動いたが、御刀は金属に勝るとも劣らない一脚を軽々と容易く吹き飛ばした。
威力が予想外だったのか、虫が大きく後ろに跳躍しながら管から二本の針を吐き出す。並の速度じゃない。常人の目には何も映らないだろう。
「ふっ――!」
けれど、右に左。私は針を御刀で的確に弾く。
だが、針が弾かれるのは予想の範疇だったらしい。その間にソレが私へと迫る。
致命の傷にたとえならずとも、相手は管を刺してしまえさえすればそれで良い。逆に言うなら、管を刺されてしまったらこちらとしては終いとなってしまう。それは私も百も承知だ。
刀を振るった体勢からソレをいなすように跳躍。
同時に身体を回転させる勢いで刀を振るうが、今度は管で防がれる。こちらは脚よりもいくらも頑丈に出来ているらしい。
針が来る。
咄嗟の判断で私はソレを蹴飛ばして距離を取った。管から吐き出された針は明後日の方向へと吐き出される。
場が静まる。
相手は大きく羽を広げ、ブルブルと振るわせ始めた。細かな空気の振動がまるで虫々が蠢いているかのような印象を抱かせる。
相手がどんなものなのか想像もつかないが、テーロは私や自分と同じような存在と言っていた。仮に自分がこの星や月と深く関係のある何かだとしたら、目の前にいるソレは虫で覆い尽された星の王か何かなのかもしれない。
そんなことを考えた瞬間――
細かな羽の動きから突如として大きく跳んで鋭く羽を打った。
「っ――!?」
どれほどの速度で動かされたのかはわからない。
しかし、音速を超えただろう羽が巻き起こした二本の衝撃波は真っ直ぐに私を切り裂かんと向かってくる。
風の刃という言葉ではあまりにも優しすぎる。
勇者と刃を交えた際、術法で起こされた鋭い風を斬ったが、あれとはレベルが違う。斬ったところで身体のどこかしらに傷を負ってしまいかねない。
木剋金と言えど、迎撃は拙策。
回避のために高く空へと身体を舞わせた。が、ソレは正しく私のその動きを待っていたらしい。空へと先んじていたソレが残った七脚でこちらを捕らえようとする。
一秒にも満たない間の動き。
衝撃波をかわすことが出来る人間は私に限らずともこの世界に少しは数がいたかもしれない。けれど、その先読みをした虫の脚から逃れるのは叶わなかっただろう。
しかし、
「残念だけど、御刀で使えるのは刀ばかりじゃないのよ」
捻るような動きから突き出したのは左腰に差された鞘だった。
頑丈なソレ相手に通じるような攻撃にはならないが、それでも私を捕まえようとした七脚は空を切った。その間に私は着地し、一度距離を取ってから瞬時に体勢を立て直してソレの着地際を狙う。
だが、それを受けてくれるほど易しい相手じゃない。
繰り出した刀をソレは二本の脚で受ける。
速度を上げて二撃三撃と繰り出すものの、ソレは残った七脚を使って斬撃を防ぐ。加え、合間合間には管から針を放ち、防備に使わない脚を鋭い槍のように突き出してくる。意外性はあまりないが、純粋な身体の強さと手数の多さは人間とは比べ物にならない。
防備に重きを置きつつも防御一辺倒にならないように攻撃も放つ。
私の斬撃を防ぎきれないと思った時にはすぐさま距離を取るが、こちらが体勢を完全に立て直す前に突っ込んでくる。
「なるほど、悪くない連携だわ」
幾度そんなことを繰り返しただろうか?
場が落ち着いた時にふと、そんな言葉が私の口からもれた。
それに私自身驚かされる。
今の自分は全力で御刀を振るって攻撃を繰り出し、もらえば命すら危なくなるかもしれない攻めをいなしているはずだ。実際相手の数撃は紙一重だった。
余裕はない。
そう、余裕はない『ハズ』なのだ。
なのに、どうしてこんなにも心は静かで頭は冷静なのか?
「………………」
底が見えない。
相手のではない。
自分の……全力だと思っている自分の底が見えない。
「――っ」
ガギン、と大きく音が鳴る。
私の一撃を三本の脚で受け止めたソレが、たまらずといった様子でそれまでより大きく跳躍して後退した。
それを私は凪いだ海のような心持ちで見やった。
おかしい。
つい先ほどまでこれほどまでの強者と戦える喜びを覚えていた心が今はひどく冷静に……そしてある種のつまらなささえ感じてしまっているように思えた。
「なんとも不可思議なものね……」
刀を鞘に納め、ぐっと姿勢を低くした。
決着は近い。
相手も薄々それを感じ取ったのか、前のめりのような姿勢になりながら鋭い空気を向けてくる。きっと相手が人間であれば強烈な殺意の一つでも感じたのだろうが、この期に及んでまで一つの感情も見えないということは、おそらくソレとはどうあってもわかり合えない存在なのだろう。
パツパツと空気が弾けるような音を放つ。
決着は次の一撃に違いない。
そう思った私の背筋に上ったのは緊張や殺意……ましてや恐怖などというものではなかった。そして、それと相対するような喜びといった感情でもなかった。
空虚。
あえて言うならその言葉が正しかったかもしれない。
「………………」
「………………」
地面を蹴る。その時の私の力がいかほどだったか、草の一本も生えていない固い地面に走った大きな亀裂が何よりも物語っていただろう。
虫も前傾姿勢のまま突っ込んでくる。
一瞬の錯綜。
その間に繰り出されるは、音速の居合いから流れるように繰り出される平突きの一閃。
<無想月影流 奥義――
全てを貫き、全てを照らす。
その後に残るのは、明るく白い『皓月』のみ。
「……終いよ」
交錯し、私がゆっくりと刀を納めた後ろで、ソレの身体は中心から弾けるようにバラバラと瓦解した。
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