戦狂い

 それから少ししておシノちゃんに前鬼と後鬼を貸し、フロースタ、黒鷹の団員の少しに見送られ私は教会所を後にした。何かと絡まれてはあれだと認識票は胴着の下にしまい込んだ。まぁ、どちらにしろ乱戦になってしまえば一々そんな物を確認するような連中はいないだろう。


「さて……」


 今回の戦い、相手は物の怪のような奴らだが、だからこそその思考と行動パターンは単純でわかりやすい。少しばかり戦地を歩き、いくらかのナレハテの集団の相手をしてやったら相手がどの方角から来ているのかすぐに掴むことが出来た。

 案の定相手が向かってくる方向は一方向からのみ。ともなれば、その先に黒幕……あの虫のようなヤツの本体がいると考えて良いに違いない。

 そこからほぼ丸一日、早足で進んだところに冒険者や国兵が構えている最前線の野営地が作られていた。

 その間に私が斬ったナレハテの数は百体程度。それも大した苦労をしたわけじゃない。このくらいなら前線に出ていない国兵や冒険者で十分に対応出来るだろう。まだ本格的な侵入を許しているというわけではない。

 だが、それでも時間が進めば昼夜を問わずに進軍出来る、底知れぬ体力を持っているようなナレハテの方が有利になってくるだろう。そうすれば前線は本格的に瓦解し、奴らは次々と教会所へと押し寄せるに違いない。言うなれば、この中間地点にいる国兵や冒険者がクッションとして非常に重要な役割をしているといったところだろうか?

 そんな状況も彼らは十分理解出来ているようで、ここまで来るのに目にした多くの者たちが疲れているように見えた。

 もちろん最前線の連中もそれと大差ない。いや、最前線の方がやはり苦しいと言わざるを得ない様子だった。

 最前線が崩壊すればあっという間にナレハテの連中が後ろへと押し寄せる。それも、相手の性質を考えたらその数は雪だるま式に増えていく計算だ。犠牲を出しつつもなんとか相手の数を減らして持ちこたえる消耗戦が今回の相手には通用しない。こちらがやられた分のほぼ丸ごとが相手の戦力になってしまう。単純な計算が出来るわけじゃないが、こちら一人がナレハテ四体を倒してようやく釣り合うかどうかといったところかもしれない。


「お嬢ちゃんの得物も、かなり血を吸っているみたいだな」


 最前線に着き、ちょっとした戦闘を終えたところで一人の男が声をかけてきた。大きな石を椅子代わりとして座っているが、装備を見るに国兵らしい。年をだいぶくっている。五百歳前後だろうか?

 冒険者ではないため咄嗟にどのくらいの力量なのかはわからないが、歴戦の戦士のような雰囲気を感じさせた。二メートルほどの槍の先端に斧がついた武器はそれなりの業物に思えた。


「変わった形の剣だな。恰好も見るに異国の人間か?」

「ええ、そうです」

「まったく……この年まで生きているとたまに信じられないようなもんに出くわすもんだ」


 座ったまま口に何かを放り込む。保存食の類かもしれない。


「こんな最前線に来るのなんて戦狂いの冒険者か、義務という名前に背中を押され、仕方なしに戦っていたら生き残っちまった国兵だけだと思ったんだがな。まさかお嬢ちゃんのような柔い……いや、あの戦いぶりを見せられて柔いと言っちゃあ失礼か」


 男はそう笑った。


「俺は生き残るのに長けてるだけでお世辞にも……そうだな、Aランクの冒険者はもちろん、近衛の騎士団の連中なんかにも到底及ばない一介の兵士だがよ、それでも嬢ちゃんが並の剣士じゃないことくらいはわかった」

「そうでしょうか?」

「ああ。まるで舞を舞っているように見えた。嬢ちゃんが踊るごとにあいつらの首が飛んでいく。天の神さまが戦の女神を援軍に呼んでくれたのかと勘違いするところだった。……いや、実際にそうなのか?」

「まさか。言うなれば私だって冒険者の一人です。戦狂いの、ね」


 そうおどけて見せる。男はくっくと笑ってから近くに置いてあった鉄仮面をかぶった。それから右に左に鎧の調子を見やってから立ち上がる。


「戦なんてもんはどこにいても地獄だと毎度思うが、今回の地獄も相当なもんだ」

「相手が相手ですし?」

「ああ。あんな魔族は見たことはもちろん聞いたことすらない。そろそろ国の中枢にも敵の詳細が伝わってるだろう。学者さまたちは大いに頭を悩ませてるに違いない」


 どうやらあのナレハテは魔族の一種だと思われているらしい。まぁ、この世界の人間からすれば自分たちに仇名すものたちは全て魔族なのだろう。今回のアレがこの世界とは全く関わりのないだろう存在などと考えるわけもない。


「ましてや勇者たちやワガクスさまが死んだ後だ。いよいよこの世界も終わりかと思っていたんだが、お嬢ちゃんのような存在がいてくれると、まだこの世界は救われるんじゃないかっていう期待が持てるってもんだよ」

「その期待に私が応えられるかどうかはわかりませんよ?」

「律儀にそんなこと考えてくれなくて良いさ。どうせこっちが勝手にすがってるようなもんだからな」


 そう鉄仮面の下で笑ってから、男は仲間の国兵が待っているらしいテントの方へと向かって行った。

 私はそれから寝ずの一晩を過ごしながら身体をほぐすように散発的に襲ってくるナレハテの相手をした。

 操られているように見えた連中だが、ナレハテの力量には差があった。

 こちらからしてみたらそれは誤差と言ってしまえるものだったのは言うまでもないが、おそらくナレハテとなった存在は元の冒険者なり国兵の力量が大きく関わってくるのだろう。ともなれば、最前線で戦っている精鋭が倒れれば倒れるほど後ろへの圧力は強くなってくるということだ。

 もしかしたら、あの虫のようなヤツはこれが最初ではなく、こうしてもう何度か似たような戦をどこか私の知らない世界で繰り返してきたのかもしれない。

 そんなことを考え終わるころには地平線が白み始めた。周囲の国兵や冒険者たちも早い者はもう戦いに赴き、そうでない者もぼちぼちと活動を始めている。

 自らが突出しすぎると、想像よりもはるかに深いところに黒幕がいた場合後方にいるシノやフロースタに危険が及ぶ可能性がある。そう思って進むスピードを調整していたが、この最前線に着いてから『ニオイ』をはっきりと感じ取ることが出来た。黒幕はそう遠くない場所にいる。

 ともなれば、もうそろそろ自由に動いても良いだろう。


「………………」


 この世界に来て全力を出したことがあっただろうか?

 ふぅーと軽く身体をほぐしながらぼんやりと考えた。

 最初にこの世界に来てから最初に戦ったのは名もなき賊と勇者たちだった。

 あの時はこちらの事情をわかってもらおうと必死だったが、戦闘という意味で全力を出したわけではなかったと思う。勇者との戦いは手に汗握るものではあったが、それは慣れない術法や今までとどこか異質に感じる空気故だった。力量が近かったわけではないと今になって思う。

 そうなれば、賭け試合の時のカグロダ。村を乗っ取っていたクモ男に、その後に刀を交えたテーロ。そして、術師としては第一人者であったワガクス……今回の黒幕の分身体。

 いずれも全力だっただろうか?

 そう自分に問いかけてもわからないくらい今の私にはある種のチカラがあるように思えた。

 ……まぁ、うだうだと考えていても仕方がない。

 すぅ、と大きく息を吸って居合いの構えからスタート切った。

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