カグロダへの頼み

「カグロダ、悪いんだけど一つ頼み事をきいてはくれないかしら?」


 私がそうカグロダに切り出したのは教会所で一晩を過ごし、夜が明けて皆が起き始めた頃だった。相手が昼夜を問わず襲ってくるせいで、当番制で哨戒が行われ、実際昨晩もいくらかの戦闘があったようだ。黒鷹の団員達もそれに参加をしていたらしく、五人ほどは今から眠りにつくところだった。


「頼み事? どうしたんだ、あらたまって」


 カグロダに加えて、先ほど起きたおシノちゃんとフロースタも何事だろうと顔をきょとんとさせている。


「この戦いの間、おシノちゃんとフロースタの二人を黒鷹で預かってもらいたいのよ」

「えっ!?」

「千影!?」


 私の言葉にカグロダももちろん驚いた表情を見せたが、すぐに言葉で反応したのはおシノちゃんとフロースタの二人だった。


「何を言うかと思えば、また突然な申し出だな……」

「千影さん、一体どういうことなんですか?」


 カグロダを押しのけるようにおシノちゃんが慌てた様子で私に詰め寄ってくる。顔には困惑の色がありありと見てとれた。私は仕草で落ち着くように促しながらことさら冷静な声を心がけて言った。


「別にそんなに深い理由があるわけじゃないわ。ただ、私は敵の統領を探そうと思っててね」

「統領を?」


 問うたのはカグロダだった。無精ひげの生えたあごを撫でて目を細める。


「そう言うってことは、ラ・カレーロの団長か?」

「いえ……おそらくそれを操っている黒幕、今回の事件の発端となる存在がいるはずと私は考えているわ。こんな異常な状況、ただの冒険者集団に起こせるとは思えないもの」

「まぁ、確かにな……」


 カグロダはそう頷いたが、おシノちゃんとフロースタはそれで納得するのは到底無理なようだった。


「なら私も千影さんにお伴します!」

「私だって。足手まといにはならないからさ」

「二人の気持ちは重々わかってるし、ありがたいと思ってる」


 私は「けれど」と言葉を続けた。


「今の二人では前線を駆けるには少し荷が重いと思うわ。二人とも素養はあれど戦い慣れしているとは言えない。私に付き合うよりも黒鷹にいた方が学べることが多いはずよ。今回はその勉強とでも思って欲しいの」

「しかし千影さん、私は――」


 そうおシノちゃんが言葉を続けようとした次の瞬間。


「――っ!」


 おシノちゃんとフロースタの首元に私の御刀が抜かれていた。

 高速の抜刀。

 あと数寸もあれば鋭い刃が二人の柔肌を斬っていただろう。


「………………」


 二人がごくりと唾を飲んでからそっと御刀を鞘に戻した。


「今の抜刀、二人には見えたかしら?」


 その問いかけにおシノちゃんとフロースタは咄嗟に視線を合わせたが、結局二人とも力なく首を横に振った。


「カグロダは?」

「見えないことはなかった。……まぁ、かわせるかと言われたら微妙だけどな」


 その言葉に嘘はないだろう。カグロダほどの実力があれば今程度の抜刀はわかるはずだ。本人はああ言ったが、対応だって十分に出来るに違いない。


「正直なところを言うと、私が一番怖いのは敵なんかじゃないの。二人にもしものことがあったらと思うと、それが一番恐ろしいのよ」

「千影さん……」

「今回の敵はそう容易い敵じゃない。二人を確実に守りながら戦える自信は残念だけどないっていうのが本音だわ」


 そう言われてしまえば、今の二人に異を唱えることは出来なかっただろう。

 確かに二人とも今の時点でだって並の冒険者と比べたら一応の力量はあるのかもしれない。だが、それでも私と比べてしまうとあまりにも大きな開きがあるし、カグロダのような一流の冒険者と比べてもまだいささかも劣る。


「そういうわけだからカグロダ、二人を少しの間面倒を見てくれると嬉しいんだけれど……」

「ああ、わかった。こっちは全然構わねぇよ」


 そう言ってカグロダ二人の頭にポンと手を置いた。


「お嬢ちゃんたち。あんたらの大将は俺でもその後ろ姿が見えねえくらいはるか遠くにいる。必死に食らいつくことも大事だが、自身の力量を見極めるのも冒険者として必要なことだ」

「上手く言葉にしてくれたわね。感謝するわ」


 私は懐の革袋から金貨二枚をカグロダに手渡した。


「預かってもらう分の経費とでも考えて」

「なんでぇ、こんなもんなくてもちゃんと面倒を見てやるよ。余程予想外のことがない限りは怪我の一つだってさせやしねぇさ」

「いえ、二人は今まであまり苦しい戦いというものを経験してきてないの。せっかくだし、これを機会に少し稽古をつけてくれたら嬉しいんだけど」

「まったく。過保護なのかスパルタなのかわからんな、お前さんは」


 その言葉に私は小さく笑った。

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