冒険者集団 -黒鷹-

 翌日の夕刻が近くなった頃に千影たちは教会所へとたどり着いた。

 教会所は予想に違わず多くの国兵と冒険者で溢れている。私はザファロスの町と行き来するのに二度この教会所を通ったが、その時とは比べ物にならないくらいの人出である。加えて、みな戦いを前にしているせいか空気はどこか張り詰めたものを感じさせた。


「おい、そこのお前たち」


 と、教会所にある休憩と宿泊を兼ねた建物に入ろうとしたところで、簡易的な検問係りの任を請け負っているらしい国兵二人に呼び止められた。少女たちだけのパーティだ。目立つなという方がいささか難しいかもしれない。


「お前たちは冒険者なのか?」

「ええ、そうです」


 胴着の下からEランクの認識票を取り出して見せる。


「そうですと言ったって、Eランクの認識票ではないか」

「私たちは赤紙の依頼を受けて来たのではなく、この教会所にいる冒険者への言伝を任されて訪ねてきたんです」


 先日使った言い分で十分通用するだろうと考えていたが、予想に反して国兵は顔に不審の色をのぞかせた。


「言伝と言っても、一体どの冒険者に誰からの言伝を任されたんだ? 具体的な内容は?」

「それは……秘密にせよ、と言われておりますので……」

「そうはいかない」


 がしゃんと鎧を鳴らして国兵が腕組をする。思いの外面倒くさい……いや、検問という任務に忠実な国兵と言ってやった方が良いのだろうか? あごに短く生やされたひげはなるほど、どこか几帳面に整えられているように感じられた。


「ここは戦いの拠点となっている。聞いてはいるだろうが、この戦いには怪しい輩が多い。身分のわからない者たちを入れるわけにはいかない」

「それとも何だろうか? 我々には言えない後ろめたい事情でもあるのか?」


 これは面倒なことになったぞ……と思ったその時だった。


「あぁ、そいつらのことなら心配ないぜ」


 向こうから大柄の男が歩いて来たかと思うと、国兵にそう言った。


「カ、カグロダさん」


 見やると、大剣こそ背負っていなかったが、すっかり戦いの準備を整えているらしいカグロダがそこにはいた。国兵もAランクの冒険者には緊張すると見え、どこかぎこちない様子で敬礼をした。


「そいつらは俺の知己でな。確かにランクはEだが、その身分は俺が保証する。それとも、何か別に厄介事でも引きつれて来ちまったか?」

「い、いえ、そういうわけではありません!」

「カグロダさんのお知り合いとは知らず、失礼いたしました」


 カグロダに仕草で建物の中に誘われ、ほっと息を吐いた。


「感謝するわ、助かった」


 国兵たちには聞こえなくなっただろう距離で言った。


「いや、なんてこたぁない。あんたらのことだ、物見遊山ってわけじゃないんだろう?」

「ええ。少し気になることがあってね」

「こちらとしても戦力が増えるのはありがたいことだ。……いや、ある程度実力のある戦力、と言った方が正しいか」


 含みのある言い方だった。


「半端な者はいつ敵になるとも限らない、ということ?」


 聞くと、カグロダはちらりと視線を送ってきた。


「……そう言うってことは、千影も連中の奇妙な術を見たってことか?」

「術かどうかはわからないけど、相手に噛みつかれた冒険者が同じようになったのは見たわ」

「少なくともあれは術法の類ではありません」


 おシノちゃんが言った。


「術法は精霊に語りかけ、その力を得る力。あれは生物の理から外れていました。むしろ精霊の加護の一切を放棄したと言った方が正しいかもしれません」

「あぁ、うちの仲間の術師も似たようなことを言っていた。ありゃあ術法なんかじゃない。未知の現象だとね」


 案内された場所では黒鷹の団員たちが円座になっていた。数は三十人ほど。男の方が多いように思えたが女性も少ないとは言えない。弓に立派な杖。術師や後方支援の役割なのだろう。

 カグロダが「こいつが例のチカゲとそのパーティメンバーだ」と紹介すると、武骨な男たちは僅かに頷くような仕草が多かったが、若い女性は小さく手を振ったりする。中にはフロースタを見て「かわいい!」と頬をほころばせる者もいた。まだ三十……三百にはなっていないように見えたが、首からかけられた認識票はBランク。流石、この辺りで比類する集団はないとカグロダ自ら豪語するだけの団である。


「カグロダたちはいつこっちに?」

「昨日だな。チカゲたちは今さっきだろう?」

「ええ。それで、こちらに来る途中で十数体の敵と遭遇したの」

「あんたらもか……」

「と言うことはカグロダも?」

「そんなに数が多いわけじゃないらしいが、少しばかり教会所の防衛ラインを超えて侵入している連中がいるらしい」


 なんてことを千影とカグロダが話している間におシノちゃんとフロースタは黒鷹の女性団員たちに囲まれていた。


「ホントだ、この子たち上手い具合に耳尖らせてるけど、触ってみると全然感触が違う!」

「確かホーマ族なんだよね? これ、どういう仕組み? 術法か何か?」

「へぇ、私ホーマ族って見るの初めて!」

「初めてじゃない方が珍しいでしょ。幻の種族なんて言われてるんだし」

「こっちの子は? ホーマ族ってのもあれだけど、すっごい綺麗な目してる!」

「髪もさらっさらだよ、これ」

「ちっちゃいけど、いくつかな? お姉さんに教えてくれる?」


 なんて会話が飛び交い、二人は「えっと」「あっと」と少し困り気味だ。

 ……まぁ、冒険者は女性と言えどどちらかと言えば武に特化した印象の方が強い。それを考えたら幼さが残るものの容姿端麗なおシノちゃんや幼さも加わってあどけない可愛さのあるフロースタは珍しいのだろう。

 一方男連中はそんな女性陣にやや気圧されるようで遠巻きに見るばかりだった。


「……悪いな、うちの団員が」

「ううん、おシノちゃんとフロースタも本当に嫌ならそう言うと思うわ。……たぶん」


 黒鷹の団員たちだって別に取って食われたりはしないだろう。

 私はカグロダとの話を戻した。


「しかし、この様子を見る限り今はまだ侵入を許しても対処が出来ているようね」

「まぁな。実際数は多くない。十分対応出来るだろう。が、それだっていつまで持つかはわからない」


 カグロダは置いていた荷物から一枚の地図を取り出すとその場に座り込んだ。千影もそれに倣って腰を降ろす。


「これはこの近辺の地図だが、こちらはまだしも向こうは陣形があるわけでもなければ陣地の確保という概念すらない」


 覗きこむが、確かに書かれた情報は複雑を極めているようだった。曖昧に防衛線と思しき線が引かれているが、実際それが確実に働いているというわけでもないのだろう。


「相手にあるのはとにかく突撃のみ。こちらは国兵や冒険者がパーティを組んで各々に対処していると言うのが一番正しい状況説明だろうよ。こっちだって陣形がどうのとか言っている場合じゃない」

「だけど、それだけ散発的な戦闘なら組織で動けるこちらの方が有利になるんじゃない?」

「そうとも限らない。なんせ相手は全員正気を失っていて、昼も夜も、それどころか地形だってほぼ無視して行軍してくるんだ。戦ってのは普通、最低でも自分の状況が揃ってから起こるもんだろう? 魔族だってもうちょっと昼夜をわきまえて動く」

「つまりこちらの常識が全く通じない、と?」

「そういうことだ。向こうはいつ何時に襲ってくるかもわからない。そのせいで前線には肉体よりも精神的に疲弊してしまっている国兵や冒険者も多いと聞いている」

「となると、想像している以上に混乱していると考えた方が良さそうね……」


 敵が敵だ。出来ることならおシノちゃんやフロースタを常に視界に入れられる状態で戦いたかったが、こうなってくるとそれも難しいかもしれない。実際、敵だけでなく味方も入り乱れた乱戦となったらそれも難しいだろうし、その上で相手の黒幕に迫るというのはもっと無理な話だろう。

 私は小さくため息を吐いた。

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