蔓延

 現在、国兵と冒険者の連合軍――国軍とでも言えば良いだろうか?――と造反軍との最前線は教会所から少し行った先になっているらしかった。ラ・カレーロの蜂起に加わった村人たちを考えればそれなりの人数になるはずだが、国だってぼさっと侵攻を許しているわけじゃないのだろう。今のところ国軍の防衛線は教会所を中心に引かれているらしい。


「でも、せっかくなら依頼を受けてから行けば良かったのに」


 王都を出て防衛線となっている教会所を目指している途中、のんびりとしたペースで歩きながらフロースタはそんなことを言った。


「もうすぐEランクの冒険者でも依頼が受けられるようになるはずだったんでしょ? そうしたらお金ももらえるし、もしかしたら冒険者ランクも上がって良いことずくめだったのに」

「確かに待つのも一つの手だったかもしれないけど、下手に時間をくってしまえばまた分身に襲われるかもしれないからね」

「その分身とやらはそれほど強かったのですか?」

「少なくとも下手に気を抜いていたら傷を負っていたわ」


 おシノちゃんの問いかけにそう答えた。


「それに、冒険者ランクを上げたいのなら後からいくらか機会があるでしょう。それより今は少しの時間を惜しむべきだと思ってね」


 王都を発って二日目の夕方。

 周囲が薄暗くなり始め、そろそろ野営の場所を見つけなければいけないと考えていた頃に少し遠くに焚火の灯りを見つけた。今の状況で呑気に旅をしているような行商人がいるはずもないだろう。同じ目的の冒険者か何かかと考えていると、向こうからこちらの方へと二人の男が寄って来た。


「人の姿が見えたから同じ冒険者だと思ったんだが……」


 私たちほどではないが、二人ともまだ若い。二十……おそらくは二百を少し過ぎたくらいの男たちで、黒と茶の髪をそれぞれ短く刈っていた。首からかけられた認識票はDランク。


「ええ、冒険者です」


 胴着の下にしまっていた認識票を取り出して見せる。Eランクの認識票。本来はまだ今回の件について依頼を受けられるランクじゃない。おや、という顔を見せた男に言葉を続けた。


「とは言っても赤紙の依頼を受けているわけではありません。教会所にいるパーティの方々に用があって……」

「なるほど、そういう類の依頼か」

「確かに前線で戦うばかりが依頼じゃないもんな」


 我が意を得たという表情を男たちが見せる。

 嘘も方便だ。ここであれやこれやと言われるのは面倒だった。


「せっかくだ。こっちで一緒に野営するとしよう。人数が多い方が獣避けにもなる。お嬢ちゃんたちも三人だけで野営ってのは心細いだろう?」


 とは言ってここで固辞してもややこしいことになりかねない。私はシノとフロースタに視線をやってから、「それじゃあ少しの間お世話になります」と頭を下げた。こういう時はとことん下手に出た方がややこしくならなくて済むことが多い。

 男たちはちょうど夕食の準備をしているところだったようで、大雑把に切られた食材がスープの中で煮えていた。私たちは保存食を提供してそのスープを分けてもらったが、見た目に反して味は悪いものではなかった。


「俺はゼート。こっちのはルホックってんだ」


 スープに干し肉を食みながら男たちがそれぞれを指差す。


「三人とも駆け出しだろう? とは言っても俺たちも似たようなもんでさ。ついこの間Dランクに上がったばかりなんだ」

「私は千影と申します。それに、シノとフロースタ。全員Eランクの冒険者です」

「二人はわかるけど、彼女……フロースタちゃんもEランクの冒険者なのか? まだ百歳を過ぎたくらいだろう?」


 もう何度目かになる子供扱いにフロースタも飽き飽きとしてきたらしい。耳を元に戻せばそのことは納得してもらえるが、それはそれで面倒なことになる。そういう阿吽をわかってるようで、フロースタは顔に曖昧な笑顔を貼りつけていた。


「術法の才に長けているようです。確かにまだ幼いかもしれませんが、その腕は一人前だと思います」

「へぇ……確かにその年でEランクの術師となれば、将来はBランク以上の一流術師になれるかもしれないな」

「その時は俺らだって一廉の冒険者だろう? 機会があれば組ませてもらおうじゃないか」


 なんてことを冗談めいて男たちが笑い、千影も付き合い程度に笑ってみせた。

 男たちはまだ若い上にパーティに女性がいない。自分のことをとやかく言うのはあれだけれど、少なくともおシノちゃんやフロータスは見目は麗しいと表現して良いだろう。女日照りが続いていたのか、どこか気取って盛んに話しかけてくる。

 私は時折家の関係で表の世界に出ることもあり、表面的なやりとりのあれこれを実学的に学んでいる。おシノちゃんは基本的にまだ他者に対して警戒心が強いし、フロースタだってああ見えて人見知りのところがある。結果的に私が男二人の話し相手をするような形になって、それが少しばかり疲れてきた頃だった。


「………………」

「千影さん?」


 遠くからの気配を察知して、傍らに置いていた御刀を持って立ち上がった。

 それにおシノちゃんを含め、男たちも顔にクエスチョンマークを浮かべて見上げてくる。


「急にどうしたんだ?」

「……どうやら気の早い方々がこちらへと向かってきているようです」

「どういうことだ?」

「おそらくラ・カレーロの蜂起に加担している連中でしょう」


 そう答えたが、二人の男は小さく笑いをもらした。


「おいおい、気を張るのは良いが、ここはまだ教会所の手前も手前だぜ? なんかの動物の気配でも間違えてるんじゃないか?」

「……いえ、そういうわけではなさそうです」

「だね……この雰囲気はただ事じゃない」


 おシノちゃんとフロースタも異様な気配を感じ取ったらしい。杖を取り出して小さく振ったおシノちゃんに男たちもようやく本気で気配を探ったようで、ややあってから、


「マジかよ……」と顔を険しいものへと変えた。


 それぞれ槍と斧を持って立ち上がる。


「まさかこんな所にまで出てくるなんてよ……教会所で防衛線が出来てるんじゃなかったのか?」


 私たちの前に現れたのは十数の生気を失った村人や冒険者たち――ナレハテとでも呼んだら良いだろう――だった。対してこちらは五人。向こうの方が数という意味では倍以上だ。


「おそらく森を進んできたせいで防衛線に引っかからなかったのでしょう」


 言いながら御刀を構えたが、そんな千影の前に男たちが立ちふさがった。


「へ、こういうのは俺たちに任せておけよ、お嬢ちゃんたち」

「ですが……」

「元々お嬢ちゃんたちは戦闘を想定して依頼を受けたわけじゃないんだろう? 俺らだってこう見えてDランクだ。いっぱしの冒険者よ」

「しかし、この人数差です。固まって戦った方が良いのではないでしょうか?」


 おシノちゃんの言葉に、


「まぁ、見てなって!」


 ゼートという冒険者が躍り出た。


「うりゃあ!」


 一体を槍でなぎ払い、二体目の身体を切り裂く。


「へ、楽勝っ!」


 槍の使い方が大振りだ。お世辞にも洗練されているとは言い難い。

 加えて、脳と心臓という弱点も意識にないようだ。噂話を聞いていないのだろう。

 これは早い内に加勢しないと不味いことになる。

 そう思って御刀を居合いに構えたが、次の瞬間――


「っ! 離れてくださいっ!」

「え?」


 反応が遅い。

 切り裂いたと思った二体目がぐわりと身体を起こしてゼートの首筋に噛みついた。


「が、あぁっぁ……!!」


 槍を落とし、ガタガタと身体を痙攣させる。

 失禁したのか、ズボンが液体でにじんだかと思うと、その場に崩れ落ちた。

 遅かった。ぎり、と歯を食いしばって目を細める。


「ゼートっ!」


 ルホックがナレハテの頭を斧でかち割ってからゼートを抱き起こした。

 その間に近づいてくるナレハテの首を御刀で二体、三体と落とす。


「ゼート! おい、ゼート、しっかりしろ!」


 呼びかけに薄っすらと目を開くが……


「っ!」


 その目に生気はなくなっていた。


「良かった……まったく、ひやひや――」

「――っ!」


 瞬間、ゼートという冒険者は身体を起こしたかと思うと、支えていたルホックの首へと噛みついた。


「あ、が、ああぁ……」


 ルホックという冒険者も身体を震わせ、その場に崩れ落ちる。


「そんな……」


 おシノちゃんが言葉を失い、私は一度おシノちゃんとフロースタの元へと下がった。

 そして二人の冒険者……いや、冒険者だったナレハテはゆらりと立ち上がると私たちに武器を向けてきた。


「なるほど、こういう仕組みで相手は数を増やしていったというわけね」


 式神の類……いや、陰陽道とは全く関係のない呪術めいたものと考えるべきだろう。どちらにしろこれじゃあ国兵や冒険者が次から次にやってきたところで逆効果ということもあり得る。

 仲間……正確に言えば元仲間を切ることにためらいがある連中から相手のお仲間になっていくという仕組みだ。


「質の悪い冗談だわ……」


 そう独り言ちた。


「おシノちゃん、フロースタ。やれる?」


 ちらりと後ろを振り返って問う。

 相手は魔族じゃない。確かにそれに近いものかもしれないが、つい今まで言葉を交わしていた人間だ。全く意思疎通の出来ない魔族というわけじゃない。


「戦えないのであれば今からでもレシンキルに戻った方が良いわ。躊躇いがあれば、次の瞬間には自分の身がああなるかもしれないわよ」

「まぁ、私は問題ないよ」


 フロースタはその場でつららを生成すると、傀儡化したルホックの胸目がけて放った。

 彼女直々の氷の強度は並のそれとは違う。

 つららは鉄当てを装備してあった胸に大穴を開けた。心の臓を撃ち抜かれ、操り人形の糸が切れたかのように元冒険者が倒れ伏す。


「あれはもう神族の仲間なんかじゃない。感傷に浸れって方が無理な注文かな?」


 一方、


「私も心配していただく必要はありません」


 千影が呼び出した前鬼の力を借り、炎を纏ったおシノちゃんは傀儡となったゼートに手を向けて燃えたぎるような炎の塊を放った。

 瞬く間に頭を炎に包まれたソレは数秒もがくように動いたがすぐにその場に崩れ落ち、炎はかき消えた。

 頭部が完全に炭化している。

 物理的に潰さずとも脳にダメージを与えれば良いらしい。


「見てわかりました。アレは神族どころか魔族ですらない。言うなれば生命の理から外れた存在です」


 それに私は小さく安堵の息を吐いた。この分なら余程のことがない限り心配する必要はなさそうだ。


「しかし、今からこうだと先が思いやられますね」


 おシノちゃんはげんなりとした様子で言った。

 前方からはまだ残った十数のナレハテの姿がある。

 本格的に戦闘態勢に入ったのか、おシノちゃんは纏った炎を強くし、フロースタはさらなるつららを生成する。

 しかし、


「まぁ、仕方がないわ」

「千影さん?」


 小さく息を吸ってから、振り向きざまに居合いで一閃。

 瞬間、十数体ののナレハテの首が落とされた。


「うわ、一撃だ……」


 フロースタが呟く。

 御刀の長さから言えば到底届かない距離であるが、今の私にとっては造作もないことだった。


「夜が明けたら教会所へと急ぐとしましょう。この様子だと思ったより切迫しているのかもしれないわ」

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