次なる行動は?

「テーロに会った?」


 翌日、朝食の席で「昨晩、テーロに会ったわ」と昨日の話をこともなく始めようとした私の言葉をやや食い気味にかぶせてきたおシノちゃんの口調は見えない棘で溢れていた。鋭い語調にそれまで「今日は暖かくて過ごしやすい気温になりそうですね」なんて和やかな世間話をしていた空気はあっという間に凍りつく。


「千影さん、それは本当ですか?」


 ダン、と机を叩きながら――静かなのだが、それはずしりと身体の芯に響く音だった――椅子から立ち上がったおシノちゃんの顔にはなんとも言えない表情が浮かんでいた。

 なんと表現すれば良いか?

 怒り、嫌悪、恐れ、そして僅かな悲しみ。そんなものを器に入れて二十秒も撹拌すればそのような表情になるかもしれない。そんなことを頭の片隅で思った。どちらにしろ、今までおシノちゃんがあまり見せたことのない類の表情であることは間違いない。


「テーロって例のテーロだよね? どうしてまた?」

「実は昨日の夜……と言うより深夜ね。どうにも寝つけなくて夜街を歩いていたんだけど、奇妙な敵と出会ったの。それで、ひょんなことからテーロと共闘することになってね」

「奇妙な敵? それはテーロではないのですか?」

「共闘と言ったでしょう? 相手は神族でないのはもちろんのこと魔族でもなかったわ」


 簡単に特徴を説明してみようと試みたがどうにも上手い表現が見つからなかった。結局は『巨大な虫のようなもの』という他になく、それだって二人の想像力に任せるものだ。

 しかし、間違いなく伝えられる点は一点。

 それがあの敵がこの世界に来てから類を見ないほどの力を持っていたという点だ。


「とにかくこの星の生き物には思えなかったわ。あれと比べたら角と翼があるくらいのテーロなんて同族と思えたくらいよ」

「千影さん」


 おシノちゃんが鋭く言葉を放つ。


「例え冗談であったとしてもそのようなことは口にしないでください」

「テーロが同族、ということ?」


 彼女は頷いた。


「おシノちゃんがテーロに対して好い感情を持っていないのはわかってるわ。だけど、昨日の彼女の話を聞くとどうも彼女と私はそう浅くない縁にあるように思えたわね」

「……それはどういうことですか?」

「テーロが意味深なことを言っていてね。テーロとルーノ。二つは永きを共にしてきた並び星。そんな話を聞いたことは?」


 おシノちゃんがかぶりを振る。


「彼女は言っていたのよ。夜空に浮かぶ月がルーノっていうのは私も知ってたけど、この星がテーロだっていうのは初耳だった。そして、私はどうやらルーノと関係があるようなしゃべり方をしていたわ」


 そこまで言うとおシノちゃんは厳しくしていた眉間のしわをさらに深いものへと変えた。勘の良い彼女のことだ。どんな言葉が続くのか気づいたのだろう。


「千影さんがルーノで、悪魔だっていうテーロがこの星……」

「あくまで推測にしか過ぎないけど、私と彼女はこの二つの星と何らかの関係がある……それこそ対になるとでも言える存在なんじゃないかしら? だとしたら、私や彼女の一生物を超えているように思える強さにも納得がいくわ」

「そんなもの、あの悪魔の戯言です」


 我慢ならないと言った様子でおシノちゃんが言った。


「極悪非道で、神族をもてあそび、この世に混沌をもたらす存在……それ以上でもそれ以下でもない。ましてや千影さんと同じような存在のはずがありません。空に輝く月がルーノというのは確かですが、そこに千影さんが絡んでくるなんて荒唐無稽。どうせ嘘八百を並べたにすぎません」

「始めからそう決めつけてしまうのも問題があるでしょう」


 私は言葉を続けた。


「少なくとも答えには近づいているように私には思えたわ。だけど、今差し出された情報から考えるなら、テーロ、そしてルーノという存在について深く知る必要がある。そのためにはホーマ族の伝説をあたってみるのが一番なんじゃないかと思えるんだけど」

「それじゃあ、私たちはこのままツェーフェレナ聖教国に?」

「それが、そういうわけにはいきそうにないのよ」


 フロースタの言葉に私は大きくため息を吐いた。


「どうやら今回のラ・カレーロの蜂起をどうにかしないといけないみたいでね」

「放っておけばいいじゃん、そんなの。私たちはそれこそ勇者さまご一行ってわけじゃないんだし、国や冒険者がどうにかするでしょ」

「それが、昨日私がやり合った相手が今回の黒幕だとしたら、早い内に決着をつけなければ面倒なことになりかねないの」

「どういうこと?」

「どういう手法かはわからないわ。けど、ソレは自らの分身を生みだすことが出来るみたい。昨日私が戦ったのもその分身だったわね。そして、その本体はどうやら私を狙ってるようなのよ」

「千影を狙ってる? どうしてまた?」

「理由はわからないわ。だけど、少なくともテーロはそう言っていたわ」


 そこでまたおシノちゃんが「まってください」と口を挟む。


「千影さんは先ほどからテーロに信頼を置き過ぎです。今回のことを全て含めてテーロの罠だということだって考えられます。安易に信じたら後でどれほどの代償を支払わされるかわかりません」

「とは言っても、昨日助けてもらったことには変わりはないし、彼女の方が様々なことを知っているのは紛れもない事実よ。確かにテーロが何を考えているかはわからない。だけど、何かしらの企みがあるなら助ける必要もないでしょう?」

「ですから、それも含めてテーロの策略で――」

「まぁまぁ、落ち着いて」


 半ば躍起になって反論するおシノちゃんにフロースタが呆れたように言った。


「シノの言う悪魔がなんなのか、精霊の私だってわからない。どんな感覚なのかもわからない。でも、千影の言う通り少し頑なになり過ぎてるよ」

「しかし……」

「まぁ、無理に付き合ってもらう必要はないわ」


 出来るだけ顔を柔和なものになるように心掛けて言った。おシノちゃんの悪魔……テーロに対する嫌悪感は相当なものだ。彼女はテーロが自身の中に眠っていたと言っていた。その感覚がどのようなものかはわからないが、余程のものだったに違いない。なのに、無理にそのテーロの情報を頼りとしたものに付き合わせるのは少し酷かもしれない。


「おシノちゃんの言う企みがもし事実だった時のことを考えておシノちゃんはこの町に残るというのも選択肢の一つね」

「千影さん……」


 しかし、私の慮りとは反対におシノちゃんは表情を暗くした。特別何か意味を込めて言ったわけではないが、慮られているというよりかは突き放されたと感じたのかもしれない。

 そこでおシノちゃんは「わかりました」と諦めたようだった。


「初めて会った日から、この身は千影さんと共にあると誓ったんです。今更それを変えるつもりはありません」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る