誤算

 目を覚ました時にはまだおシノちゃんは穏やかな寝息を立てていた。

 地下牢じゃどれだけの時間が過ぎたのか手がかりになるものがないが、腹の空き具合からして三、四時間ほどが経っているように思う。それから少ししておシノちゃんも目を覚ましたが、やはり気分はあまり優れないようだった。

 国兵がやってきたのはそれから比較的すぐのことだった。

 カツカツと石畳を歩く音が複数。牢の前で止まったかと思うと、鉄の扉の覗き窓が開いた。目つきの鋭い男がこちらの様子をうかがい、すぐに覗き窓は閉められた。ガチャガチャと鍵を開ける音に続いて半分錆びたような鉄の扉が耳障りな音を立てて開けられる。


「出ろ」


 威圧するような声。晴れて無罪放免というわけじゃないが、多少の交渉は出来ると信じたい。ゆっくりと私は立ち上がり、それをおシノちゃんが不安そうな目で見やる。

そもそも聖遺物がどうだのこうだのと言われたのは私だけで、おシノちゃんが牢に入れられる理由はない。少なくとも彼女は釈放するという確約を取りつけなくてはいけない。

 そんなことを思ったが、かけられたのは思いもよらない言葉だった。


「貴様じゃない。そっちの女、お前だ」

「え?」

「貴様らにはいくつかの嫌疑がかけられている。それぞれ別々に審問させてもらう」

「ちょっと待ってよ!」


 ずいと前に出た。


「よく知らないけど、なんかの嫌疑をかけられているのは私だけでしょう? 彼女は何の関係もないわ」

「それを決めるのは貴様じゃない」


 木で鼻をくくったような言葉に私は眉をひそめた。


「ワガクスっていう人が指示をしてるのよね? あの人が直接私を取り調べる。それで話は済むんじゃ――」

「――魔族の仲間が不遜な言葉を聞くな!」


 国兵に詰め寄った私の頬を国兵の右手がしたたかに打った。

 パン、とかなりの音が地下牢全体に響いたが、その程度でよろめくわけもない。逆に睨みつけるようにすると国兵の方が僅かにたじろいだ。本当は牢の端まで張り飛ばすつもりで打ったのかもしれない。取り繕うように言葉を続ける。


「と、とにかくそっちの女、お前だ!」

「だからそれは――」

「――千影さん」


 食い下がる私を止めたのはおシノちゃんだった。


「これ以上ここで話をしていてもきりがありません。相手もそう望んでいるようですし、まず私が話をしてみようと思います」

「だけど、おシノちゃん……」

「大丈夫。少なくとも対話をしようとしてくれているんです。相手もきっと何か考えがあってのこと。私で話し合いになるというのであれば受ける他ないでしょう?」

「それでもおシノちゃんが無用に取り調べを受けるなんておかしいわよ」

「取り調べというのが大げさなのかもしれません。きっと、少しお話をするだけですよ」


 そう言われてはこれ以上突っ張るわけにもいかない。

 引き下がり、代わりにおシノちゃんが国兵の方へと寄った。国兵はふんと横柄に鼻をならした。ざわりと胸がざわつく。けれど、だからと言ってここで何か状況を変えるような言葉は見つからない。


「それでは千影さん、少し行ってきますね」


 国兵二人に挟まれるような形で、だけど顔には穏やかな笑顔を浮かべておシノちゃんが地下牢から出ていく。胸のざわつきは収まらないが、ここは彼女の言葉を信じるしかない。

 確かにあの時ワガクスは私のみを敵視していたのだ。おシノちゃんはあくまでもただのホーマ族でしかない。そんな彼女を手荒く扱ったりはしないだろう。

 閉められた鉄の扉。ちょっとした話し合いや事情を聞くだけなら一時間か二時間か……どちらにしろそこまで時間はかからない。おシノちゃんだってこの世界について無知な以上、深くは話を聞くことは出来ないし、すぐに自分が聴取されることになるだろう。

 そう言い聞かせるように私はその場に座り込んだ。

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