封じられしモノ

 肩の傷は大したものではなく、数分もすればすっかり止まった。本当に皮一枚切れた程度。傷も残らないだろう。


「この程度のもので本当に良かったです……」

「それより、おシノちゃんはどうしてここに?」

「嫌な予感に目が覚めたんです。そうしたら千影さんの姿がなくて……代わりに前鬼さんと後鬼さんの姿があって……話を聞いたら村に向かったって」

「貴女、あの子たちの言葉がわかったの?」

「え、ええ……それが何か?」


 仮にも陰陽師の操る鬼だ。万人に通ずる言葉は持たず、意思の疎通が出来るのは相当に素質のある者だけだろう。

 もしかしたら、彼女には陰陽師として何かしらの素質があるのかもしれない。

 思うが、言葉にはせずに「ううん、なんでもないわ」と誤魔化す。


「それにしても、どうやら随分と心配をかけてしまったみたいね」


 その後、どうするかと話し合ったが、肝心の賊たちは全員が死体すら残らない形になってしまった。

 残っているのは黒く焦げた跡だけ。これで賊退治が終わりましたと言ったところで言われた方はどういうことかわからないだろう。

 だからと言って先ほどこの場で起こったことを一々説明する気はなるはずもない。

 結局、私たちはそれからすぐに、村が闇に覆われている間に村を発った。

 後がどうなるかはわからないが、少なくとも賊はいなくなったのだ。村の人々が適当にやるだろう。その時私たちがどういう扱いになるか、それはこっちの知ったことではないし、別にどうであっても構わなかった。



 ケルウィンへ帰る途中はのんびりと歩いていくことにした。かかったとしても一週間程度。ワガクスさまとやらの選別を受けられるまでにまだ余裕はあるし、話さなければならないこともあった。


「……彼女は私の中に眠っていたんです」


 おシノちゃんが重そうに……しかしそれでも口を開いてくれたのは二日目の野宿の時だった。

 辺りはすっかり暗くなり、パチパチと薪の弾ける音が虫たちの声に交じって大きく聞こえてくる。御刀の手入れをしていた私はゆっくりと視線をおシノちゃんに向けた。


「会ったばかりの頃は何も覚えていないと言っていたと思うのだけど」


 御刀を鞘に収め、傍らに置いてから発した言葉にシノがかぶりを振る。


「信じてもらえるかわかりませんが、彼女を見た瞬間に思い出したんです」

「思い出した?」

「はい。彼女は私の中に永く眠っていた。何があってそういうことになったのか……それは覚えていません。けど、彼女は私の中に封じられていたのは確かです」

「それじゃあ、特別私にそのことを隠そうと思っていたわけじゃないのね?」


 聞くと、おシノちゃんはバッと顔を上げ、すがるように言った。


「隠そうだなんて、そんなつもりはこれっぽっちもありません! 私は本当に彼女のことなんて……それこそ千影さんがあそこで会話をしている時まで思い出さなかったんです」

「大丈夫、信じるわよ」


 あまりにも必死な表情と訴える目に私は小さく笑った。


「でも、彼女のことは確かに気になるわ。彼女は今まで私がこの世界で接してきた誰とも違う存在だった」

「テーロ……最後に彼女は自分のことをそう言っていましたね」

「彼女は私の何かしらを知っているような口ぶりだったわ」


 テーロのことを口にする私におシノちゃんは眉を少しだけ下げた。そのまま少し離れて座っていた距離をなくしたかと思うと、おもむろに抱きしめてくる。

 五秒十秒。

 彼女は私に腕を回したまま言う。


「あの時にも言いましたが、彼女の言葉を真に受けてはダメです。彼女の口から出てきた言葉は全てが妄言。信じるに値することはひとつもないんです」

「随分毛嫌いしているのね」

「少なくともそういう存在だからこそ彼女は私の中に眠らされていたんだと思います」

「おシノちゃん……」


 ドクドクという心音はどちらのものか?

 身体を伝って聞こえてくる音にどこかこそばゆさと心地良さを感じる。不思議な感覚だった。

 久しく覚えていなかったこれは一種の安堵に近いのかもしれない。

 おシノちゃんが火事でいなくなった後は、ただただ人を斬り殺すだけのカラクリ人形になったように思う。それを考えれば今は随分と感情を取り戻した思いだった。


「……怖いんです」

「怖い?」

「千影さんが……千影さんが、あのテーロの元に行ってしまうような気がして……」

「………………」

「彼女は本当に何をするかわからない未知の存在のように私には思えます。もし……ということを考えると、私はそれだけで震えてしまうくらいに怖くてたまりません」

「大丈夫よ」


 ゆっくりと彼女の背に腕をまわし、あやすようにトントンとたたいてやる。永く他人と接さずに地下牢のような場所に繋がれていたからだろうか? 彼女の心は人一倍繊細で傷つきやすいように感じられた。


「言葉だけで信じて欲しいって言うのが難しいのはわかってる。けど、少なくとも私はおシノちゃんのことを何も考えないままに放り出したりはしないわ」

「千影さん……」

「もう休みましょう。疲れたでしょう?」


 そっとおシノちゃんの身体を放す。

 静かに夜が更けていく。そっと目を閉じると自然と息がもれた。もしかしたら私も少しばかり気を張っていたのかもしれない。

 それきりおシノちゃんはテーロのことについて話をしようとはしなかった。

 いや、出来なかったと言った方が正しいのかもしれない。

 おシノちゃんがどんな風にテーロのことを感じたのかわからないが、彼女とてあまり多くのことを知っている様子ではなかった。

 だけど、テーロとはまた再び相まみえることになる。

 その確信に私の心は少しだけざわついた。

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