村の風車小屋
次の日の夕刻にようやく森を抜けると、一時間も経たない間に風車小屋へと着いた。
あまり大きくない風車は小麦をひくためのもののようで、いくつかの作業をするための建物がポツリポツリと建っている。村とは目の鼻の先にあるのだが、確かにあまり目立つものじゃない。
「まだ賊たちには見つかっていないようですね」
馬車で近づくと中から村人の一人が手を振って出てきた。それにノイアはほっと安堵の息をもらした。
アルとノイアが荷台から降りて村人たちに事の詳細を話す。護衛としてついて行った自警団は全滅しているし、あまり楽しい話でないのは確かだ。彼らの表情は一様にして暗いものだった。
「………………」
「千影さん? どうかしましたか?」
そんな様子を見ながら、ふとした考えに耽っていたらおシノちゃんに声をかけられた。「いえ、なんでもないわ」と微笑む。
「少し考え事をしてたのよ。これから色々とやらなきゃいけないことが多いな、って」
風車小屋とその建物に避難している村人は十人ほどだった。総出で私たちを迎えてくれるが、どうしても落胆の色が隠せない村人もいた。
やはり全員耳がとがっている。私とおシノちゃんは共にホーマ族であり、珍しいのは確かなようだったが、屈強な冒険者という風にはどう見ても思えない。
二人の姉妹は懸命に私の歴を語ってはくれたが、黒鷹のカグロダだ野良試合で何連勝だ、襲ってきた魔物を瞬く間に殲滅しただのと言ったところで逆に現実味がなさすぎてとても信じられなかったに違いない。おまけに、冒険者としての功績を示す認識票は最低のGランクである。
しかし、あからさまにそれを出すわけにもいかない。風車小屋の近くにある一番大きな建物に招かれて、一番年長らしい、私が見やるに普通の人間なら五十代くらい――後で聞くと、実際の年齢は四百近いらしい――の男が代表して賊たちのことを説明し始めた。
「私たちがここに来た時と同じなら、賊たちは村の中央にある集会所に陣取っているはずです」
村の簡単な地図を紙に書いてくれる。
「奴らは村を支配することを一つのゲームとして遊んでいるようでした」
「遊ぶ……」
的確な表現のように感じられた。
略奪や強奪、凌辱が目的なら一度に村全体を襲ってしまってお終いになる。このようなことをするには『それなりの理由』というものが存在するはずだ。
「はい……奴らは村を支配する傍ら、気が向いた時に家の一つを嬲るように襲うようなことを繰り返していました。自警団がやられ、武器を奪われてしまった以上、私たちに出来ることと言ったら家の出入口を固くすることぐらいで……後はやつらの言いなりになる他なくて……」
「ひどい……」
おシノちゃんが思わずといった様子で呟いた。
「そんな中、どうにか賊たちの目を盗んで私たちはここに逃げることが出来たんです」
「賊たちはずっと村の中に? 下手をするとここもすぐに見つかってしまいそうなものだけど……」
「幸いにも奴らは滅多に村からは出てこないようです。何を考えているのかはわかりませんが……頭の男はこの村を足がかりにするとかなんとか」
足がかり、と言うと村を襲った先に何かしらの目的があると考えた方が良い。
世界に『選ばれた』なんて言っているとなると頭が少しおかしくなったヤツと思えないこともないけれど、その『選ばれた』という単語が引っかかっていた。それに、用意周到……そう、ここを含め、賊たちは色々と準備が出来ているように感じられた。
「それで、その頭と呼ばれていた男が異質で異様な強さだったということね?」
「ええ、そうなんです。その強さと言ったら――」
「――もうその辺でいいだろ、タストのおっちゃん」
そう言って私たちの会話を遮ったのは一人の若者だった。
「こんなヤツにマジになって説明することもないって。どう考えたってこんな小娘がやるくらいだったら俺たちが戦った方がマシだ」
立ち上がって忌々しいとでも言いたげな表情でこちらを見やってくる。
「あんた、今年でいくつだよ?」
「年? だったら、今年で十七になるわ」
そんな私の返答に「はっ」と嘲るような声を相手は出した。
「十七? 聞いただろ。そんだけしか生きてないヤツが俺たちより腕っぷしがあるように思うか? 俺は今年で百八十の年を越すし、鍛錬だってそれなりに積んでる。万に一つも十年ぽっちしか生きてこなかったヤツに負けるようには思えないね」
見た目で言えば千影より半回り上と言ったところだろうが、どうやら耳の尖った連中は千影の感覚で言えば九から十倍の時間を生きているようだ。
百八十歳。詳しいことはもちろんわからないが、見た目で考えるなら血気の一番盛んな頃と言って良いかもしれない。
「ノイアもアルも騙されたんだろう? 田舎の村娘だからって足元を見やがって」
「ヤ、ヤック! なんて失礼なことを!」
「だってそうじゃねえか? ホーマ族だか何だか知らねぇけど、俺にはどう見たってこいつが賊どもに立ち向かえる屈強な剣士には見えないね」
「………………」
「どうせ金だけ騙し取るつもりだったのに、退くに退けなくてここまで来ちまった、ってところだろう? 隙を見てさっさととんずらするに決まってる」
キャンキャン吠えるうるさい犬ね、なんて思う。もっともこの程度で腹を立てるほど気は短くない。
しかし、一切反論してこず、飄々としている私の態度も気にくわなかったらしい。
「なんだ? やるってんなら今ここでやったっていいんだぜ?」
ずいと寄ってきた相手に小さく息を吐いた。
「別にどう思ってくれても構わないし、好きに言ってくれていいわ。私は頼まれたことをやるだけだから。ただ、邪魔だけはしないでくれると助かるわね」
「このっ――バカにしやがって……!」
気色ばんだヤックという青年を周囲の男たちがなんとか抑えた。
別にここで彼を一捻りしてやってもよかったのかもしれない。けれど彼にもメンツというものがあるだろうし、すぐに暴力に訴えるのは良くない……というのは少し良い子ちゃんすぎた言葉だろうか?
「………………」
それに、少し思うところもあった。
嗅覚が反応したと言った方が適切かもしれない。
日ノ本ではずっと裏の世界に身を置いていた。だからこその感覚がある。無視してしまうには気がかりな感覚だ。
結局ヤックという青年は肩を怒らせたまま「先に失礼させてもらうぜ」と席から離れてしまった。タストという村人は、
「ただでさえ苦しい中だから、つい思ってもないことを口にしてしまったのだ。許してやって欲しい」
と平謝りしたが、他にも似たようなことを思っている者がいるのは私たちの目にも明らかだった。
結局、もう今日は日も遅いと話はそれを区切りとしたように終わった。詳しいことはまた後日。私が動く時には協力させてもらうと彼らは言っていたが、士気が高まっているようにはとても思えなかった。
―― やはり、あれっぽっちの金じゃ難しかったか…… ――
話もそこそこに部屋を出ると、中の誰かがそうポツリともらしたのが聞こえた。
「村のみんなが、本当にごめんなさい……」
宿代わりに調えた空き家まで案内してくれたノイアはそんな村人たちの態度をひどく申し訳なく思っているようだった。
「ヤックにはこの後しっかりと叱ってもらいますから……どうか怒らないであげてください」
「別に構わないわ。私だって自分の見た目が筋骨隆々の男に比べたら見劣りするということくらいはわかってるし、そういう人たちと同じような体格になりたいとも思ってないから。それに、冒険者ランクがGというのも紛れもない事実だものね」
「でも、チカゲさんは本当に凄い剣士なのに……」
「それはこの賊退治で証明すれば良いだけのことよ。どちらにしろ、貴女が気に病むようなことではないわ」
空には月が日ノ本にいた時と同じように浮かんでいる。
それを見ていたらふと今自分の置かれた状況を忘れそうになる。
ここがいったいどこなのか?
いったい自分の身に何が起こったのか?
それがわかる日がいつかくるのだろうか?
「言い訳になってしまいますが、ヤックはあの町にいた……それこそ黒鷹のカグロダのような人物じゃない限り、冒険者としてやってきても文句を言ったんじゃないかと思います」
「何か事情があるの?」
「ヤックのお父さんは立派な国兵だったんです。勲章をもらうような立派な騎士さまで……病気で早世してしまいましたが、どうしてもそんなお父さまと比べてしまうんでしょう。元々の性格もあると思います。でも、彼は人一倍村想いのところがあって、今回のことも早くなんとかしたいと思っているに違いないんです」
「そうは言っても……」
「難しいことですよね」
おシノちゃんの言葉にノイアは軽く頷いた。
「もしかしたらヤックはお父さんのような立派な騎士さまが来てくれることを期待しているのかもしれません」
「………………」
空き家についてからも再三謝罪の言葉を口にして彼女は去っていった。
この風車小屋付近に着いた時間も遅かったし、もう夜も結構更けている。
ふわりとあくびをひとつ。私は出口に近い方のベッドに場所を取って、御刀を壁に立てかけるようにしてから横になった。宿屋のベッドより幾分みすぼらしく、せんべい布団のようなものであるけれど野宿よりかはマシである。
「千影さんも随分と疲れが溜まっているんじゃないですか?」
奥のベッドに座ったままおシノちゃんが問うてくる。
道中の森でも私は周囲に気を配っていてあまり横になって眠ってはいなかった。最近まともに身体を横たえて寝たのは三日ほど前だろうか?
「この程度なら大丈夫よ。慣れてる……と言うと語弊があるけれど、元の世界でもそういう風に暮らしてきたから」
「やはり千影さんはどこか選ばれた人なのでしょうね」
「今回襲ってきた賊のリーダーも、自分が『選ばれた』と言っているみたいだけど?」
そう冗談のように言ってからゆっくりと眠りの世界に落ちていった。
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