道中にて

 幸いにして馬車は魔族の手を逃れて無事らしい。なら出立は早い方が良いだろうと、その日の内に彼女たちの村、ミーニル村を目指すことにした。

 馬の類を操ったことはないが、馬は自分の役目を十分わかっているようで私が手綱を握っても大人しく歩を進めた。

 よほど疲れていたのだろう。姉妹は馬車の揺れなど気にならない様子で荷台で寄りそうように眠っていた。魔族に襲われ、ケルウィンの町にどうにかたどり着いてからもまともに眠れていなかったに違いない。


「ですけど、賊と言えば良いんでしょうか? ケルウィンでも彼女たちは絡まれていましたし、荒くれ者というのは結構いるものなんですね」


 御者台の隣に座っていたおシノちゃんが言った。


「まぁ、片やあんな化け物が闊歩しているんだもの。今はこの国全体が優先して魔族とやらに対して対抗措置を取っているように感じられるわ。賊はまだしも、多少の荒くれ者相手にそこまで人員を捌けるわけではない、という感じかしら?」

「魔族という共通の敵がいたとしても、必ずしもみんなが団結出来るわけじゃないんですね……」

「そうね。そういうのはわからないでもないわ」

「そうなのですか?」

「ええ。私の世界でも少なからずそんなところがあったから」


 ぼんやりと日ノ本での事情を思い出す。

 黒金の船の到来から様々あったが、攘夷派にせよ討幕派にせよ一枚岩とは言い難かった。

 川沿いに進み、一泊野宿をした翌日に大きな森へと入った。

 森は私たちが最初に野宿をした森よりも何倍も大きいものだった。ただ、うっそうと木々が茂ったものではなく、所々が草で茂っているものの一度はきちんと整備された道らしきものも存在していて、馬車も通れないことはなさそうだ。

 とは言ってもノイアいわくこの道は昔に作られたらしく、今となってはほとんど使われていないとのこと。今はそういったことはないとは思うものの一時は森に賊が住みついたりもしたらしい。そうなればもちろん通行人に被害が出る。というわけで、いつからか町に用事がある時は大きく迂回するのが一般的になり、余程のことがなければ森は避けて通るようになったらしい。しかし、この森を抜ければもう目と鼻の先に風車小屋があるそうだ。

 今回は私がいるということで森を抜けて近道をすることを選んだのだが、おシノちゃんが「どこか不気味ですね……」と不穏な顔をした。


「確かに私たちが少しの間暮らしてた森とは随分雰囲気が違うわね。それに……」


 すんすんと鼻をならす。そうして感じられるのはあの猪のような化け物どもを相手にした時と同じような雰囲気だった。


「もしかしたら魔族とやらの類もいるのかもしれないわ」

「魔族……」


 ノイアがアルの身を守るように抱き込む。聞けば、やはりここも勇者たちがいた時には魔族に対しての結界があり、盗人風情の悪人はまだしも魔族はいなかったらしい。


「千影さんはそういうのもわかるんですか?」

「わかると言うより勘……いえ、ニオイのようなものと言った方が良いかもしれないわ。かもし出す雰囲気というのは誰にでもあるものだもの。連中だってそれは例外じゃないでしょう」


 周囲に気を配りながらなるべく早足で森の中を行く。

 時々草の束を車輪が踏みつけてガタリと揺れるが、一度はきちんと砂利で整備されたものらしく、見た目ほど使い勝手の悪い道ではない。木々の間から注いでくる陽の光も心地良く、しばらくも進めば緊張の雰囲気は頭の片隅に残る程度になっていた。


「そう言えば、お二人はどうしてケルウィンに?」


 そう言ってノイアが声をかけてきたのは森に入ってから随分と進んでからだった。アルはそんなノイアに寄りかかるようにしてすぅすぅと眠っている。


「やはり将兵となるためですか?」

「気になる?」

「あ、いえ……単なる興味本位で、答えていただく必要は何も……」


 ノイアの言葉に「別に何も隠したいことがあるわけじゃないわ」と笑った。


「将兵になるつもりは今のところないわ。私も、もちろんおシノちゃんも」

「そうなのですか?」

「ええ。この格好を見てもわかると思うけれど、私はこの国とは縁もゆかりもない場所の出身でね」

「ホーマ族ですものね。噂にホーマ族のことは聞いてはいましたが、お会いしたのは初めてです」

「やっぱりホーマ族っていうのは珍しい?」

「それはもちろん。いにしえから続く幻の種族と聞いています」

「いにしえから続く幻の種族、ね……」


 成長した木の枝が馬車の進行方向にせり出している。しゃべりながら御刀でそんな木の枝を切って落とした。

 森に入った時から時折こうやって馬車が進むのに邪魔になる小枝の類を刀で捌いていたが、それだって慣れてしまえばつまらない作業だった。

 深く話すつもりはなかったが、この程度の世間話をするくらいなら良い暇潰しになるし、多少人の声があった方が獣避けくらいにはなるだろう。


「………………」


 それにしても、この森はかなりの大きさのようだった。

 進めど進めど終わりが見えるような様子はなく、むしろ緑の茂りが混みあってきているように思う。道がそれほど困難なく続いているから進んでいるものの、いつ途切れてもおかしくなさそうにさえ感じる。

 一応ノイアによればこの道は通っているはずということであるし、多少の障害物なら私がどうにか出来てしまうから、あとは大した苦なく進めれば御の字というところだろう。

 ただ、馬の脚でもとても一日では抜けることが出来ず、一泊は森の中でとることになった。

 ちょっとした湧き水が小さな泉となっていたところに馬車を止めてその近くをひとまずの宿とする。火を起こし、獣の類はこれで寄ってこないだろうと考えた時に微かな気配を捉えた。傍に置いてあった御刀を手にとって立ち上がる。


「千影さん?」

「しっ……何かいるわ」


 複数。それも、思ったより数が多い。


「――っと」


 瞬間の反応。草むらからアルを目がけて投げられたと思われる小さな石を御刀で弾いた。お返しとばかりに地面に転がっていた石を鞘で鋭く飛ばしてやると「ギッ……ィ!」と小さく何かの断末魔らしきものが聞こえた。

 魔族だろう。

 姿が僅か見えたが、身長は人間の半分もない。

 続けて石が複数飛んで来る。対処するのは容易いし、多少当たったところで致命傷にもなりえない。その全てを刀で払う。一匹一匹は雑魚だが、数は多いらしい。

 なら、と周囲に生えている草をまとめてちぎり、息を吹きかけて上空に放り投げる。

 瞬間、投げられた草は各々が私たちの周囲へと凄まじい速度で放たれた。

 次いで「ギィッ!」とも「ギャッ!」とも判断のつかない魔族たちの悲鳴が周囲から響いてきた。

 相当数の魔族に致命傷を与え、命まで取れずともほぼ全ての魔族は相応の傷を負っただろう。

 ただの草とは言っても陰陽術で強化されたそれは寸鉄と変わらぬ威力を持つ。それをかなりの速さで撃ち込まれるのだ。体躯の小さい連中ならひとたまりもないだろう。

 しかし、そんな中でも闘志の消えないヤツたちは少しばかりいるようだ。

 手負いながら草影から一気に飛び出して、使い古しか、拾い物と思える小さなの刃物を振り上げて襲ってこようとする。

 ヤケクソになっているのだろう。後先を考えない自暴自棄の特攻は処理するのに手間なのは確かだ。

 ちっ、と舌を打ちながら、私は髪の毛を二本抜いて上空へと放った。


―― カラリンチョウカラリンソワカ ――


 そう唱えると、大型犬ほどの、四つ足だが獣とも虫ともわからぬ存在が二体宙に出現する。


「行って!」


 その言葉に二体のそれは動き、ヤケクソに突っ込んできた連中に次々と襲いかかり、その命を絶命させていった。

 二体は見事な連携を見せ、小さな魔族などものともしない。

 武器が投擲されても頑強な腕がそれを弾き、もう一体が身体をかみ砕く。そして武器を弾いた一体はすでに別の個体に食らいついている。


「大丈夫?」


 二体の荒れる存在に若干腰を抜かしていたおシノちゃんに問う。

 周囲ではまだ二体のそれが四方自在に動き回り、魔族を片端から攻撃しているが、私たちに近づけるような敵は一匹もいない。


「ち、千影さん……こ、これは一体……?」

「ああ、ごめんなさい。この子たちは前鬼ぜんき後鬼ごき。私が使役してる式神の一種で、私の身体の一部を元にすると使役出来るの」

「ま、魔族とかじゃ、ないんですよね……?」

「おシノちゃんからしたら大差ないかもしれないけれど、この子たちは私の大事な式神よ。もちろん魔族なんかじゃないし、式神の中じゃ私に一番近しい存在ね」


 圧倒的な速度での一方的な殺戮。

 小さな人型の魔族は何がどうなっているかもわからなかっただろう。ただ、知らぬ内に音もなく同胞が食いちぎられ、それに気づいた瞬間には自分も襲われている。

 時間にすればものの二分もかからなかった。

 辺りがすっかり静かになってから二体の式神ははようやく動きをゆるやかにし、慕うように私の元へとやってくる。

 それに犬をあやすように撫でてから、「ごくろうさま、ありがとうね」と息を吹きかけた。途端、二体の式神は空へと消え去る。

 念のため周囲に生き残りがいないのを一応確認してから、おシノちゃんたちの方を振り返った。


「囲まれる前に気づくべきだったわね。少し油断していたわ。でも、もう大丈夫よ」


 そう小さく笑ってみせたが、おシノちゃんをはじめとしてノイアとアルたちも表情をひきつけたまま、少しばかり涙目になっていた。

 気がつけば周囲にはいくつもの魔族の死体があちらこちらに散乱していた。


「………………」


 ……結局、別の場所に新たな野宿の場所を求めることとなった。

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