賊の話

「賊たちが村を乗っ取ったのは二週間前からです」


 宿に帰り、ひとまずの話を聞こうとなってから彼女はそう言った。

 妹の名前はアル・メヴィーノア。そのお姉さんはノイア・メヴィーノアというらしい。出身はここから馬車で五日ほど行ったところにある村らしく、このケルウィンの町にやってきたのは私がカグロダと戦った日とのことだった。二人とも偶然に試合を目にしたらしい。


「辺鄙で、決して裕福な村ではなかったのですが、それまでは本当に平和だったんです。ですが、いきなり化け物のような男を頭と呼ぶ集団がやってきて、今日からこの村は俺たちが支配する、と」

「化け物のような男?」


 おシノちゃんの言葉にうなずく。


「手足が異様に長く、クモのような男なんです」

「それは人間なの? 魔族じゃなく?」

「魔族のように知恵がなければまだ何かなす術があったかもしれません」


 私の疑問にノイアが疲れたように息を吐く。

 そう言えば魔族とやらはあまり知恵のない連中というのが常識だったか、と思い出した。勇者たちと会った時もそうだったし、教会所でも「魔族の知性は低いもの」と扱われていた。言語がどうのこうの、鳴き声のパターンが、というようなことを勇者の一人が言っていたように思うし、いっぱしに言葉を操るような魔族はいないのだろう。


「男は自分は世界に選ばれた存在だ、などと言っていたんです」

「世界に選ばれた男……」

「その賊たちは大体何人くらいなんですか?」

「全員で六人です」

「六人?」


 出てきた言葉に小さく驚きの声を出た。おシノちゃんももっと多くの人数を予想していたらしく、どう言って良いのかわからない様子だった。

 村を乗っ取るというくらいだから最低でも十人単位でいるものとばかり考えていた。


「六人なら……こういう言い方はあれかもしれないけれど、やりようによってはどうにか出来たんじゃないかしら? 村に……なんと言えば良いか、自警団のような、そういう人たちは?」

「ありましたし、当然最初は逆らい、戦いました。ですが、他の連中はともかくクモのような男は異様に強く……自警団の三分の二以上の人はその男に……」


 そこでノイアは押し黙ってしまった。

 殺された、ということだろう。

 村の男たちが農作業の傍らにやっている自警団。一方、相手は荒事を本業にしている賊であり、分が悪かったというのはわかる。

 けれど、だからと言って数の暴力というのはなかなか覆せるものじゃない。それは込み入った乱戦を想定し、一対多数を前提としている無想月影流を習得しているこそ身に染みてわかっている。

 ともなれば、そのクモのような男がそれなりの……少なくとも素人では手に負えない強さということだろうか?


「それで、そんな中貴女たちはこの町にやってきた、というわけですね」

「はい。私とアル、それから少しの村人たちは賊たちの目を盗んで村から少し離れた位置にある風車小屋に避難出来たんです」

「風車小屋?」

「ええ。風車小屋といくつかの建物が村か少し離れたところにあって、そこはどうやら賊たちに気づかれていないようなんです。そこから、私は同じく避難出来た自警団の方たちと共に助けを求めに出ました。冒険者組合に届け出て、一人だけでも強い冒険者の方を雇えれば、自警団の皆さんとどうにか出来るのではと考えていたんです」

「しかし……」


 そこで疑問に思った。


「貴女たちは二人だけよね? 他の方たちは?」

「それは……」


 問うと、ぐっとノイアとアルの二人が表情を陰らせる。

 たっぷり二十秒。沈黙の中からなんとか言葉をひねり出す。


「道中の森で魔族に襲われてしまったのです。残っていた自警団のみなさんは私とアルだけでもなんとか逃がそうと自分の命を投げうって……」

「………………」

「本来魔族はいないとされている地域で油断していたんです。勇者さまたちが亡くなってしまっていたというのもこのケルウィンに着いてから知ったことで……魔族が出るようになっているなどと知らなくて……本来ならあまり使わない危険な道を通ってしまったのが間違いでした」


 ああ、そうことね……と居心地の悪さを覚えた。私の『勇者殺し』はやはり相当に広い範囲で連鎖反応を起こしているようだ。

 それにそのクモのような男に何かひっかかるものを感じていた。

 ただの気のせいかもしれないが、少なくとも世の中にそうそう珍妙な人はいないだろう。「世界に選ばれた」などと言っているくらいならもしかしたら何かしらこの世界について知っているかもしれない。


「千影さん」

「そうね、これも何かの縁というもの。もし良ければ、私たちがその賊退治を引き受けるわ」

「え!?」


 ノイアはそれに大層驚いたようだった。


「し、しかし! 私たちにはとても大金をお支払いする力はありません。この二千ドラーロが本当に精一杯で……これでも村中のみんなでかき集めたものなんです。これ以上はとても……っ」

「それだけで十分よ。言った通り、これも何かの縁。それに私たちはお金に困っているわけじゃないから」

「そんな……」


 見る見る内にノイアの綺麗なオレンジ色の瞳に涙が溜まっていく。彼女は感極まったのか、片手で口を覆ったかと思うと、「あぁ、神さま……」と深く頭を垂れた。


「ありがとうございます、ありがとうございます……っ! 先ほどのことと言い、本当に……なんとお礼を申し上げたら良いのか……」

「あまり畏まられても困るわ。きっとあの食堂で会った時からこうなる運命だったんでしょう」


 いや、正確に言えば私が勇者たちを斬った時から決められた運命、というやつだろうか?


「きっとお二人は、神さまが遣わしてくださった新たな勇者さまなのですね……」


 ただ一つ言えることは、そうやって拝められるのはあまりにも座りが悪かった。

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