袖振り合うも

 私たちが再びその姉妹を見かけたのは三日後の大通りでのことだった。

 路銀の心配もひとまず片づき、正式に冒険者としてワガクスさまとやらに会うのを申し込んだのだが、いかんせん数が多すぎる。私たちがお目にかかれるとされた日付は随分と先のことだった。

 その時には私は砦でもちょっとした噂になっており、『黒鷹のカグロダを倒したホーマ族の少女剣士』と国兵にからかわれた。もっとも、からかわれたという言葉が表す通りそれを信じているかどうかはまた別で、実際に見ていない者たちは、


『どこかの商人やら誰かが一儲けしようと法螺話を吹聴してるんだろう』


 と考えている者がほとんどとみえる。

 実際、ワガクスさまに冒険者として会うのが許されたのはこちらがホーマ族であったからという方が理由としては大きかった。陰陽術はさておき、この世界の術法の一つも使えないが、勝手に優秀な術師の類かなにかだと勘違いしたのだろう。

 まぁ、確かにあれから賭け試合は一度もしていなかったし、ましてや私の姿を見ればそれもまた頷けるものと言えるかもしれない。ホーマ族であるということは嘘偽りないが、どう見てもカグロダのような屈強な男に剣で勝るようには見えなかったはずだ。

まぁ、変に有名になってしまうよりかはずっと気楽というものだ。名前が知れ渡れば知れ渡るほど面倒事だって増えると相場は決まっている。この程度なら少しも経てば『ホーマ族の少女剣士』の噂は勝手に消えてくれるに違いない。

 そんなこんなで、まだ少しこのケルウィンの町で足止めかと思いながら大通りをおシノちゃんと歩いている時だった。


「や、やめてください!」


 唐突に聞こえてきた女性の声は聞き覚えがあった。

 もっとも、荒くれの冒険者が増えれば何かと事件は起こるし、そう珍しいことでもない。大きな騒ぎになれば国兵が止めに入るだろう。周りはそんなことを考えてか、あまり気にせず一瞥をくれるだけだったが、私たちは聞き覚えのある声に足を止めた。


「なんでぇ、うちらが親切心で引き受けてやろうって言ってんじゃねえか」


 今度は男の声。しかしお世辞にも心地の良い声とは言えない。耳障りで下卑た声だった。


「あ、貴方たちには頼みません! これは村のみんなが出してくれた大切なお金なんです!」

「おいおいおい。二千ぽっちで雇われてくれるヤツがいると思ってやがんのか? こうやって探してるってことは冒険者組合じゃ相手にされなかったんだろう? そこを俺たちはちょっと良い思いをさせてくれるなら引き受けてやるって言ってんだぜ?」

「アル、行きましょう」

「っと、そう連れねぇこと言うなよぉ」


 足をかけたのだろう。何かが転げた音がしたかと思うと、「アル!」と女性の声がした。

 どうやらそこでおシノちゃんは見過ごすことが出来なくなったらしい。顔をしかめ、群衆をかきわけて騒ぎの方に歩いて行く。

 我関せず……と言うには今のやり取りは許せなかったのだろう。

 そして、なんだかんだ言って私もそんなおシノちゃんを止めることが出来ない。だからこそ、こうしてついつい足を止めてしまう。

 正義と悪、なんて青臭いことを言うつもりはこれっぽっちもなかったが、確かに今のやり取りは胸糞の悪くなるものだった。

 それに、このままおシノちゃんを危ない目に遭わせるわけにもいかない。

 群衆の中から歩み出ようとした彼女の肩に手をかけ、待ったをかけた。


「千影さん……」

「こういう荒事はおシノちゃんには似合わないわ」


 そう言って群集の中から前に出る。


「その辺で止めといたら?」


 冒険者と言うよりただのチンピラ崩れのような男たち三人の前に立った。


「貴女は……」


 女性はすぐに私が誰かわかったようだった。ちょっとの挨拶も交わさなかったがこちらのことを覚えていたらしい。


「なんだおめぇは?」


 チンピラの一人が向かってくる。身体をそう鍛えている風にも見えない。多少身長があるだけの見かけ倒しのヤツに思えた。


「あ、兄貴! こいつホーマ族ですぜ!」

「おっほ! ホーマがのこのこやってきてくれたのか!?」


 三人が私を囲むように立つ。


「世にも珍しいホーマさまがわざわざ出向いて何をしてくれるってんだぁ?」

「その汚い視線はどうにかならない?」

「おいおいおい、俺たちの商売の邪魔をしておいてその言い草はひでぇんじゃねぇのか? それとも何か、ホーマのお嬢さまが不足分を払ってくれんのか? それだったら俺たちも大歓迎よ」

「そりゃあ良い! 名案だ!」

「戯言はいいから、今すぐにここから消えなさい」


 そんな言葉は何も意味をなさなかったようで、「まぁまぁそう堅い面をするなよ」と三人の男がじりじりと距離を詰めてくる。どうやら連中の狙いをこちらに向けることは成功したようだ。


「仲良くしようぜぇ? なぁ?」

「生憎、下賤な連中と仲良くするつもりはないわ」

「あぁ?」


 一人が肩を大きくいからせてずいと寄る。


「おい、ホーマ族だがなんだがしらねぇが、あんま舐めた態度とってっと痛い目みさすぞ」


 そうすごんでくるが、そこに実力がないのはバレバレだ。ただの見掛け倒しにもならない。これだったら産まれてさほど経たない仔犬にキャンキャン吠えられた方がまだ怖気づくというものである。


「聞こえなかった?」

「うっ!?」


 男の顔面を片手でつかむ。


「が、がああぁぁっ!」


 そのまま少し力を入れると悲鳴にも似た声が上がった。

 純粋な握力を前にメシメシと頭骨が鳴り、男はたまらず手から逃れようとするが、がっちりとつかんだ手が並の力で外せるわけもない。


「あ、兄貴……?」

「や、やめ、あ、い、あああっ――!」


 あと僅かでも力を入れたら頭骨が割れるだろうというギリギリまでやってから拘束を解く。

 男はどさりと倒れ込んで顔面の痛さにその場を転げまわる。

 残る二人に殺気を飛ばす。それに、「ぴっ」と二人のチンピラは声をあげ、半ば腰を抜かしそうになる。


「消えろって言ってんのよ。命が惜しいんならね」


 それはただの脅しや冗談の類にはとても思えなかっただろう。

 二人のチンピラはガタガタ震えながらも、地面に転がり、ひぃひぃと呻く男に肩を貸して這う這うの体でその場から立ち去った。

 それに小さくため息を吐く。


「お二人とも、大丈夫ですか?」


 そうしている間に、おシノちゃんは姉妹の方に寄って行っていた。


「あ、ありがとうございます。なんとお礼を言ったら良いのか……」

「お礼を言うなら千影さんに」

「でも、最初に飛び出そうとしたのはおシノちゃんでしょう? 私は私の思うまま、しようと思ったことをしただけだもの」


 流石にチンピラ退治で注目が集まってしまっている。


「ここじゃあ悪目立ちしちゃうわね。大きな騒ぎになる前に場所を変えるとしましょう」


 それが姉妹の話を聞くことに繋がるのは目に見えていた。けれど、だからと言ってここで姉妹にバイバイが出来るとは思えない。

 こういうのを『袖振れ合うも他生の縁』というやつなのだろうか?

 ふとそんなことを思った。

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