とある少女

 その少女はまだ少女というより幼女――もっとも、実際の年齢は定かではないが――と言った方が正しかった。茶色の髪に瞳は夕日を閉じ込めたかのような綺麗なオレンジ色をしている。


「あなたがあの広場でおっきな人をたおしたチカゲさまですか?」


 カグロダの敵討ち……なんてバカなことはないだろう。しかし、夕刻も少し過ぎた時間にこのような子が一人でいるのは少しおかしなことのように感じられた。


「千影は私だけど……貴女は?」

「わ、私はアル・メヴィーノアって言います」


 ペコっと頭を下げる姿は実に子供らしくて可愛らしい。


「私たちに何か用事なのですか?」


 相手が子供だからか、いつもよりもさらに三割は柔らかい表情でおシノちゃんが少女に聞いた。それに、アルがばっと顔を上げて


「お、おねがいがあるんです!」


 と大きな声で言った。

 子供特有の高い声は食堂の中で大きく通った。

 周囲にいた客たちが「何事だ?」というような様子で見やる。私はそれに手の仕草で「なんでもないわ」と答えた。相手はまだ幼い子供。変につっついたらどこから火が出るかわからない。変な騒ぎはまっぴらごめんだった。


「もうちょっと小さな声で大丈夫よ。それで、お願いってなに?」

「あの……村にいる悪い人たちをやっつけて欲しいんです」

「悪い人たち?」

「お、お金ならあります」


 小さな革袋を彼女が机の上に置く。中には銅貨と随分と色のあせた銀貨が詰まっていた。二千ドラーロあるかどうかといったところですね、とおシノちゃんがポツリと言った。


「こ、このお金で悪い人たちをやっつけてください」

「それだけ言われても……困ったわね……」


 私は眉をハの字にした。

 どうやらこのお金を使って何かの退治をして欲しいということはわかるが、それ以上の情報はどうやっても出てきそうに思えなかった。ましてや、こんな子供が二千ドラーロのお金を持っているというのもおかしいことだ。


「ねぇ、アルちゃん。アルちゃんは誰かと一緒にここに来たんじゃありませんか?」


 どうしようかと困っているとおシノちゃんが後を引き継いでくれる。

 しかし、少女はそれにむずがゆい表情を浮かべた。下唇をぎゅっと噛んで視線をそらす。あまり言いたくない。言葉以上に彼女の表情がそう物語っている。けれど、元は素直な子なのか、少ししてからゆっくりと口を開いた。


「……おねえちゃんと一緒に来ました」

「お姉さん? それじゃあ、そのお姉さんは――」

「アルっ!」


 おシノちゃんの言葉を引き裂いて、今度は入口の方から食堂に声が響く。


「もぅ! ついて来ても良いって言ったけど、一人で勝手に出歩いちゃダメってあれほど言ったでしょう!?」


 どれほど探していたのだろうか?

 その女性はそんなことを言いながらそばに寄ってくると、怒るような口調でありながらぎゅっと少女を抱きしめた。大きく肩で息をしている。あちらこちらを走りまわったのか、首筋には大粒の汗が浮いていた。

 長い茶色の髪を一つに編み、見た目は私たちよりいくらか上のように見えた。身につけている服は継ぎはぎがされ、この世界の者でない私にも彼女が裕福とは離れた場所にいるのだろうということが想像出来た。


「すみません、うちの妹が変なことを言ってしまったようで……」


 とりあえず妹の無事を確かめたからか、女性はお金を自らのポケットにしまうと深く頭を下げた。


「でも、お姉ちゃん……この人たち、あのおっきな男の人をたおした人たちで……」

「こういう方たちを雇うにはもっともっとたくさんのお金がいるの。私たちにはとてもじゃないけれど無理なのよ」


 それで多少は話が見えてきた。

 しかし、二千ドラーロぽっち。賭け試合に千ドラーロを払う傭兵や冒険者だってかなり多かったのだ。二千ドラーロで命を賭けて戦ってくれる人が多くいるとは思えない。複数人を雇おうと思えばなおさらだ。

 彼女たちからしたら大金なのかもしれないが、一般的に言えば、はした金とまではいかなくとも大金とは決して言えないに違いない。

 「さぁ、帰りましょう」と姉が少女の手を引く。少女は「でも、でも……」とまだこちらの方をちらちらと見やっている。


「………………」


 まぁ、どこにでも事情というのは転がっているものだ。それを一つひとつ探っていてはろくに動けもしない。

 ましてや今からワガクスさまとやらに会う約束を取りつけ、今私たちに起こっていることが何なのかを少しでも明らかにしたいところだ。他所さまの事情にまで深く首を突っ込むのは躊躇われた。


「良い冒険者さんに会えるといいんですけどね……」


 そんなことをポツリと言ったおシノちゃんに、私は「そうね」と短く返した。

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