ケルウィン

冒険者

 ケルウィンは日ノ本のいわゆる町とは全く違った様相を呈していた。

 巨石のように塗り固められた石の塀が町をぐるりと囲むように建てられており、その規模も並のものじゃない。外敵を拒むためだろうそれに、数ヶ所の検問所で中と外の出入りを管理しているらしかった。外の国の話はちらりとだけ聞いていたが、これほどまでに違ったものになるものかと驚いた。

 おまけに検問所には次から次へと人がやってくる。

 身一つ、歩きの行商人らしき者もいたが、多くの荷車は牛などでなく馬がそれを引いていたし、巡礼者、旅人のような風体の人間もあれば、例の将兵集めの件があるからか傭兵や冒険者らしき人間の数も結構見受けられ、検問が行われている正門にはちょっとした列が出来ていた。

 だが、いつまでも遠目に驚いてばかりはいられない。私たちもその列に並んだ。この混雑に少しばかりうんざりしているように思える人たちもいる。普段からこの町を使う人たちだろうか?

 検問では国兵と思しき人物たちが慣れた手つきで次々と人を捌いていく。


「次の者」


 呼ばれて検問を受ける。

 鼠色の甲冑は随分と汚れていた。年は四十ほどに見えるが、やはり耳が長く、今までのことを考えると見た目通りとは思えない。しかし、国兵となると流石に鍛えているようで、甲冑を含めているとは言え私より二回りは大きく見える。歴戦の兵士なのかもしれない。


「町に来た目的は? あと、持ち物を」

「将兵募集の話を聞いて参りました」


 あらかじめおシノちゃんとそういう理由にしようと決めていた。その方がワガクスさまとやらに会える確率が多少なりとも上がるかもしれない、というなんとも浅薄な考えだった。


「ドックタグがないところを見ると冒険者じゃなくて傭兵の類だな……しかしそちらの方は随分と変わった服を着ているな。この近辺の出身じゃないのか? どこで将兵募集の話を聞いた?」

「ここに来るまでの教会所でです。旅の途中、ちょうどそういった話を聞いて」

「ほぅ、なるほど。……それにしてもまた随分と若い術師だ。その杖の形状も見たことがないが、地元で手に入れた物か?」

「これですか?」


 私は御刀を少しだけ鞘から抜いて見せた。


「千影さんの持っているこれは剣の一種で、刀と言って……」


 おシノちゃんが説明しようとしたところで国兵はぽかんとしたかと思うと、次の瞬間には甲冑をカチャカチャ言わせるくらいに大きく笑い始めた。

 周囲の者たちも何事かとこちらに注目する。国兵はなんとか笑いを抑えながらも、それでもたまらないといった様子で言った。


「おいおいお嬢ちゃん。冗談はよしてくれよ。杖じゃなくてそれが剣だって言うなら、お嬢ちゃんは俺らみたいなやつらと剣を交えるような剣士なのか?」


 ああ、そう言えばそうか、とバカ正直に答えた自分のおかしさにようやくおシノちゃんも気づいたらしい。羞恥に頬を僅かに赤く染める姿は私からしても可愛いものに思える。

 ともかく、力の弱い女が刀剣の類を持っているというのはほとんどないのだろう。

 それに私だって鍛えてはいたが筋骨隆々とした男と見まがうような女じゃない。女の冒険者は杖で術法を使うか、さほど力を必要としない弓を使うのが一般的に違いない。


「まぁ良い。恰好も随分違うようであるし、お嬢ちゃんのお国柄の冗談なんだろう。それで、本当の目的は? 観光か? ワガクスさまを一目見ようと訪ねてきたってんならタイミングが悪いな。話は聞いたかもしれんが、ワガクスさまは今色々と忙しい。なかなか面会の許可は下りないぞ」

「冗談じゃありません、この方は――」


 国兵に食い下がろうとするおシノちゃんをどうどうと抑えた。

 性格から適当なのは許せないのかもしれないが、ここで変に時間を使っても意味がない。おシノちゃんも私に止められ、しぶしぶという様子でコホンと咳をひとつ。


「えっと、実はそうなんです。三英雄の一人であるワガクスさまに一目お会いしたく訪ねてきたんですが、やはりそう簡単には会えませんか?」

「将兵の募集の話は聞いたんだろう? ワガクスさまは傭兵やら冒険者やらの選別に非常に熱心になられている。平時だって面会の申し込みをしてから二週間はかかるが、今だと……そうだなその倍か三倍は待たされるだろうよ」


 これは思ったより簡単には済みそうにない。

 そう思いながら私たちはケルウィンの町に入った。



 とりあえず地理がわからないことにはどうしようもない。

 二人して大きな通りを中心に町の様子を見て回ったが、ケルウィンの町は今まで私が見てきた日ノ本の町とは大きく違っていた。

 石と木組みで造られた家々は整然と並んでおり、地面も石で正されている。尖った特徴的な塔が目立つ立派な建物はなにかと思えば、巡礼者と思しき者が入っていく。そう言えば、規模はまったく違うが長崎にある基督教を教え伝える教会とやらにどことなく雰囲気が似ている。ここがこの世界の教会とやらなのだろう。

 そして大きな広場には人間の像が建っている。何かの英雄か、この町に所以のある者なのだろう。もしかしたらワガクスとやらかもしれない。

 そんな広場の大通りから行った先には砦と役所を兼ねているらしい頑健そうな石造りの建物があった。その威厳を一杯に示すかのように旗をひるがえしている。

 傭兵やら冒険者の募集とやらは先ほどの砦でやっているとみえて、それらしき人間たちが中へと入っていく姿が見えた。確かにあれだけの人数が全て会うというのならちょっとやそっとの時間では足りないだろう。


「ワガクスさまという方に会う。漠然と考えていましたけど、それでどうにかなる話なんでしょうか?」

「正直な所、それすらもわからないわ。だけど、今はそれくらいしか手掛かりがないのよね」


 おシノちゃんのそもそもの疑問に私はそう答える。


「だけど、時間があるのは良いことかもしれないわ」

「と言うと?」

「私も言葉を覚えないと。いつまでも会話をおシノちゃんに任せっきりにしておくわけにいかないじゃない? 元々意味はとれるし、今までの間にこの国の言葉もちょっとだけはわかってきたから、じっくりと腰を据えて数日おシノちゃんに教えてもらえればなんとかなるんじゃないかと思うわ」

「ですけど千影さん、その間の宿代はどうしましょうか?」

「とりあえず考えないといけないのはそのことよね……」


 元々金銭はほとんどない。村でもらった道具をどうにか売り払ったところで大した額にはならないだろう。数日宿泊するのさえ難しいように感じる。

 どうしましょうか、と共に首をひねっていたおシノちゃんに「そうだ」と私は一つ思いついた。


「一度冒険者組合というものの建物に行ってみるのはどう?」

「冒険者組合にですか?」

「冒険者っていうのがどういう仕組みになっているかはわからないけれど、冒険者になれれば他にお金を稼げる手段があるかもしれないわ。それに、もし冒険者になれればワガクスさまとやらに会いやすくなるかもしれないし」

「ですが、それでは千影さんの負担が多くなりすぎませんか? 私は本当に何も出来ませんし……」

「そんな顔しないの」


 うつむきかけたおシノちゃんを私は軽くなでた。


「ここまで旅をしてこられたのはおシノちゃんがいてくれたからよ。おシノちゃんがいなかったら会話もまともに出来ないまま、私はお尋ね者にでもなっていたかもしれないんだから」


 探すと冒険者組合の建物は簡単に見つかった。

 この町でも比較的立派な三階建ての建物は扉の先に旗を掲げていた。雄々しい龍のような紋様が赤地に金の刺繍で作られている。冒険者組合の旗印なのかもしれない。大きな両開きの木の扉を押して中に入ると、それまでの町の落ち着いた雰囲気とはがらりと違った空間がそこには広がっていた。

 一階全体は酒場も兼ねているらしく、まだ酒に酔うような時間ではないのに大勢の酔っ払いの冒険者たちであふれ、正に喧々囂々という様相を呈していた。まぁ、この町には次々と冒険者たちが集まってきているのだ。こういった場所に人が溜まるのは当然なのかもしれない。

 テーブルの間を縫うように歩いて一番奥に進むと酒場とは別のカウンターが設けられていた。二人の女性が並んで淡々と事務仕事を片づけている。天井からぶら下がっている看板に何か書かれている。


「あれ、なんて書いてあるかわかる?」


 おシノちゃんに問うと、


「受付、ですね」とすぐに返って来た。


「どうやら私はこの世界の言葉であるなら文字も普通に読めるようです」

「本当に助かったわ。文字には言霊なんてないから、私にはただ無意味な線が引っ張ってあるようにしか見えないもの」


 その「受付」の横には大きな掲示板があり、結構な数の紙が張り出され、いくらのかの人の姿もあった。

 その掲示板に近寄って手頃な所にあったものを取っておシノちゃんに渡し、内容を教えてもらう。


「……どうやらこれは魔族の巣の討伐を求めるもののようです。ここから少し北に行ったところにある洞穴にデロル……という種族の魔族が巣を作って住みついてしまったようです。群れの大きさは中規模、おおよそ十五体。報酬は二万ドラーロ」

「二万ドラーロというのはどのくらいなのかしら?」


 ええっと……、とおシノちゃんと共に今までの金銭感覚で計算をしていく。ややあって、『それなりのお金だろう』と結論が出た。


「多少は誤差があるかもしれませんが、二人であればひと月くらいは暮らせそうですね」

「それじゃあ、とりあえずこれからやってみるとしますか」

「でも、本当に大丈夫でしょうか?」

「こればかりは実践でないとわからないけれど……」


 私は右手を開いたり閉じたりしてみせる。


「もし私が自由に力を行使出来るならそうそう危ないことはないと思うわ。それこそ私は勇者すらも倒してしまったんだもの」


 まだ少し心配そうなおシノちゃんにそんな皮肉を飛ばし、募集の紙を受付へと持っていった。

 が……


「こちらのご依頼ですね。パーティは……お二人ですか? そうなりますと最低でもCランク以上のランクが必要となりますが……」

「Cランク?」

「はい。こちらの募集は最低でもEランク以上の冒険者が対象となっております。Eランクの冒険者であれば七名以上のパーティ、二名でしたらCランク以上が必須です」

「その、冒険者ランクというものは絶対に必要なものなのでしょうか?」


 おシノちゃんの言葉に受付の女性は一瞬きょとんとした表情を浮かべたが、一緒にいる私があからさまに異国と思しき装束を着ているのを見るとすぐに事情を理解したらしい。表情を笑顔に戻す。


「冒険者組合のご利用は初めてですか? であれば、まずあちらで冒険者としての登録をお願いいたします」


 そこから先は聞いても聞かなくても同じだっただろう。

 冒険者と言っても当然強さにはバラつきがある。力のない冒険者が難易度の高い依頼を受けたところでむざむざ死にに行くようなものだ。

 そういったものを防ぐため、冒険者たちは最初に冒険者組合に登録をし、Gランク冒険者として出発。簡単な依頼からこなしていって徐々にランクを上げていく決まりとなっているようだ。

 教会所で何度も「ランク」という言葉を聞いていたから何かしら区分があるのだろうとは薄々思っていたが、最初から上位のランクをもらうには様々な条件が必要らしい。


「それで、Gランク冒険者への依頼がこれね……」


 書かれているのは『魔物の死がいの回収』という他の上級ランクの冒険者と組んでやるようなものから、町の清掃業務、見回り警備なんていう、言ってしまえば雑用という言葉でまとめられてしまうようなものが並んでいる。

 もちろんその対価はお察しだった。その日ぐらしの生活ですらこれでは厳しいと言わざるを得ない。

 これなら冒険者が将兵を目指すというのも納得出来というものだ。


「何か他の手を考えなければならないわね」


 冒険者組合の建物の隅で少し笑うようにしながら言った。一応私たち二人ともGランク冒険者として登録はしたものの依頼は一つも受けていない。渡された実にみすぼらしい、身分を示すドッグタグとやらも襟元にしまってしまう。


「千影さんが特異な力を持っているように私にも何か才覚があれば良かったんでしょうけど……」

「だから、そういう顔しないの。ここまでやってこられたのは私だけの力じゃない。おシノちゃんの力もあってこそよ。それこそ、この世界の文字が読み書き、しゃべられるのは一つの才覚でしょう?」

「そんな……千影さんのものと比べたらあまりに些細なものですよ。それに、千影さんもこちらの言葉を少しはしゃべられるようになっているじゃないですか」

「それはまぁ、多少ならね。自分の名前に簡単な物の単語、動作。十分な会話が出来るかどうかはまだわからないけれど、少しの意志疎通うなら出来るかもしれないわ」

「だとしたらこの先、私は千影さんのお荷物にしかならないかもしれませんね」

「おシノちゃん」


 自嘲するように言ったおシノちゃんの言葉を強めの語気で押しつぶす。


「冗談でもそんなこと二度と言わないで」

「千影さん……?」

「何度でも言うわよ? 二度と言わないで。おシノちゃんにはそんな自覚はないのかもしれないけれど、私はおシノちゃんに何度も助けられてきたわ。だから、約束して。もう二度と自分がお荷物だとかそういうことは言わない、って」


 思った以上の剣幕に少し驚いたようだったけれど、おシノちゃんはややあって小さく笑い、「はい」と応えてくれた。

 と、そこで大きなどなり声が聞こえてきた。


「あぁ!? もういっぺん言ってみろや!」

「ああ、ああ、言ったやるさ、このインチキ野郎が! まともに勝負も出来ねぇ金玉のちぃせえ奴が偉そうに吠えやがる!」

「てめぇ! イカサマの証拠があるってんならここで出してみやがれ!」

「誰の目にも明らかだろう? お前の目ん玉みたいに節穴じゃねえんだからよ!」


 どうやら冒険者同士の喧嘩の類らしい。

 頭をスキンヘッドにした男が顔に入れ墨をした男の胸倉をつかんでいる。周囲の連中はピーピーと指笛を鳴らし、このちょっとした騒乱をやんややんやとはやし立てている。


「あれは……」


 怒鳴り合いの睨み合いが殴り合いに発展するまでそう時間はかからなかった。

 荒くれ者同士なだけあってお互いに手を出すのが早いのだろう。

 傭兵がそうであるように冒険者とやらも強くてなんぼの稼業に違いない。一度火がついてしまったら話し合いで済むわけもない。ああいった類の連中は何かと自らの力を誇示させたがるものだ。

 結局、二人の冒険者は冒険者組合の警備員らしきガタイの良い男たち数人が止めに入るまでその拳を振るうことを止めなかった。


「冒険者というのは何と言うか……血気盛んなんですね……」


 そんなことを感心ともなんとも言えない口調で言うおシノちゃんとは反対に、私の頭にはちょっとした案が思い浮かんでいた。

 上手くいくかどうかはわからない。けれど、いくつかのことをちゃんと確かめればそう悪い案には思えなかった。


「おシノちゃん、もしかしたら傭兵や冒険者を相手に楽に稼げる方法があるかもしれないわ」

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