里帰り

口羽龍

里帰り

 それは夏休みの初めの頃だ。連日の真夏日が続いていて、都会でも連日猛暑日が続く。ひどい所では酷暑も出る時がある。


 長野県の山里、阪月(さかつき)も暑い日々が続いている。何日も雨が降っていない。だが、都会ほどの暑さではない。


「あっつ・・・」


 阪月に住む雄太(ゆうた)は外に出てきた。長い夏休み、のんびり過ごして思いっきり遊ぼう。宿題もしなければいけないけど、焦らずに頑張ろう。


「やっぱ夏休みはいいなー」


 と、雄太は隣の増川さん家が騒がしいのに気づいた。何があったんだろう。


 よく見ると、引っ越しのトラックが来ている。2年前、ここに住んでいた同級生の一貴(かずたか)が東京に行ったんだけど、また帰ってきたのかな? いや、そんな事はない。2年前、東京に行ったはずだ。


 と、雄太は一貴を見つけた。まさか、また会えるとは。


「あれっ!?」


 その声に反応したのは、一貴の祖母、春江(はるえ)だ。


「ど、どうしたの?」

「かずちゃん、どうしたの? またここに帰って来て」


 雄太は首をかしげた。どうしてここにまた戻ってきたんだろう。


「ここに戻ってきたんだ・・・」


 春江は悲しそうな表情だ。ここに戻ってきたのには、何か秘密があるようだ。


 そこに、一貴がやって来た。一貴も受かれない表情だ。やはり何かあるようだ。


「えっ、東京から戻ってきたの?」

「うん。本当は戻りたくなかったのに」


 一貴は泣きそうになった。思い出したくないようだ。本当は東京にずっといたかったんだろうか?


「どうしたの?」

「お父さんとお母さんが交通事故で死んじゃったんだ」


 雄太は驚いた。こんな事があったなんて。だから、ここに戻ってきたんだな。でも、またここで暮らせるようになったからいいじゃないか。


「そんな・・・」

「辛いよ・・・」


 雄太は一貴の頭を撫でた。辛かったけど、またここで暮らして元気になろうよ。


「大丈夫大丈夫。ここで癒そうよ。それよりも、また会えてよかったよ」

「うーん・・・」


 一貴は戸惑っている。あの時、阪月を離れて東京に行ったのに、また帰ってきたなんて。東京にいた頃が懐かしいよ。また東京に戻りたいよ。


「いいじゃないか、また会えたんだもん」

「辛いよ! 東京に行って、楽しかったのに、またここに戻って来て。本当は東京にいたかったのに」


 結局、一貴は泣いてしまった。雄太は肩を叩き、一貴は励ます。だが、泣き止もうとしない。


「いいじゃないの。またここで楽しく過ごそうよ」

「でも・・・」


 と、そこに雄太の父、健次郎が(けんじろう)やって来た。健次郎も騒々しい隣に反応して、やって来たようだ。


「帰ってきたんだね」

「うん」


 一貴はうずくまっている。健次郎は慰めようとするが、なかなか元気にならない。


「大変だったんだね」

「まさか、また帰ってくるとは」


 雄太は一貴をじっと見ている。どうしたら立ち直ってくれるんだろう。


「でも、まだ受け入れられないんだね」

「うん。東京に行けた時は本当に嬉しそうだったのにね」


 ふと、雄太は空の向こうを見た。あの向こうには東京がある。自分もいつか、東京に行かなければならないんだろうか? そして、豊かな生活を手に入れなければならないんだろうか?


「僕もいつか、都会に行かなきゃならないのかな?」


 健次郎も考えた。雄太もいつか、東京に行くだろう。そしてこの村は、更に高齢化が進むだろう。この集落は過疎化が進み、そして消えてしまうだろう。本当はそうなってほしくないけど、それが時代の流れなんだろうか?


「そうかもしれないね。若い子はみんな都会に行くんだもん」


 雄太は大きく空気を吸い込んだ。こんな新鮮な空気、都会では味わえない。それに、ここにいると、なぜかホッとする。どうしてだろう。


「でも、僕はやっぱりここが好きだな。空気がおいしくて、自然が豊かで」

「いい事言うじゃないの」


 健次郎は肩を叩いた。ここの魅力をよくわかっている。




 久々に戻ってきた実家で、一貴は泣いていた。本当はまたここに住みたくなかったのに。どうしてこんな運命になったんだろう。元の生活に戻してくれ。これからも東京にいたいのに。


「大丈夫?」


 一貴は顔を上げた。そこには雄太がいる。心配してここまでやって来たようだ。だが、一貴は答える事ができない。


「お父さんとお母さんが死んで、辛い?」

「うん」


 目を閉じると、両親を失った日の事を今でも思い出す。一度に両親を失ってしまうなんて、まるで悪い夢を見ているようだった。だけど、それは本当の事だ。


「そうだ。近くで昆虫採集しようよ。せっかくの夏休みだもん」

「い、いいけど・・・」


 誘われるがままに、一貴は雄太と昆虫採集に出かける事にした。東京ではやらなかった。ここに里帰りした時にたまにするぐらいだ。


「久しぶりに会えたからいいじゃないの」

「そ、そうだね・・・」


 一貴は戸惑っているが、昔からの親友の誘いだ。断れない。行くしかないか。


 2人は雑木林に向かう農道を歩いている。人通りは少ない。まるで都会と正反対だ。


「これからずっと遊べるんだよ。嬉しいと思わない?」

「嬉しいよ。だけど、東京がいいな」


 雄太は思った。そんなに東京は楽しいんだろうか? 将来、僕も行かなければならないんだろうか?


「どうして?」

「東京の方がずっと楽しいもん」

「そっか・・・」


 雄太は未来の事を考えた。いつか、自分も東京に行って、豊かな生活を手に入れるんだ。それが親孝行になるだろうな。


「どうしたの?」

「僕も東京行きたいなと思ってるんだ」


 一貴が転校した時から、東京に強いあこがれを持った。東京は夢のある場所だ。いずれはここに住まなければならないんだろう。寂しいけれど、成長するためには必要なんだろうか?


「本当?」

「かずちゃんが東京に行くって知った時、自分もいつか東京に行きたいなと思った。そして、豊かな生活を手に入れるんだ」


 一貴は裕福だった東京の頃を思い出した。あの時のマイホームはすでになくなってしまった。


「そっか。じゃあ、頑張らないとね」

「うん。これからも一緒に頑張って、そして、一緒に東京に住もうね」

「うん」


 しばらく進むと、小学校が見えてきた。一緒に通っていた学校だ。2学期からは、また一緒に登校する。2人の同じ学校での日々がまた始まる。


「また9月から一緒に学校に行くけど、嬉しい?」

「最初はそうじゃなかったけど、雄太くんと一緒に登校できると思うと、楽しいな」


 一貴は少しずつ元の姿に戻ってきた。やはりみんなと会う事で癒されていくんだろうか?


「そっか」

「これからもよろしくね」


 雄太は握手をした。2学期から、またよろしくね。どんな困難があっても、2人なら乗り越えられる。そして、一緒に東京に住もう。

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里帰り 口羽龍 @ryo_kuchiba

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